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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第一章 新しい居場所
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第十一話 商船来訪

 船着き場へ向かう途中、リリィ達は収穫が終わったばかりの麦畑を訪れた。

 収穫作業の途中で零れた実を狙ってやって来る鳩を仕留めるのが目的だが、鳥を仕留めるのはやはり難しい。魔物の一種であるオウガさえ、怪我から回復したばかりの頃は失敗続きで、追いかけては逃げられを繰り返すばかりだった。

 しかし、回数を重ねるうちに狩猟のやり方を学んだのか、最近では大分動きもよくなり、一発で仕留めるような日も珍しくなくなっている。


「困っていることですか? 特にないですね。最近はリリ様の見回りのお陰か、タヌキもイノシシも見てないし。あ、強いて言えば、うちのトールが今日も仕事サボって遊びに行ってしまったのが、困ってると言えば困ってますね、ふふふ」


「あはは、そういうことなら、トール君を見かけたら私の方からも注意しておきますね。あと、タヌキが出ないのはオウガのお陰ですから、お礼ならあの子に言ってあげてください」


 そんなオウガの猟犬としての成長を見守る傍ら、畑の傍に腰を下ろしたリリィは、偶々休憩していたおばさんと世間話に花を咲かせている。

 本人としてはユリウスのためにも、出来れば手伝いの一つもやりたかったのだが、流石に四歳の子供が持つにはただの投石紐でさえ危険だという理由で却下されてしまったのだ。

 そのため、この際少しでも現在の村の様子について聞いてみて、あわよくばカロッゾの政務の助けになればとお喋りを始めたのだが、転生前は人付き合いが得意だったリリィはすぐに盛り上がり、何だかんだでかなり楽しんでいた。


「そういえば、村では小さい子達ってどんなお仕事してるんですか?」


「草むしりとか、水汲みとかですね。これが中々大変で、子供達は嫌がるんです」


「あはは、私も最近、庭のお花や、裏庭のハーブの手入れとかやってますから、気持ちは分からないでもないです。でも、頑張ってすくすく育ってくれるのを見ると嬉しいんですよねー」


「リリ様が手入れしたお庭ですか、きっと素敵でしょうね」


「良かったら、今度見に来ますか? ほとんどトーマスお爺ちゃんがやってくれてるので、私が手入れしたっていうと少し違う気もしますけど」


「ふふ、それでしたら、今度時間のある時にでも、伺わせていただきますね」


「はい! いつでもお待ちしてます」


 そうして話し込んでいると、畑の方から「リリィ~」と呼びかける声が聞こえる。

 振り向けば、そこには大きく手を振るユリウスの姿があった。

 それなりに距離があるため、結果がどうだったかは遠目にはよく分からないが、笑顔を浮かべるその様子からすれば、上々の成果だったのだろう。


「それでは、私達はそろそろ行きますね。レラおばさん、またお会いしましょう」


「はい、お気を付けて」


 雑談を終えて立ち上がったリリィは、同じく休憩を終えて立ち上がったおばさんと手を振って別れると、人差し指と親指で輪を作り、ピイィィィ!! っと指笛を鳴らす。

 すると、音に気付いたオウガがすぐさまリリィの元へ駆け寄り、仕留めた獲物を差し出して来た。

 若干抵抗はあるが、愛狼がわざわざ取って来てくれたものだ。有難く受け取ると、命への感謝を込めて精霊教式の祈りを捧げる。

 やや遅れて、ユリウスもリリィの元に辿り着いたのだが、暴れる鳩を一羽手にした彼の顔には少しばかり疲労の色が滲んでいた。


「オウガって、ほんと速いよな。全然勝てなかったよ……」


「ガウッ」


 多少魔法が使えるようになったとはいえ、木剣くらいしか持たないユリウスと、天然のハンターたる黒狼ではどうしても狩りの腕前に差がある。あっさりと仕留めたオウガと違い、ユリウスは小一時間ほどかけてやっと一羽だった。

 少しばかり悔しそうな顔をしているユリウスを見たリリィは、気にすることはないと肩を叩いて元気づける。


「お兄様は生け捕りにしてますから、食料確保っていう点で見ればお兄様の方が良い結果ですよ。というか、むしろどうやって生け捕りにしたんですか? 攻撃魔法はまだ教えて貰ってないんですよね?」


「ああ、教わってないよ。別に、鳥を捕まえるだけなら、《閃光フラッシュ》の魔法で目くらまししてやれば落ちて来るからさ。まあ、思ったより難しかったけど」


 離れたところから光を届かせるのって意外と大変なんだなー、などと、実際に目の前で魔法を使って見せながら話すユリウスに、リリィはへ~っと思わず感心の声を上げる。

 確かに、目が眩めば平衡感覚が狂い、とてもではないが鳥は飛んでいられない。しかし、それを直接習ったわけでもないユリウスが、この歳でそれに気付き、覚えたての魔法で成功させるというのは中々優秀ではないだろうか?


