第百十四話 意外な信頼
「し、シルヴィア様と夜の女子会ですってええええ!? リリアナさん、なぜそこに私も呼ばなかったんですか、独り占めですか、抜け駆けですか、きいいいい!! 羨ましやぁぁぁ!!」
「あだだだだナルミアさん痛い痛いです! 首がもげますぅ!!」
シルヴィア達との女子会を終えた翌日、勉強禁止令が出されてしまったことで暇を持て余していたリリィは、ティアラに会うまでの時間をどうにか潰そうと図書室へやって来たのだが、そこで偶々出会ったナルミアに昨晩のことをうっかり話してしまったのが運の尽き。現在、激しい詰問を受けていた。
どうやら、学園外でシルヴィアと語らうなど、そうそう出来ることではないらしい。
何となくそれは予想していたが、ここまで羨ましがられるのは予想外だった。
肩を掴んで遠慮容赦なく前後左右に振り回すナルミアを前に、リリィはただ目を回すのみ。
そんなリリィを見かねてか、元々は監視役という名目でついて来ていたルルーシュが、遠慮がちに割って入る。
「まあまあ、一応は穏健派の集まりというかなんというか……僕もいなかったし」
「むしろ居たら大問題ですわ!? 殿方とシルヴィア様が夜中に同じ部屋にいたなどということが知れ渡れば……」
「知れ渡れば?」
「戦争が起きますわ」
「怖いですよ!?」
真顔で告げるナルミアに、リリィは思わず叫び声をあげる。
確かに、公爵家の令嬢が特定の男子と仲良くしていたなどと知れれば、大きな話題となるだろうが……戦争は大袈裟ではないか? と、未だ庶民感覚の抜けきらないリリィは首を傾げてしまう。
「全く、リリアナさんは甘いですわ! シルヴィア様はその家柄はもちろんですが、それに驕らず自らを高め、その美しさ、魔法の練度、勉学、あらゆる面で私達貴族令嬢の模範であり続ける、素晴らしいお方なのですわ! 損得抜きでお近づきになりたい子とて大勢いるのに、夜にこっそりと会うなどと……後ろから刺されても知りませんことよ?」
「本当に怖いです! シルヴィアさんのファン、そんな人ばっかりなんですか!?」
シルヴィアが人気なのは分かっていたつもりだが、ナルミアからすればそれどころではないらしい。
女性陣はまだ、シルヴィア自身が手綱を握っていることもあって幾分か大人しいが、もし男の影などあろうものなら、カレル・サイファスを中心とした主戦派男性陣が黙っていないという。
以前ひと悶着あり、決闘騒ぎにまで発展した少年の名が出て来たことに、リリィは少しばかり顔を顰めた。
「ですからまあ、実のところ結構意外なのですわ。シルヴィア様は、殿方を除けば誰に対しても分け隔てなく平等に、ほどほどの距離感でお付き合いされる方でしたから。それが、リリアナさんにはやけに執着しますもの」
「それは……なんででしょうね?」
仲良くなりたいとは思っていたが、それの感情自体、彼女が自ら執拗に絡んで来なければ、リリィの中で発生しようもなかった。
出来るだけ友達は作りたいと思っていたので、時間の問題ではあったと思うのだが……このタイミングでそうなったのは、彼女の意思なくばあり得ない。
(ルル君の婚約者だったからでしょうか?)
