第百二話 不和の真相
「ほら、シルヴィアさん、こっちです、こっち!」
「り、リリアナさん、急ぎすぎよ!」
シルヴィアを変装させたリリィは、早速王都の街中へと繰り出した。
王国の中枢であると同時に、海上貿易からなる物流の中心でもあるこのフォンタニエは、他を圧倒するほどの大都会。立ち寄れる場所などいくらでもあり、故にリリィもまったりするつもりはサラサラなかった。
「せっかく来たんですから、遊び倒さないと損ですよ? それに、実は私も入学以来、ずっと勉強と訓練漬けだったので、王都のことほとんど知らないんです。一緒に未知へと挑戦しましょう!」
「行く当てがあるわけじゃなかったの!?」
無計画で突っ走っていたと聞かされ、さしものシルヴィアも頭を抱える。
今日のリリィはやけに吹っ切れたように一直線で、いつものように自分のペースに引き込めないのだ。
全く、調子が狂う――
そんなことを考えながら、手を引かれることしばし。ふと、辺りにいい匂いが漂ってきた。
「らっしゃいらっしゃい! 卸したての鶏肉を使った串焼きだよ! そこのお二人さんも、一本どうだい?」
「わあ、串焼きですか! じゃあ二つください!」
客引きにかかり、ウキウキとした様子で駆け出すリリィ。
やれやれと内心で肩を竦めつつ、シルヴィアもまた流れに身を任せるように屋台へと向かう。
すると、また別のところからも声がかかった。
「おっと待ちな、そんな優男が作る串焼きを食うくらいなら、ウチの団子を食ってきな。美味いぞぉ?」
串焼き屋の、更にもう一つ奥にある、団子屋台。
そこの強面店主が、団子を手にリリィ達へと手招きをしていた。
「おうおうおう! このお二人さんはウチの客だぜ? 横入りはよして貰おうか!」
「ふん! 俺は事実を言ったまでよ。新参のお前に、まだまだ“王城前々通りナンバーワン屋台”の称号は渡さねえ!」
「まるで自分が持ってるみたいな言い方をするんじゃねえ!!」
「なにをぅ!?」
あっという間に一触即発となり、間に挟まれたリリィは乾いた笑みを浮かべた。
ちなみに、王城前々通りとは、一般に王城前通りと呼ばれている貴族街の大通りから、関所一つを隔てて続く平民街の大通りのことらしい。
普通に大通りでいいじゃないかと思わないでもないリリィだったが、とっくの昔にその呼び方で定着してしまっているようなので、今更とやかく言うことでもないかと気にすることを止め、代わりに別のことを口にする。
「仲が良いんですね、お二人とも」
「「良くねえ!!」」
いっそ漫才かと思うほどに息ぴったりな二人の店主に、シルヴィアもまたくすくすと笑みを溢す。
それを見て、どちらからともなく矛を収めた彼らは、いいことを思い付いたとばかりに手を叩く。
にやりと、揃って良く似た悪い顔を浮かべる姿に、やっぱり仲が良いじゃないかと思ったリリィだが、それを口に出すより早く彼らは手に持つ商品を差し出した。
「ちょうどいい、ここはこの嬢ちゃん達に決めて貰おう」
「賛成だ、客の判断ならどう転んでも文句はねえ」
「ええ!?」
思わぬ展開に目を白黒させるリリィだったが、代わりにお代はタダにすると言われてしまえば否はない。
王都まで来たが、リリィは元より弱小騎士爵家の娘。いくら最近羽振りが良いと言っても、お小遣いは限られているのだ。
「では早速……はむっ」
ひとまず、最初に食べようとしていた串焼きを一口。
店主達が固唾を飲んで見守る中、リリィは、
「美味しいですぅ~♪」
花咲くような満面の笑顔を浮かべ、ほわわーんとその言葉を口にした。
可愛らしい幼女の満足げな顔に、串焼き屋の店主はぐっと拳を握り締め、道行く人々が足を止める。
「シルヴィアさんもどうぞ、食べてみてください!」
「そう? じゃあ……」
はむり、と、どこか育ちの良さを感じさせる丁寧な所作で、リリィの差し出した串焼きを齧るシルヴィア。
ふむふむとしばし味わった後、彼女もまた観衆の期待に応えるように口を開いた。
「確かに、食材はそれほど良い物じゃないけれど、その分のコストをタレの香辛料に使っているのね。ピリ辛のタレが肉の味を本来以上に引き上げて、店で食べる肉にも引けを取らないレベルになっているわ。香ばしい香りが食欲を引き立てるせいで、思わずもう一本手を伸ばしたくなるような一品ね」
「おお、分かってくれるか嬢ちゃん! 気に入った、もう一本サービスしてやろう」
「これくらい当然よ。でも、ありがとう」
「あ、シルヴィアさんズルイです、私にもください!」
「ふふ、はいはい」
