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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第一章 新しい居場所
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第十七話 はじめての兄妹喧嘩

「リリ様を元気付けるにはどうしたらいいかって?」


 いつもの河原にて、釣りに勤しむコアンとトールの二人は、ユリウスから尋ねられたその内容に顔を見合わせる。

 最近、リリィはあまり外出せず、オウガの散歩もユリウスに任せることが増えていた。最初は、単に風邪を引いて寝込んでいたこともあり、大事を取っているのだろうとあまり気に留めていなかったユリウスだが、それにしても期間が長いし、むしろ日に日に元気が無くなっているような気がする。

 体の調子が悪いのかと尋ねてももう平気だとしか返って来ず、だとすれば何かしらの理由で落ち込んでいるのかと考えた時、ふと気が付いた。


 そういえば、最近リリィが両親に甘えている姿を見ていないと。


「父様達が忙しくて、リリィに構ってやれないみたいだからさ、その分俺が元気付けてやりたいんだよ」


 何かいい案ないかなー、と頭を悩ませるユリウスに、コアンとトールはなんとも言いがたい温かい視線を送る。

 その視線に気が付いたユリウスが、「なんだよ」と尋ねれば、二人は揃って実に楽しそうな笑顔を浮かべた。


「いやあ、ユリウスは相変わらず、リリ様のことが好きだよなーって」


「リリ様が嫁に行くってなったら、絶対に認めなさそうだよな。いっそ、ユリウスがリリ様と結婚すれば?」


「別に好きとか嫌いとかじゃないっての。大体、妹と結婚する兄貴がどこにいるよ」


 友人二人のからかい交わりの冗談を軽く受け流すユリウスだったが、直後に「まあ、リリィと結婚する相手は、最低限俺より強くてかっこよくて、リリィのこと一番大事にしてくれるやつじゃなきゃ認めないけどな」などと言っていては、あまり説得力がない。

 くすくすと、もう我慢出来ないとばかりに笑い始めた友人達を見て、急に恥ずかしくなってきたユリウスは「それより!」と強引に話題を元に戻す。


「なんかない? 元気付ける方法」


「うーん、俺の兄貴達だったら、美味い飯食えばどんだけ不機嫌でもすぐ元気になるんだけどなあ」


「そうじゃなきゃ、何かで一緒に遊ぶとか? ていうか、リリ様って何が好きなんだよ?」


「それはお前、あれだよ……」


 コアンの問いかけに、ユリウスは答えようとして……言葉に詰まった。

 リリィの好きな物は、何だろうか?

 泣き虫の癖によく笑い、甘えん坊の癖に妙に大人びている、そんな一見矛盾した二面性を持つ優しい妹、というのがユリウスの持つリリィへのイメージだが、リリィが何かを欲しがったりするところなど見たことがない。

 強いて言えば、両親に甘えている時が一番嬉しそうにしている気がするが、そもそもそれが出来ないからこそ、代わりに元気付けてやろうとしているのだ。自分に出来ることでリリィが喜びそうなことと考えると、驚くほど何も思い浮かばなかった。


「……とりあえず、まずはそれを聞いて来たらどうだ? やっぱ好きなことやってたら元気になるし、寂しくても気がまぎれるんじゃない?」


「うーん、そうだな。よしっ、ちょっとひとっ走り家まで行って聞いてみるよ。ありがとな二人とも」


「別に大したこと言ってないって。それじゃあ、また後でな~」


「おう! ほらオウガ、帰るぞ」


 二人にそう告げたユリウスは、何をするでもなく傍らで寝そべっていたオウガへ立つように促す。

 散歩する時によく一緒にいたからか、最近はユリウスの言うことも聞くようになってきたオウガだが、やはりリリィがいないと退屈そうだ。「お前も大概、リリィが好きなんだな」と撫でてやれば、当然だとばかりに小さく吠える。

 そんなオウガの様子に苦笑を浮かべながら、ユリウスは家に向かって走り出すのだった。





 魔力制御の訓練を終えたリリィは、カミラに散々説得され、ひとまず部屋で休むことになった……のだが、昼間から眠る気にもなれず、結局は、普段ノート代わりに使っているメモ帳に書き留めておいた内容に目を通し、ここ最近の勉強内容を復習していた。

 主な内容は、アースランド領が各方面に輸出している魔木や麦、野菜などの生産品と、逆に各方面から輸入している食材や、鉄製品などの道具。それらのおおまかな種類と、取引額についてだ。

 量が量だけに、ちょっとやそっとではとても覚えきれないが、こういった知識は嫁いだ後も役に立つだろうし、もし仮に婚約話が無くなったとしても父の政務を手伝う足掛かりになるため、少しでも早く頭に入れておきたかった。


(って、なんで婚約話が無くなった場合のことなんて考えてるんですか私は!)


