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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第一章 新しい居場所
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第十八話 それぞれの反省

「お嬢様、随分と叫んでおられましたが……何かあったのですか?」


 ユリウスが部屋を飛び出して少し経った後、リリィの様子を見るためにカミラが部屋を訪れた。

 ベッドの上で、膝を抱えて座り込んでいたリリィは、声をかけられたことでようやくその存在に気付いたのか、ゆっくりと顔を上げる。


「カミラさん……えへへ、騒がしくしちゃってすみません。その、私がお兄様を怒らせちゃいまして……」


 悪いのは私なので、お兄様は怒らないであげてください、と仄かに笑むリリィだったが、先ほどまでと違い見るからに憔悴し、その瞳からは生気が失われていた。

 明らかに無理矢理作られたと分かる笑みに、カミラはすぐさま傍へと歩み寄る。


「怒らせた、とおっしゃいましたが……一体何を?」


「それは……」


 ポツリポツリと、リリィはユリウスとの間にあったやり取りを語る。

 婚約話については言うべきか迷ったが、既にユリウスにも話してしまった以上は今更かと、結局は素直に全てを話した。

 やはり初耳なのか、ランターン商会の話が出たタイミングでカミラは目を丸くしていたが、口を挟むことなく最後まで聞き続けた。


「……それは、確かにお嬢様が悪いですね。どうして誰にも相談しなかったんですか?」


 全てを聞き終えたカミラは、出来るだけ優しい声色でそう尋ねる。

 確かに、ランターン商会はアースランド家にとってはなくてはならない取引先だが、ランターン商会にとっても魔木という重要な資源を産出するアースランド家は大事な取引先だ。どちらかが一方的に隷属しなければならないほど、その立場に隔たりはない。

 もちろん、完全にその関わりを絶った場合、被害が大きいのはアースランド家だろうが、婚約話一つでそこまで決定的な決裂になることはまずあり得ない。リリィが本気で嫌がっていることをカロッゾが知れば、少なくとも今すぐ婚約というのは断り、お互いに子供を引き合わせるなど、もっと段階を踏んでから再検討するような流れに持っていくことも十分可能なはずだ。

 それなのにどうして、と問われると、リリィは瞳を伏せながら、ポツリとその心情を吐露した。


「……みんなに、これ以上迷惑をかけたくなかったんです」


「そんな、お嬢様はいつも頑張っておられるではないですか、迷惑など誰も……」


「そんなこと、ないです……!」


 言い聞かせるように告げられたカミラの言葉を遮り、血を吐くようにリリィは叫ぶ。


 リリィが前世で死んで転生し、家族や友人を全て一度に失ってもなお狂うことなく生きていられたのは、新しい家族の存在があったからだ。

 転生という訳の分からない事態に見舞われ、寂しさと孤独感に泣くことしか出来なかったリリィに幾度となく話しかけ、言葉を教え、抱きしめ、励まし、空っぽになってひび割れた心に何度も何度も愛情を注ぎこんでくれたからこそ、狂うことなく生きていられた。

 そのことに、深く感謝すると同時に……何度も、考えてしまうのだ。


 こんな傍迷惑な自分を……この人達は、どう思っているのだろうかと。


「私、みんなと一緒に過ごせて幸せです。寂しい時はいつもお母様が抱きしめてくれて、いつも忙しいのにお父様は私のこと気に掛けてくれて、お兄様だって一緒に遊んでくれて……なのに、私は……ずっと泣いてばかりで、体だって小さくて、弱くて……何も、出来ない……!!」


 リリィは、この世界に生まれた時から記憶も自我もあった。

 手足も、感情すらほとんど自由にならず、ひたすらに介護される日々。泣き喚いて迷惑をかけていることを自覚しながらも涙は止まらず、自分の夜泣きのせいで寝不足になっていることが一目で分かるのに、そんな相手に縋らなければならない自分自身が、リリィはずっと嫌いだった。