受け取った串焼きを、シルヴィアはリリィの口元へと差し出す。
パクリと、淑女らしからぬ大口でかぶり付いたリリィがまたも美味しそうにポワポワと笑みを浮かべる姿を前に、何処からともなくゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくる。
「じょ、嬢ちゃん達! ウチの団子も食べてくれ!」
「そうですね、ではこちらも……ん、んん! こっちも甘くて美味しいですね~♪」
団子を一口食べるなり、ほっこりとした笑顔とともに息を吐く。
どこか牧歌的な雰囲気が漂う空気の中、シルヴィアもまた団子を口にする。
「ふむ……こっちは串焼きとは対極ね。シンプルな団子に、餡の優しい甘味が加わって、ガツンと来る旨味がない代わり、いつでもすんなりと喉を通るわ。食後のデザートにも、お茶会のお供にも使える、日常の名脇役とも言うべき一品よ」
「お嬢ちゃん、通だね! そう言ってくれると嬉しいよ!」
実に嬉しそうに笑うと、串焼き屋に対抗するように彼もまた一本余分にサービスする。
それを受け、またもリリィとシルヴィア、二人仲良く食べさせ合う和やかな光景が流れ――周囲にいた観衆達が、我慢出来ないとばかりに押し掛けて来た。
「おい、俺にも串焼きを一つくれ!」
「こっちは団子だ、団子くれ!」
「俺はどっちも食うぞ!!」
ワイワイガヤガヤと人が詰め掛け、あっという間に二つの屋台の前に人集りが出来ていく。
見るからに素直そうな可愛らしい幼女が美味しそうに食べる姿を目の当たりにした上、予想以上にしっかりした食レポまで聞かされたのだ。
一応、どちらの料理が上か審査するために食べさせられたはずなのだが、店主達のホクホク顔を見る限り、それはもういいのだろう。
なんとも、商魂逞しいことである。
「なあお嬢ちゃん達、良ければウチの料理も食べて行かないかい?」
もっとも、商魂逞しいのは彼らだけではなかったが。
圧倒的な客の数に嬉しい悲鳴を上げる店主達を他人事のように眺めていたリリィ達に、そんな風に声をかける男が一人。
否、その後ろを見れば、彼と同じように金の成る木を見付けた商人そのままの表情で、ギラギラとした視線を向ける店長達が多数。
「いやいや、まずはウチの店から来てくれ、ウチの饅頭は美味いぞぉ?」
「バカを言うな、それならウチのパンの方が絶対美味い! お嬢ちゃん、ウチにおいで」
「そっちこそ何言ってやがる、ここはウチの果物をだな」
ワイワイガヤガヤ。店の前とはまた違う人集りに飲み込まれ、リリィとシルヴィアは瞬く間に揉みくちゃにされていく。
「ど、どうしてこうなるんですか~!?」
「へ、平民って、思ったよりずっとパワフルね……」
思わぬ事態に悲鳴を上げるリリィと、顔を引き攣らせるシルヴィア。
しかし、野獣と化した彼らを前に、幼女の悲鳴など意味を成すはずもなく。
結局、リリィとシルヴィアの二人は、その通りにある屋台のほとんどを食い倒す羽目になるのだった。
「ぐふぅ……も、もう食べられません」
ようやく屋台ラッシュから解放されたリリィは、港近くにある噴水広場のベンチで横になり、苦しげに呻いていた。
ひっひっふー、と妊婦か何かのような呼吸を続けるリリィに、シルヴィアは呆れ顔で告げる。
「何も、差し出された物全部食べなくてもいいでしょうに。最後の方なんて、私の分まで食べてたじゃない」
「うぅ……その、出された料理は全部食べないと、失礼な気がして……」
出された物は残さず食べる。転生前から残る価値観そのままで答えるリリィに、シルヴィアはやれやれと溜息を溢した。
「これは、あの子があんなに気に掛けるのも納得ね。放っておいたらどこかで自滅しそうだもの、心配過ぎて気が気じゃないんでしょう」
「じ、自滅なんてしませんよ! ……というか、あの子?」
「ルルーシュ・ランターン。あなたの婚約者のことよ」
思わぬ名前が出てきたことに、リリィは目を丸くする。
そんな表情が可笑しかったのか、くすりと笑みを溢したシルヴィアは、リリィの頭を軽く持ち上げ、自身の膝の上に乗せた。
「あ……」
「ふふ、こうした方が楽じゃない? 今日だけは特別よ」
「はい、ありがとうございます」
まだまだ小さな膝の感触を後頭部に感じながら、目の前にあるのはいつもと少し違う、慈愛に満ちたシルヴィアの顔。
そういえば一つ歳上だったと、今更な事実を再認識しながら、リリィはシルヴィアにずっと気になっていたことを問い掛けた。
「シルヴィアさん、ルル君とどういう関係なんですか?」
「どう、というと……うーん、何て言ったらいいのかしら? 一方的なライバル?」