 自分の中で渦巻く微かな希望を振り払うように頭を振ったリリィは、再び机に向かう。


「リリィ、起きてるか?」


「わわっ!?」


 さて集中しようとしたところで、タイミング悪く部屋の外からかけられた声に驚き、手にしたメモ帳を取り落とす。

 その音で、ひとまずリリィが寝ているわけではないと判断したのか、「起きてるなら入るぞー?」という声とともに、ユリウスがガチャリと扉を開けた。


「……何してんの? リリィ」


「な、なんでもないです!」


 一応、カミラからは休むように言い聞かされたばかりだ。こっそり勉強していたことがバレないよう、落としたメモ帳に飛び付いて隠してしまったリリィだが、その結果、ユリウスから見ればなぜか椅子にも座らず、膝立ちの状態で自分を出迎えたおかしな妹の姿が映る。首を傾げても仕方がない。


「それよりお兄様、お散歩行ってくれてたんですよね? オウガの様子はどうでした? お兄様の言うこと聞いて、いい子にしてましたか?」


 ひとまず話を逸らそうと、何事もなかったかのように椅子に座り直しながら、愛狼について話題に出す。

 ユリウスとしても、リリィの奇行についてはそれほど掘り下げるつもりもなかったようで、すぐにその話に乗って口を開いた。


「俺が何を言わなくても、大人しいもんだったよ。大人しすぎて、全然運動にならなかったけど」


「ふふ、なんですかそれ。でも、ありがとうございます」


 リリィからすれば、オウガは遊びたい盛りの子供狼だ。

 まさか言葉通り、オウガがろくに遊ぼうともせず大人しくしていたとは思いもよらず、言葉の綾だと考えてくすりと笑う。

 しかし、そうして笑っていると、不意にユリウスの表情が険しくなり、リリィの方にずいっと迫って来た。


「えっと、お兄様……?」


 幼いながらも整った顔立ちが目の前に来て、少しばかり狼狽えるリリィの目元を、ユリウスの指先が優しく撫でる。

 訳がわからず困惑するリリィに、ユリウスは益々真剣な表情を浮かべると、じっとリリィの目を覗き込んだ。


「今朝は気付かなかったけど……リリィ、目の下に隈が出来てるぞ? ちゃんと寝てないんじゃないか?」


「えっ、いや、そんなことは……」


 ユリウスの指摘に、リリィは慌てて目元を指で擦るが、その行動こそが何よりも分かりやすく自覚があることを表してしまっていた。

 じとりと向けられた視線を受け、やがて観念したかのように、リリィは息を吐く。


「……大したことじゃないですよ。単に、最近はちょっと夢見が悪かっただけです」


「夢? それってどんな?」


「それはその……口では説明しづらいと言いますか……」


 まさか前世のことを夢に見ていたとも言えず、曖昧な表現になってしまうリリィだったが、ユリウスはそんな姿を見てまた違う受けとり方をしたようで、ニヤリと笑みを溢す。


「ふーん? もしかして、最近母様と寝てないから寂しくて寝れなかったとか?」


「ち、違いますよ!」


 羞恥で顔を赤らめながら必死に否定するリリィの姿に、ユリウスは益々楽しそうに笑い出す。

 明らかにからかっていると分かるその表情に、ぷくっと頬を膨らませて拗ねてみせれば、ユリウスは「悪い悪い」と宥めるように謝罪した。


「まあなんでもいいけどさ、そんなに疲れてるなら、勉強なんてしてないでちゃんと休めよ。そんなんじゃまた寝込んじまうぞ?」


「き、気付いてたんですか?」


「そりゃあ、リリィのすることって結構分かりやすいからな。今も後ろに隠してるんだろ?」


 こっそり勉強していたことを言い当てられ、リリィは背中に隠していたメモ帳を大人しく前に持って来る。

 それにチラリと目をやったユリウスは、小さな紙にぎっしりと書き込まれた数字や文字の羅列を見て、「うわあ」と顔をしかめた。

 そんな兄の姿に苦笑しながら、リリィはメモ帳をそのままポケットにしまい込んだ。


「こんなの見てたら熱くらい出るよ。俺だってまだ教わってないようなこと、なんで勉強してるんだよ?」


「それはもちろん、必要になる知識だからですよ。商売するのに品物の種類や物価を知らないなんて話になりませんから」


「商売? リリィ、将来商人になるのか?」


「……そうですね、多分」


 ユリウスとしては、特に何の含みもない、純粋な疑問から出た言葉だったが、しまった、と言わんばかりに歪められたリリィのその表情に、明らかな憂いの色が浮かんでいることに気付き、先ほどとは違う意味で表情を険しくする。