「だから、少しでも早くみんなの役に立ちたくて……! 頑張って、来た、のに……!」


 溢れだした感情が、魔力を伴い暴れ始める。

 体中が沸騰したように熱くなり、どんどん苦しくなっていく胸を抑えるが、それが心の痛みなのか、それとも魔力暴走の症状なのか、今のリリィには分からなかった。


「どうして……たかが婚約するっていうだけの話なのに、こんなに胸が苦しくなるんですか……!!」


 婚約したからと言って、すぐに家を出ていくわけでもない。

 むしろ貴族の婚約など、お互いの事情や世情で簡単に反故にされる程度の物で、本当に婚約したとしても、そのまま結婚にまで至る可能性の方が少ないとさえ言える。

 それくらいのことは、リリィにも分かっているが……それでも、ダメだった。

 どれだけ願ったところで、いつかまた、家族と離れ離れになる時が来る。

 どれだけ役に立とうと頑張っても、いつかは必ず、その温もりを手放さなければならなくなる。

 それを一度意識してしまっただけで、胸の奥から寂しさが込み上げて止まらない。


「この婚約が成れば、やっとみんなの役に立てるんです。私みたいに何の取り柄もない子供でも、やっと……! それなのに、どうして……!」


 自身に問いかけるように、懺悔するかのように、リリィは叫ぶ。

 今にも泣きそうな顔をしながら、それでも涙だけは流すまいと堪えるかのように歯を食いしばり、体を震わせる。

 そんなリリィに、カミラはしばらくの間、何も言えなかった。

 リリィが以前、何もないのに突然泣き出すことがあったという話は聞いているが、カミラがアースランド家にやって来た頃にはそれも大分収まっていたため、詳しいことは知らないし、体の弱さや小ささに関しても、リリィ程の子は探せばいくらでもいる。

 役に立つ立たないの話も、たかが四歳の子供が、なぜそうも頑なに親の庇護下にいる自分を卑下するのか分からない。

 それでも……。


「お嬢様、無礼をお許しください」


「へ……? っ!」


 放っては、おけない。


『静謐なる守護の精霊よ、この者に安らぎと祝福を与え給え。《沈静カーム》』


 ベッドの脇にしゃがみ込み、リリィの体をそっと抱き寄せると、囁くように紡いだ詠唱が魔法となって発現する。

 淡い青の光がリリィの体を包み込み、荒く乱れていた呼吸が落ち着きを取り戻していく。


「…………」


「落ち着かれましたか? お嬢様」


「はい……ありがとうございます、カミラさん」


 魔力暴走を起こした時と合わせて二度目となるカミラの温もりに、魔法の効果以上に落ち着きを取り戻したリリィは、お礼を言ってそっと離れようとするのだが、それよりも前にカミラの腕に更なる力が籠り、ぎゅっと抱きしめられる。

 予想外の事態に目を丸くしていると、その状態のまま、カミラはリリィへと語り始めた。


「申し訳ありません。私は、お嬢様が何をそんなにも気にされているのか、よく分かりません」


「……はい、分かってます」


 リリィの、歳を考えれば異常なまでの自己否定は、半端に成熟した精神が転生という形で生まれたばかりの体に宿ってしまったがために起こったことだ。説明しても理解されるはずはないし、説明するつもりもない。

 そう考え、少しだけ寂しげに目を細めるリリィに対し、「ですが」と、カミラは更なる言葉を重ねる。


「家族と離れ離れになることの辛さは、分かっているつもりです。……私も、そうでしたから」


「あ……」


 その言葉を聞いて、リリィはカミラがアースランド家にやって来た経緯を思い出した。

 没落し、一家離散してしまった男爵家の三女。それがカミラの肩書きであり、偶々王都に出向いたカロッゾが、そんな彼女を見つけて家に招待したのだ。


「もちろん、私とお嬢様では状況が違うことも分かっております。私の場合、最後はほとんど家族仲が冷え切っておりましたから、一日を通して一度も言葉を交わさない日も珍しくありませんでした。……それでも、いざこうして離れ離れになり、会えない日が続き……このアースランド家にやって来て、その温かさに触れた時、思ったのです。……ああ、どうしてもっと私は、家族とちゃんと向き合って、話し合おうとしなかったのだろう、と」


 特別、どうしても話したいことがあったわけでもない。

 話していたからと言って、離れ離れにならずに済んだわけでもない。

 それでも、こうしてアースランド家で温かな日々を過ごす内に、思ってしまうのだ。

 ……こんな風に家族と関わっていれば、あんなに家族仲が冷え切ることも……没落した時、その繋がりが完全に途絶えてしまうこともなかったのではないか、と。


「私は、このアースランド家に雇っていただけたことを、そして皆様が心より大事に想っておられるお嬢様やお坊ちゃまの教育係に任命して頂けたことを、とても幸福に思っております。だからこそ……」