「ガウッ、ガウッ」


「あはは、オウガも凄いですよ。それじゃあお兄様、お願いしてもいいですか?」


「ああ、いいぞ」


 褒めて褒めてと言わんばかりに擦り寄って来るオウガを撫でながら、畑の外に移動し、ユリウスに頼んで仕留めた鳩を処理して貰う。

 それが終わると、そろそろ丁度いい時間だろうということで、船着き場へ向け歩き出した。

 経緯はともあれ、目的の鳩が二羽も手に入ってご機嫌なのか、鼻歌を歌いながら歩くユリウスに、リリィは微笑を浮かべながら話しかける。


「今日は二羽も獲れてよかったですね。最近はオウガの影響か、動物があまり寄り付かなくなってるみたいでしたし」


「そうだな、商船が来るタイミングでこれは運が良かったよ。これで果物とか買えるといいんだけど」


「お父様が前に買ってきてくれたリンゴ、美味しかったですもんね。私も、材料さえあれば色々と作ってみたいお料理があるんですけど……砂糖って高いんですよね」


 アースランド領では、食料品……特に、砂糖や果物などといった品物はそれなりに高価なものになっている。

 日々の食事に苦労するほどではないにしても、裕福とは言い難い土地柄、どうしてもそれらの嗜好品は後回しになり、値段が上がってしまうのだ。

 そのせいで、リリィは前世のレパートリーがほぼ全て壊滅状態に陥り、更に調理器具の違いに体の小ささまで加わって、完全に料理スキルが年相応にまで下がっており、地味に落ち込んでいたりする。

 リリィが料理って、大丈夫か? などと、失礼なことを言う兄に対し、絶対に美味しいの作ってみせます! と声を上げるのだった。


 そうした雑談を交わしながら、リリィ達は河原に到着した。

 どうやら船はまだ到着していないようだったが、船から積み荷を降ろし、その後は集めた木材を引き渡す都合からか、木材倉庫には多くの男達が詰めかけており、そこには見知った顔もあった。


「クルトアイズさーん!」


「ん? おお、リリ嬢、ユリ坊も、こんなところでどうしたんで?」


「今日は商船が来る日だろ? 俺らも鳩仕留めて来たから、これ売った金で何か買おうかと思って」


「へえ、そりゃあ用意がいいこって。ユリ坊も、将来は大将の跡を継ぐんなら、商人に言い負かされねえように気を付けるんですぜ?」


「へへ、任せろって」


 胸を張って宣言するユリウスに、クルトアイズは面白がるような、それでいて少しばかり期待するような笑みを浮かべる。

 実のところ、勉強面では圧倒的にリリィの方が優れているのだが、こと交渉事に関してはユリウスの方が得意だろうとクルトアイズは睨んでいた。

 素直で真面目過ぎるリリィと違い、ユリウスは良くも悪くもずる賢い上に口が達者なので、腹の探り合いを必要とする場では彼の方が向いているのだ。

 もっとも、それも前提となる最低限の知識あってこそなので、まだまだ交渉人と呼ぶには未熟過ぎるが。


「ところでクルトアイズさん、お父様知りませんか? 今朝から全然姿が見えないんですが……」


「大将なら、まだちょっと野暮用があって来れねえです。今日の取引も、品物のチェックはバテルの野郎に任せるって話でさぁ」


「そうですか……差し入れ持って来たんですけど、残念です」


 目に見えてしょんぼりと項垂れるリリィを前に、クルトアイズは罪悪感に駆られ、軽く頭を掻く。

 重要な仕事とはいえ、魔物に関わる業務は本来従騎士である自らの職分。カロッゾを駆り出させてしまい、その娘を悲しませている今の状況は、どうしても力不足を感じてしまう。