「リリィ、何かあったのか?」


「え? そんな、別に何も……」


「嘘つくなよ、何もなかったらそんな顔するわけないじゃんか」


 逃げられないように肩を掴み、至近距離からじっと見つめる。

 かなり強引だが、下手な誤魔化しは許さないとばかりに詰め寄るユリウスに、リリィの方がついに折れた。


「正式に決まったわけじゃないですし、私自身偶然扉越しに聞いただけなので、間違ってるかもしれません」


 そう前置きした上で、リリィは事情を話し始めた。


「実は私、ランターン商会の……マカロフ会長の息子さんと、婚約することになるかもしれません」


「は? 婚約って、リリィが? ……なんで?」


「それは……聞いてないので分かりません」


 突然の告白に、ユリウスはぼかんと開いた口が塞がらない。

 一応、ユリウスも婚約だけなら幼いうちから行われるということも、それはほとんどが親同士のやり取りで決まることも知っているが、それにしたってリリィは外に出るようになって一年も経っていないのだ。マカロフ会長と会ったのもたった一度きりで、どうして突然そんな話が出てくるのか、全く理解出来なかった。


「なので、もしそうなったとしても大丈夫なように、今からしっかり勉強しておかないといけないんです」


 ただ一つ、ユリウスにも分かるのは。

 リリィが、全くその婚約話を喜んでいないということだけだ。


「……行くぞ、リリィ」


「え? あの、お兄様、どこに行くんですか?」


「決まってるだろ、父様のところだよ。その婚約が本当なのかどうか確かめて、本当だったらそんな話、リリィが嫌がってるから断ってくれって言わないと」


 突然手を引かれ、驚いて足がもつれそうになったリリィに、ユリウスは一方的にそう告げる。

 事情はよく分からないが、カロッゾは子供が本気で嫌がっていることを無理強いするような男ではない。そう思える程に、ユリウスは父親のことを信頼していた。

 だからこそ、本心を告げて話し合うべきだと考えたユリウスの手を……。


「っ、だ、ダメです!!」


 リリィは、振り払ってしまった。

 驚き、目を丸くするユリウスを見て後悔の念が沸き上がるが、一度口から溢れだした言葉は止められない。


「お父様は優しいですから、そんなこと言ったら絶対に悩みます。ランターン商会は、アースランド領にとって絶対に必要な取引相手なのに、“たかが”私の我儘一つのために断って、余計な軋轢を生む訳にはいかないんです!」


 叫んでいるうちに視線は下がり、いつしかその言葉をユリウスに向けて言っているのか、自分に言い聞かせているのか分からなくなる。

 それでも、止まらない。


「今なら、私一人が我慢すれば全部丸く収まるんです! 家は安泰で、領地だってきっと豊かになって、お兄様も、お母様もお父様も、カミラさん、バテルさんに他のみんな、村の人達だってきっと幸せに……! 私一人が、いなくなるだけでっ……だから!!」


「なんだよ、それ……」


 低く、震えるような声を聞いて、それまで感情のままに叫んでいたリリィが顔を上げると、そこには……。


 生まれて初めて見る、ユリウスの怒りの表情があった。


「リリィ一人だけ我慢して、苦しんで……! 俺達だけ笑ってろって!? ふざけんな!! 誰がそんなことしてくれって頼んだんだよ!?」


「それ、は……」


「大体、いつもいつもリリィは、誰かのため誰かのためってそればっかり!! たかが我儘ってなんだよ、たった一つくらい我儘言って何が悪いんだよ!! っ、少し、くらい……!」


 怒りの感情のままに叫んでいたユリウスの声が、不意に途切れる。

 震える声に宿っていたもう一つの感情が、雫となってその瞳から零れ落ちた。


「俺のこと……頼ってくれたって、いいじゃないかよ……!!」


 ボロボロと、拭われることもなく落ちていく涙も気にせず、最後まで言い切ったユリウスに、リリィは何も言えなかった。

 呆然としたまま動こうともしないリリィを見て何を思ったか、ユリウスは乱暴に涙を拭うと、その場で踵を返す。


「もういい、勝手にしろ!!」


「あ……」


 部屋から飛び出していくユリウスに手を伸ばすも、言うべき言葉は最後まで見つからない。

 バタン!! と勢いよく閉められた扉を眺めながら、一人取り残されたリリィはただ、胸を押さえて静かに立ち尽くすのだった。

絵面だけなら七歳児と四歳児の喧嘩(内容から目を逸らしつつ)

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