 抱きしめていたリリィの体をそっと離し、その瞳をじっと見つめる。

 前世のリリィとさほど変わらない歳のはずの彼女は、深い慈愛に満ちた目で、優しく微笑んだ。


「お嬢様には、私と同じ後悔をして欲しくないのです。確かに、心の内を曝け出すことは勇気が必要かもしれませんが……繋がりが絶たれてしまってからでは、それを伝えることも出来ません。ですから、そうなる前に……お嬢様のお気持ちを、きちんと皆様に話してあげてください」


 カミラの言葉を受けて、リリィはぐっと唇を噛み締めた。

 先ほどまでとは違う、温かく包まれるような胸の苦しみに襲われて、リリィの瞳に生気が戻り、輝きを取り戻していく。


「……ありがとうございます、カミラさん。お陰で、ちょっとだけ勇気が貰えました。……まだ私自身、婚約をどうしたいのかはっきり分かっていませんけど……ひとまず、お兄様に謝ってこようと思います」


「はい、それがいいかと。それが終わったら、カロッゾ様にもきちんとお話してくださいね? 分からずとも、相談に乗って貰うだけで考えが纏まりますから」


「はい! もちろんです!」


 少しだけ吹っ切れたような顔で、リリィは輝くような笑顔を浮かべる。

 まだ少しばかりやつれてこそいるが、先ほどまでの憔悴しきった顔よりもよほど可愛らしいと、カミラもまた頬を緩める。


「それでは、お兄様を探しに行ってきます!」


「私もご一緒した方がよろしいですか?」


「いえ、ここは一人で行かせてください。ちゃんと自分の言葉で向き合いたいですから」


「分かりました。どうか頑張ってください」


「はい! それでは……と、そうだ、忘れるところでした」


 ベッドから飛び降り、扉まで走り寄ったリリィは、ふと思い出したように一度振り返り、カミラに向けて再び満面の笑顔を浮かべる。


「カミラさん、いつも本当にありがとうございます。私、カミラさんのこと大好きです!」


 その言葉に、カミラは思わず目を丸くする。

 やがて驚きの表情を照れの混じった笑顔に変えながら、カミラは「ありがとうございます」とだけ答えた。


「それでは、行ってきます!」


「お気を付けて行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 今度こそ部屋を飛び出したリリィは、小さな足をめいっぱい動かして走っていく。

 そんな姿を見送りながら、残されたカミラは小さく呟いた。


「大好きです、か……そんな風に言って貰えたのは初めてですね」


 その言葉を噛み締めるように、胸に手を当て反芻したカミラは、リリィとユリウスの仲直りが上手くいくように心から願う。

 何せ――


 世の中、何が切っ掛けで二度とそれが叶わなくなるか、分からないのだから。





「リリィと喧嘩した……」


「いや、リリ様の好きな物が何か聞きに行ったんだよな? どうしてそうなった?」


 ユリウスを見送ってしばらく経ち、なぜか一人でトボトボと河原に戻ってきた彼に事情を聞いたのだが、まさかの答えにコアンも呆れ顔を隠そうともせずそう言い放つ。

 ユリウス自身もそれを自覚しているため、まさにぐうの音も出ない状態だ。


「リリィが、自分のことはどうでもいいみたいなこと言うから、ついカッとなっちまって……」


 リリィが自分さえ我慢すればそれでいいと思っていたことには腹が立ったし、あんなに辛そうな顔をしながら何の相談もしてくれなかったことは悲しかった。そして何よりも、そんなリリィの状態にこれまで気付けなかった自分自身に、ユリウスは怒りが湧いた。

 そうした感情が混ざり合い、よりによって今一番辛いはずのリリィに当たってしまったのだ。

 少し落ち着けば、どうしてあんなことを言ってしまったのかと後悔と罪悪感が胸に押し寄せ、ユリウスはすっかり消沈してしまっていた。


「俺、絶対リリィに嫌われた……どうすればいいかな?」


「どうすればって、謝るしかないだろ?」


「それは、そうなんだけど……あんな酷いこと言っちまった後で、なんて言ったらいいのか……なあ、お前らって、仲直りする時にいつもどうしてる?」


 正論を告げるトールに、ユリウスはいつもの強気な態度が完全に鳴りを潜め、いじいじしながらそう尋ねる。

 これは重症だ、と溜息を吐きながらも、本気で困り果てた親友の力になるべく、二人は自分の記憶を掘り起こすが……。


「うーん、仲直りって言っても……俺は大体、父ちゃんか母ちゃんに兄貴達諸共拳骨落とされて、その場で謝らないと二人とも飯抜きだ! って言われるな。まあ、それで謝って、後はいつも通りだぞ」