「へ?」
「あなたが彼と会う少し前にね、ランターン商会とランドール家とで商談があって、その時に彼とも会ってるのよ。歳が近いからって、少し一緒に遊んだりもしたのだけど……トランプで完敗しちゃって、随分悔しい思いをしたのを覚えてるわ」
「そ、そうなんですか」
ルル君、公爵家のご令嬢相手に何をやってるんですか……と思いながらも、彼ならばやるだろうなとリリィは納得する。
最近は大分丸くなってきたとはいえ、リリィの知るルルーシュは、貴族相手だからと無条件で謙るような子ではない。
「まあ、今では絶交状態だけどね」
さらりと告げられた言葉に、リリィは絶句する。
どうして、と目線で問い掛ければ、シルヴィアはあくまでも淡々と事情を語り出した。
「五年前、王都でベラ熱が流行ったのは知っているでしょう? その時、私達主だった貴族家は薬師の大半を家に抱え込み、関所を封鎖することで被害の沈静化を図った。……いえ、もっと簡単に言いましょう、見捨てたのよ、平民を。当然、平民だった彼も、そして、苦しむ人々のために身を捧げた彼の母親もね」
隠しきれない嫌悪と侮蔑、そして後悔と罪悪感の入り交じる、悲しげな瞳。
それを見て何も言えなくなったリリィへと、シルヴィアは微笑む。
「彼の商会から何度も要請された薬師の派遣も、私達は断り続けた。結果、平民の多くに被害が拡大し、彼の母親も病の副作用で魔法が使えない体になったの。……事態が終息した後、貴族はベラ熱の被害を食い止めたとして彼女を祭り上げ、平民の怒りを宥めようとしたけど……そうした貴族の思惑も、賢い彼にはお見通しだったんでしょうね。散々恨み節を言われて、それっきり」
「…………」
「ふふ、幻滅した? アースランド家にスクエア家……世の中、あなた達のように領民を第一に想う貴族ばかりじゃないのよ。私も、その一人なの」
自嘲するように問うシルヴィアの儚げな表情を見て、リリィはぐっと拳を握り絞める。
そして、膝の上に寝ていた体を起こすと――シルヴィアを、自らの胸へと抱き寄せた。
「……え?」
「幻滅なんてするわけないじゃないですか。シルヴィアさんには、どうにも出来なかったんでしょう? それに……」
リリィとて、領内でベラ熱の流行を経験した身だ。
対処法が既にある程度確立され、少ないとはいえ薬師もいる環境で、それでも犠牲を出さずに済んだのは奇跡だと言われている事件。あれを思えば、王都がどれほど悲惨な状況だったのか、想像に難くない。
そんな状況では……僅か六歳の少女に出来ることなど、精々邪魔にならないように部屋の隅にいるくらいだ。
「貴族だろうと、家族を守るために全力を尽くすのは当然のことです。結果だけ見れば、確かにその判断は間違っていたのかもしれませんが……あまり、家族を責めないであげてください」
逆の立場だったならと考えた時、自分ならどう動くだろうか?
自分の近しい人間が、治療法も分からない難病に侵されたなら、ありとあらゆる手を尽くして助けようとするだろう。少なくとも、リリィならばそうする。
そのせいで誰に恨まれることになったとしても、家族のためならば。だから、リリィは関所の封鎖と薬師の抱え込みを行った貴族を、どうしても責める気にはなれなかった。
「ルル君も、きっと同じ気持ちだと思います。シルヴィアさんが悪いわけじゃないって分かっているのに、理不尽に責めてしまった自分自身を、たくさん後悔しています」
「そんなこと……現に彼は、私と会って仕事の話をする時は、ずっと睨むか目を合わせないかのどちらかよ?」
「ルル君は素直じゃありませんから」
くすりと笑うリリィに、シルヴィアはあくまでも不安気な表情を崩さない。
そんな彼女を見て、少しばかり考え込んだリリィは、良いことを思いついたとばかりに手を叩く。
「そうだ、そんなに不安なら、実際にルル君と話してみましょう!」
「えっ」
「ちょうど、買い食いの後はアクセサリーとか見に行こうと思ってたんですよね。ルル君の商会なら服も扱ってますし、バッチリです!」
「いや、待って、流石にそれは」
「さあ、行きましょう!!」
「人の話を聞いて!?」
抗議の声を全てスルーしたリリィは、シルヴィアの手を引いて走り出す。
前を向いたままウキウキと鼻歌を歌うリリィは、気付かなかった。
後ろで手を引かれるシルヴィアが、戸惑いの表情の裏で、僅かに口角を吊り上げていたことに。
「転生ゴブリンの生存戦略」というタイトルで、新作も投稿しています。
そちらもよろしくお願いします。




