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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第一章 新しい居場所
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第十四話 崩壊する心

ついにシリアスパート突入します。

前作……というより私が書く作品でほぼ無縁(?)だったシリアス要素、果たしてどうなるか……(ガクブル

 村で市が開かれている間に行われたカロッゾとの取引を済ませたマカロフは、市の監督に戻るべく、領主館を後にした。

 それを見送ったカタリナは、最近働き詰めだったカロッゾを労おうと、お茶を淹れて執務室に足を運んだのだが……扉を開けたカタリナは、想像以上に難しい顔をして黙り込んでいるカロッゾとバテルの姿を見て、目を丸くした。


「あなた、バテルも、どうかしたの?」


「カタリナか……いや、別になんでも……」


 心配そうに問いかけるカタリナに、そう言って誤魔化そうとするカロッゾだったが、それよりも先に口元に人差し指を当てられ、言葉を中断させられる。


「そうやって抱え込もうとするのは悪い癖よ? その様子だともうバテルも知ってるんでしょうし、私に教えてくれてもいいんじゃないかしら?」


「それは……ふぅ、そうだな。どうせ遠からず皆に伝えなければならんことだ。バテルも、いいか?」


「ええ、構いませんとも。むしろ、こればかりは早いうちに相談した方が良いでしょう」


 観念したように息を吐いたカロッゾは、バテルに確認を取ると、淹れて貰ったお茶で少しばかり喉を潤した後、改めてカタリナに向き直る。

 その真剣な表情に、カタリナは無意識のうちに背筋が伸びていくのを感じた。


「まず、ランターン商会との取引自体は無事に終わった。魔木の需要も相変わらずで、取引額を上げてくれたくらいだ。今後ともよろしく頼むとマカロフ会長は言っていた」


「それは良かったじゃない。だったら何が問題だったの?」


「取引の後、マカロフ様がお嬢様について言及されまして」


「リリィに?」


 予想外の名前が出て来たことに、カタリナは目を丸くした。

 大事な愛娘ではあるが、所詮はつい最近外を出歩くようになったばかりの四歳児。ランターン商会の会長が気にかけるような存在ではないはずだ。

 ところがそうではなかったと、カロッゾは重々しく告げる。


「どうやら、マカロフ会長にはリリィと同年代の息子がいるらしくてな。婚約の打診をしてきたんだ」


「それはまた……どうしてリリィを? ランターン商会なら、もっと他に良い相手だっているでしょうに」


 あまりにも突然のことに、カタリナはしばし目を瞬かせるが、衝撃から立ち直るとすぐに質問を切り返す。

 貴族の社会において、結婚とはそのまま家同士の結びつきを意味し、政治的な思惑を多分に含む。結婚相手を親が決めるのが当たり前の世の中で、幼い内から婚約者がいるなど珍しいことではないので、四歳のリリィにそんな話が持ち上がっても、それほどおかしくはない。

 身分差についても、場合によっては貴族扱いされないことすらある騎士爵家の令嬢だ。跡取りの長男もいることだし、商人の息子と結婚したところで大した問題にはならないだろう。

 しかし、それは問題がないというだけで、不自然さがないというわけではない。

 下手な貴族よりも多くの資金を持ち、ストランド王国内でも知らぬ者はいないランターン商会であれば、婚姻を結びたいと考える貴族家は多くいる。そのほとんどは金に困り財政難に陥った家だろうが、村一つを維持するので手一杯のアースランド家よりは、よほど貴族としての権威も力も持ち合わせている。

 そんな中、わざわざランターン商会がアースランド家を選んで婚約の打診をしてくるなど、何か裏があるとしか思えなかった。


「分からん。マカロフ会長曰く、リリィの四歳とは思えない知識と聡明さ、それに人当たりの良さに惚れ込んだらしい。鍛えれば、次代のランターン商会を担う息子の良き妻となってくれるだろうと。その点については、バテルも嘘はないと判断したんだったな?」


「ええ。昨日、お坊ちゃんと一緒に来られていたお嬢様に、やけに興味を持っていられた様子は見受けられました。なので、その言葉自体に嘘があるとは思いませんが……」


「それだけが理由とも限らない、ってことね」


 アースランド家にとってみれば、今回の話は非常に都合がいい。

 平民ではあるが、何隻もの魔導船を保有し、海洋貿易で多大なる利益を国にもたらしているランターン商会には、近々爵位が与えられるのではないかという噂すらある。彼の商会との繋がりは、間違いなくアースランド領に繁栄をもたらすだろう。

 しかし、うまい話には裏があるのが世の常。何か落とし穴があるのではと疑って、疑い過ぎるということはないはずだ。


「単に結びつきを強めて、魔木をこれからも安定して仕入れたいっていうだけならこちらとしても助かるのだけど……」


「あるいは、カタリナ様の持つ魔法の知識を目的としているのでは? 婚約で両家の結びつきが強まれば、共同開発という形で新たな魔道具を生み出し、販売する道もあるでしょう。かの商会は、近年魔道具の生産に力を入れ始めたと聞きますし」


「うーん……でも、流石に私一人を目的にするには手段が回りくどいような……何か、確実に利益が期待出来る魔道具でもあるのかしら?」


 バテルとカタリナの二人がそれぞれに予想を立てるが、やはり現状の情報だけでは決定打に欠ける。

 議論が袋小路に迷い込もうとしたところで、「ともかく」とカロッゾが声を上げ、一旦話し合いを終わらせた。


「今の段階では、あちらの思惑を推察するのは難しいだろう。出来る限り調査は進めるとして……現時点では、今回のランターン商会の御曹司とリリィの婚約。前向きに検討しようと思う」