何となく、そんな理由を思い浮かべつつも、最後にはまあいいかと結論を出す。
(最初の理由がどうであれ、今仲良くなれたならそれで十分です)
シルヴィアが何を考えているかは未だによく分からない部分もあるが、彼女にとって恐らく自分自身より大事な妹と引き合わせてくれたということは、それだけ心を開いてくれたということだ。
最初から、お互いの全てを把握した友達関係などありえないのだから、これからはゆっくりと絆を紡いでいけばいい。
「まあ、シルヴィア様はシルヴィア様なりに、考えがあるんでしょ、心配いらないよ」
そんな時、ルルーシュが極軽い口調でそう言った。
いつもはどちらかというと疑り深い彼らしからぬ態度に、リリィは意外そうに目を瞬かせる。
「ルル君、前はあんなに警戒心剥きだしだったのに……やっぱり、シルヴィアさんとお付き合いしたいんですか?」
「違うからね!? その誤解、まだ解けてなかったの!?」
「なっ、ルルーシュさん、あなた婚約者がいる身でありながら、シルヴィア様まで狙ってらっしゃいますの!? 恥を知りなさい恥を!!」
「誤解が広まった!? 僕は他の婚約者なんていらないから!!」
必死に叫ぶルルーシュに、リリィは小さく噴き出す。
本当は、言われるまでもなくそんな理由でないことくらい分かっている。
それでも聞いてしまったのは、リリィのちょっとした悪戯心だ。
「大丈夫ですよ、分かってます。ルル君は優しいですから、仲直りしたシルヴィアさんを疑いたくないんですよね?」
「疑うってなんですか疑うって!? シルヴィア様をまるで悪人か何かみたいに! いえ確かに、シルヴィア様はいつも何か悪巧みを繰り返しておられる感じがありますし、割とそれに振り回されて大変な時もありますが、それでも相手はシルヴィア様なのですよ!?」
「ナルミア、君シルヴィア様を庇う気全くないだろ」
疑うなんてとんでもない、と言いながら、疑われても仕方ないようなことばかり語りまくるナルミアに、ルルーシュは呆れ顔だ。
とはいえ、ルルーシュとしてもシルヴィアがいつも悪巧みしているのは承知のことなので、特に何を言うつもりもないが。
「まあ、リリィの言う通りだよ。彼女の目的はハッキリしたし、特に警戒する必要もないかなって……?」
「ルル君、どうしましたか?」
突然、難しい顔で考え込み始めたルルーシュに、リリィは訝しげな表情を浮かべる。
そんな彼女に対し、ルルーシュは「いや」と首を横に振った。
「多分、考えすぎだと思うけど……ねえリリィ、シルヴィア様は今朝、どうしてるか知ってる?」
「へ? えーっと、お父様と話があるから、ティアラちゃんと会えるタイミングになったら改めて連絡するって、そう言ってました」
「お父様……ライボルト・ウィル・ランドール。次期当主候補筆頭か」
――今、ランドール家の中でちょっとしたいざこざがあるみたいなんです。お爺様が、お姉様を次の当主に推しているらしい、と――
ティアラの語った、ランドール家の抱える継承者問題。
それを聞かされた直後の、父との対談。
ルルーシュが口にした、“次期当主候補”という単語によって、それまで特に気にしてこなかった物事が繋がり、リリィの胸中を漠然とした不安が過る。
「……そういえば、遅いですね。そろそろ連絡くらいあってもいいと思うんですが」
シルヴィアから渡された、専用の《念話》の魔道具を眺めながら、リリィは呟く。
今朝別れた時は、すぐに終わるから、と笑っていたのに、既に正午にも迫ろうとしている。
ナルミアと騒いでいたためにあまり気にしていなかったが、ここまで連絡がないというのも不自然だ。
「……何事もなければいいけど」
ただ一人、目の前で交わされる言葉の内容が何一つ分からず、全く話についていけないナルミアが首を捻る横で、ルルーシュがそう溢す。
悶々とした時間を過ごしながら、リリィは迷いを振り切るように立ち上がった。
「気になりますし、ちょっとランドール家まで様子を見に行きましょう! マリアベルさんの研究会もそろそろ終わるでしょうし、一緒に行って、門番さんに取り次いで貰えば状況が分かるかもしれません」
「そう言うと思った。それじゃあ、マリアベルと合流して向かおうか」
「えっ、お二人ともシルヴィア様の邸宅へ向かうんですの!? でしたら私も、ぜひ私も連れていってくださいまし!」
「ナルミアさんもですか? 多分いいと思いますけど……いいですよね?」
「いいんじゃない? 多分」
これから向かう先を聞いて騒ぐナルミアに対し、リリィとルルーシュは何とも軽い調子で答える。
これから会うのはシルヴィアの妹で、姉としてあまり信用の置けない相手と会わせたくないと思っている節はあるが……最近のナルミアは、リリィの影響で随分と丸くなったというべきか、「貴族ってなんでしたっけ」状態なので、ティアラを見たからと差別などしないだろう。
「それじゃあ、早速……と?」
「リリィ、どうしたの?」
「いえ、シルヴィアさんから借りた魔道具が、なんだか点滅しているみたいで」
図書室を出ようとしたその時、ふと預かっていた魔道具の異変に気付き、リリィが声を上げる。
本来、離れた場所に声を届ける目的で利用されるそれが、なぜか淡い魔力の燐光を何度も明滅させるのみという状況に首を傾げていると、それを見たルルーシュの表情がみるみる険しくなっていく。
「……これ、船乗り用の光信号だね。僕が商船を扱うランターンの跡取りだから、通じるだろうと思って使ってるんじゃないかな」
「そう、なんですか? だったら、シルヴィアさんはなんて?」
なぜ、直接声を出して話さないのか。
なぜ、ルルーシュはそんな顔をしているのか。
思わず声が堅くなるリリィに、ルルーシュは口を開く。
「SOS……助けて、って言ってる」