「あー……良ければ、この後また大将のところに戻るんで、俺が届けやしょうか? きっと、娘からの差し入れって聞きゃあ大将もすげぇ喜ぶでしょう」


 片膝を突き、リリィと目線の高さを合わせると、出来るだけ優しい口調でそう提案すると、リリィはすぐさま顔を上げ、嬉しそうに笑顔を零した。


「本当ですか? ありがとうございます! たくさんあるので、よかったらクルトアイズさん達も食べてみてください」


「ありがてぇ、それじゃあ頂いていきやすね」


 パンを籠ごと受け取ると、クルトアイズは近くにいた男達と二、三言葉を交わし、その場を後にする。

 手を振ってそれを見送ると、船が来るまで自分達はどうしようかと、リリィとユリウスは相談を始めた。


「まあ、釣りでもして待ってるか。運が良ければ釣った魚を売って金に出来るかもしれないし」


「釣りですか、まだやったことないですね。お兄様、教えてくれますか?」


「任せとけ」


 ユリウスに手を引かれ、リリィは釣り場へと向かう。

 収穫作業がひと段落付いたからか、一息入れるためにやって来た数人の男達が竿を垂らす中、リリィの見知った顔もそこにあった。


「コアン、トール! お前らも来てたのか」


「あ、ユリウス、それにリリ様」


「二人も釣りしに来たの?」


「はい。お兄様が、商会の人と交渉していい物買うんだって張り切ってまして、それまでの時間潰しに。お二人は?」


「俺らは交渉とかやってらんないから、普通に晩飯獲りに来たんだよ」


「商会のやつらって、なんか笑顔が胡散臭くて怖いしなー。別に、リリ様みたいに可愛く笑えとは言わないけど、こう……なぁ?」


「あはは、商人はそういうお仕事ですから、仕方ないですよ。それはそうと、トール君、お母さんが探してましたよ? お仕事サボっちゃダメじゃないですか」


「うっ、いや、ほら、ちょっとだけだって。少ししたら戻るからさ、大目に見てよ、な?」


「全くもう、ちょっとだけですよ?」


 出会うなり、お互い気さくに声をかけ合い、少しばかりお小言を挟むと、皆で並んで釣り竿を垂らす。

 それからは、しばらくお互いの近況報告をし合いながら、のんびりとした時間を過ごす。

 どこそこの家は今回豊作だったらしいだの、孫が生まれて喜びすぎたお爺さんが腰を痛めて家族に呆れられたらしいと言った何気ない話から、最近父親がピリピリしている、森で何かあったに違いない、と言った物騒な想像まで。

 田舎で出て来る話題など、大体が身近な誰かのちょっとした変化について話すくらいしかないのだが、そんな何気ない会話が、リリィには心地よかった。


「……ん?」


「リリィ、どうかしたか?」


「あ、いえ、向こうから何か……」


 そうしているうちに時間は過ぎ、西に傾いた陽射しが茜色に輝き始めた頃。オウガがバチャバチャと水の中で跳ね回る音とは別に、何か不自然な音が聞こえてくることに気付き、リリィは川の下流へ目を向ける。

 オウガと初めて出会った時に似た、しかしあの時のような強い感情とは違う何か。

 何だろうかと考えて、以前カタリナの魔道具に近づいた時の耳鳴りに似た感覚だと気が付いた。


「商船です! 来たみたいですよ」


 リリィがそう言って指差した先から、川の流れに逆らいゆっくりと進む船が見え始めた。

 帆船のようなマストを持ちながら、今は帆を畳んでいるにも拘らず動いている光景は、前世における帆船という物を知っているリリィからすれば何とも奇妙に映るが、この国では主流となりつつある船の形だった。

 あくまでメインは帆で受ける風の力で動くとしながらも、風のない時や向かい風の時、あるいはこうして川の流れに逆らって進むために、補助動力として船尾から風の魔法を発生させる魔道エンジンを搭載した船。魔導船だ。


「お~、凄いです、ちゃんと進んでます!」


「当たり前だろ? 進まなかったら船じゃないじゃん」


 事前に習って知っていたとはいえ、本当に帆船が川を昇って来る光景に、リリィはキラキラと目を輝かせる。

 こうした船に搭載されている魔道具は、人の手で操作・制御されてこそいるが、魔力自体は魔道具に取り付けられた“魔水晶”に蓄積されたものを使用している。

 魔法の制御には多少人の魔力が使用されているのだが、全体からすれば極僅かのために意思と呼べる意思は宿らず、リリィの耳には声というよりも、無機質で大きな機械音のように響いてしまい、実のところかなりうるさい。

 しかし、こちらに転生して以来、ちょっとした魔道具を除けば初めて目にする魔法文明の産物とも呼べる存在に圧倒された今のリリィにはそんなことは全く気にならず、見た目年齢そのままの無邪気な幼女のようにはしゃいでいた。


「早速行ってみます! コアン君、トール君、また後で!」


「あ、待てよリリィ!」


「二人とも、またなー」


「なんかいいもん貰えたら俺らにもお裾分けしてくれよなー」


 興奮を抑えきれず船を追って走り出したリリィを追ってユリウスも走り出し、オウガが追従する。そんな二人と一匹を、コアンとトールは軽く手を振って見送る。

 この船の到来が、リリィにとって無視しえない事態を呼び寄せることになるとは、この時はまだ想像すら出来なかった。

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