「そうなるわよね……リリィの体のことを考えると、婚約なんて、もっと大きくなってからにしたかったのだけれど」


 ランターン商会は、アースランド領で産出される魔木のほとんどを卸している、最大の取引先だ。

 もし機嫌を損ねて取引を中断されると、隣領から食料品を買い付ける資金が足りなくなり、領民達が冬を越せなくなってしまう恐れがある。端的に言えば、多少の不利益を飲み込んででも要望を聞く必要がある相手なのだ。

 ましてや、少なくとも表面上はこちらが得する婚約話を蹴るというのは、非常に難しいと言える。


「分かっている。少なくとも、今すぐ婚約というのは難しいと伝えよう」


「それが精一杯ですね……交渉の方は、私にお任せください」


「ああ、頼りにしてるぞ、バテル」


 慇懃に礼を取るバテルの背を、カロッゾがバシバシと叩いて発破をかける。

 完全に丸投げの姿勢に入ったカロッゾを見て、カタリナもまた苦笑を浮かべ、いつもありがとうとバテルに労いの言葉をかけた。


 ……いつもの彼らであれば、気付いただろう。いくら小さな子供が、手に持った物の中身を零さないように慎重に歩いていたとはいえ、執務室の前まで歩いてくればすぐに察知出来たはずだ。

 最近頻繁に村の近くまでやって来るようになった魔の森の魔物達に対処するため、連日遅くまで働き続け、それに重なるようにしてランターン商会の来訪があり、加えて今回の急な話だ。溜まった疲労が感覚を鈍らせ、扉の前でリリィが聞き耳を立てていることに、誰も気付くことが出来なかった。






(婚、約……? 誰が……私、が……?)


 執務室の前で、カロッゾの言葉を聞いたリリィは、その言葉を咄嗟に飲み込めなかった。

 徐々に思考が回り始め、聞こえてきた言葉の意味を理解するごとに、足元がガラガラと音を立てて崩れ落ちていくような感覚に陥っていく。


(あはは……そうですね、そういえば私、今は女の子でしたもんね。意識すること、ほとんどなくて忘れてましたけど……貴族の女の子なら、どこかに嫁ぐのなんて当たり前のことでした)


 これまで、少しでも家族のためになろうと頑張って勉強して来たリリィには、わざわざ説明されずとも、アースランド家がランターン商会の要求を呑む以外に選択肢がないことがよく分かる。もし蹴ってしまえば、間違いなく領民達が不幸になってしまうだろう。

 逆に、ここでリリィが嫁ぎ、アースランド家とランターン商会との結びつきが強くなれば、紛れもなく領地の繁栄に……みんなの笑顔に繋がるだろうということも。


(むしろ、チャンスかもしれませんね。ここでもし婚約出来れば、やっとみんなの役に立てます。まさか嫁に取ってそれで終わりなんてこともないでしょうし、ランターン商会との繋がりが強くなれば、ずっと考えてた取引先を失うリスクが大分和らぐはずです)


 頭がどこまでも客観的に事実を捉え、自分の願いに沿った事であるかを淡々と分析していく度、心は酷くかき乱される。

 大事に抱えていたはずのポットが手から滑り落ち、中身が零れて足元を濡らしても、それすら視界には入らない。


(オウガも少しずつ、この家に馴染んで来てるみたいですし、きっと遠くないうちに、お兄様や他のみんなの言うことも聞いてくれるようになるはずです。精霊の耳だって、そんなものなくても最初から、お父様達はたった三人で森の中を見回って、魔物が来ないように村のみんなを守っていたんですから、お兄様やコアン君が成長してそこに加われば、もうそれだけで万全でしょう)


 何もしていないのに息苦しくなり、呼吸がどんどんと荒くなる。嵐のように荒れ狂う感情に合わせ、体の奥底から溢れだした熱が外へ飛び出そうと暴れ回り、全身がギシギシと悲鳴を上げる。


(いくら転生者って言っても、ここで役立てられる知識なんてほとんどありませんしね……元々、大して頭も良くなかったですし、むしろ年齢を考えれば、お兄様の方が私よりずっと賢いです。最近は真面目に勉強するようになっていますし、すぐに私なんて追い抜いてくれるでしょう。だから……)


 私はもう……ここには、必要ない。

 そんな言葉が頭に浮かぶ寸前、誰かが駆け寄ってくる気配を感じ、リリィは顔を上げた。


「お嬢様! 大丈夫ですか?」


 無意識のうちに歩いて来たのか、気付けばそこは執務室から大分離れた自分の部屋の傍だった。

 心配そうに顔を覗き込むカミラに、リリィはなんてことないように口を開こうとして……上手く、出来なかった。


「はい……大丈夫、です。ちょっと、お父様達に……差し入れしようと、思っていた、ジュース……溢して、しまって……拭くものを、探しに……すみません……」


 自分の状態を悟られないよう、なんとか笑顔を浮かべようとするリリィだったが、心の中はともかく、体に起きた異変までは誤魔化せない。視界がぐにゃりと歪んでいき、足元はどうしようもなくフラつく。

 案の定、その言葉にカミラは全く納得した様子もなく、すぐさまリリィの額に手を添えて、表情を険しくする。


「酷い熱ではありませんか……! すぐにお部屋へお連れ致します」


 普段一緒にいても、使用人という立場ゆえかほとんど触れ合うことのないカミラに抱き上げられ、少々面食らうリリィだったが、それに構わすカミラは部屋に向かって駆け出した。


 その後、リリィは高熱にうなされて、朦朧とする意識の中、丸一日寝込むこととなった。

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