「俺は兄弟いないからなぁ。強いて喧嘩するとすればお前らだけど……釣った魚をどうするかとか、からかわれて怒ったりだとか、そんなんしか記憶にないぞ。大体、その場で悪い悪いって言って終わってるしな」


 トール、コアンと順番に体験談を語るが、今のユリウスほど本気で落ち込むような喧嘩をした経験はないために、どうしても参考になるとは言い難かった。コアンに至っては、喧嘩をしている相手に当のユリウスが含まれているため、言われずとも知っている内容でしかない。

 うあぁ……と頭を抱えるユリウスを見て、コアンはついにそのウジウジとした態度に痺れを切らし、背中を思い切り引っ叩いた。


「いでぇ!? 何すんだよコアン!」


「だからさ、お前が落ち込んでてどうするんだっての! 俺らには事情なんて何にも分かんないけどさ、ユリウスは自分が悪いと思ってるんだろ? だったらさ、もうトールの言う通り正面から謝るしかないって!」


「うぐぐ、まあ、それはそうなんだけど……」


「どうしても言葉が見つからないっていうならさ、何かお詫びにプレゼントでも用意したらどうだ? 好きな物は分からなくても、取り合えず形のある物を用意するだけで印象は変わるだろ。ほら、たとえば……前に作ってた木彫りの人形とかさ」


「あー……リリィが小さい頃に何度か作ったやつか」


「そうそう、アレ、結構気に入られてるんだろ? 今ならもっと上手に作れるだろうしさ、きっといけるって」


 トールが提案したのは、一時期子供達の間で流行っていた、伐採した木の枝などの余り物を使って作る人形だ。人型、動物型と色々作り、ユリウスも含め多くの子供が嵌っていた。

 その頃はまだリリィが一歳ほどで、一日のほとんどを泣いて過ごしていたため、何とか慰められないものかとユリウスはよく作ったばかりの木彫り人形を部屋まで持って行ったものだ。

 ユリウス自身も僅か四歳と幼かったために、とてもではないが作った人形は出来が良いとは言えず、恥ずかしいからもう捨ててしまえと何度か言ったこともあるのだが、「お兄様がくれた思い出の品ですから、絶対捨てません!」などと返されて、未だにリリィの部屋に飾ってあったりする。思い出も何も一歳なんだから覚えてないだろ、と言ったところで、リリィは聞く耳を持たなかった。


「そうだな……久しぶりに、ちょっと作ってみるか」


「あ、でも、この間商船に木材全部積んでた時、そういういらない木は一度全部薪にしたって言ってたから、倉庫にはもう使えそうなのはないかも」


 方針を固め、ようやくいじけ状態から立ち直ったところで言い出しっぺのトールからそんなことを言われ、ユリウスはガクッとずっこける。

 そういうことは、言い出す前に言って欲しかったところだ。


「……まあ、一度倉庫に行ってみて、無ければ適当な木の枝を折ればいいんだし大丈夫だろ。木彫り人形で魔木なんていらないし、森の奥まで入っていくわけじゃないから危なくもない」


「よしっ、そういうことなら、俺も手伝ってやるよ」


 気を取り直してユリウスが立ち上がると、パシンッと拳を掌に打ち付けながら、気合十分にコアンも続く。

 しかし、そこにまたもトールが待ったをかけた。


「いや、コアンは今日、家の手伝いあるって言ってなかったか? そろそろ戻らないとまずいだろ。俺も似たようなもんだけどさ」


「あっ、いっけね、すっかり忘れてた」


「まあ、ここから先は俺一人でも出来るし、もう大丈夫だよ。二人とも、今日はほんとにありがとな」


「気にすんなって、それより、ユリウスこそリリ様との仲直り、しっかりやれよ」


「上手く行ったら、お礼に今度釣った魚奢ってくれよなー」


「ああ、任せとけ」


 手伝いのために家に帰る二人と別れ、ユリウスは倉庫のある方へ向き直る。


「さて、どんなのを作ろうかな……」


 薪にしたと言うのなら倉庫には残っていないだろうから、恐らく適当な木の枝を取りに行く必要があるだろう。

 それで作れそうな物を考えながら、ユリウスは歩き出した。

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