第百話 友情の輪
祝・百話!
未だに前作の総合評価に届きませんが、よく見れば評価者数は既に超えていました、ありがとうございます。
……ブクマは少ないけど評価者数は多い、つまりそれだけ満足してもらえる割合が上がっている、ということなのか……? ぶっちゃけよく分かりませんが、これからも頑張ります!
「んー……」
「珍しく悩んでるね、リリィ」
シルヴィアのストーキングを終えたリリィは、学園にある校庭の片隅にて、ベンチに座り込んで唸り声を上げていた。
そんなリリィに、後ろから突然声をかける人物が一人。
「隣、いい?」
「あ、ルル君! どうぞどうぞ、いつでも歓迎ですよ」
視界に映った婚約者の姿に、リリィは喜色も露に声を上げる。
ポンポンと自身の隣を叩いて席を勧めれば、ルルーシュもすんなりとそこに腰掛けた。
「それで、何悩んでるの? やっぱりシルヴィア様のこと?」
「あはは、やっぱり分かりますか」
「そりゃあ、リリィは分かりやすいから」
「ははは……」
あっさりと断言され、リリィは乾いた笑い声を漏らす。
それほど顔に出しているつもりはないのだが、いっそポーカーフェイスの練習でもすべきだろうか?
恐らくどれだけ練習しても無理だろうことを本気で検討し始めるリリィだったが、幸運にも(?)ルルーシュの言葉でその思考は中断された。
「シルヴィア様はそんなに手強い?」
「んー、手強いというかなんというか、どこに突撃すればシルヴィアさんの心があるのか、掴み損ねているんですよね」
いつも通りにやれば大丈夫だと、ユリウスもルルーシュもアドバイスしてくれた。
確かに、相手の心に正面から飛び込むのがリリィの流儀ではあるのだが、肝心のシルヴィアの心の在処が分からない。
「いっそ家まで忍び込んでみましょうか?」
「うん、不法侵入で打ち首になりかねないから自重しようね?」
「ですよねー」
いくらなんでも、それくらいはリリィとて分かっている。
軽い冗談だと口にするリリィに、ルルーシュは心底ほっとしたように胸を撫で下ろす。
……どうやら、本気でやりかねないと思われていたらしい。
それくらいの常識はあるのにと、リリィとしては不貞腐れたように頬を膨らませる。
「とはいえ、それ以外、それ以外……うぐぐ、やっぱりこれまで通り料理で釣るくらいしか……」
あくまで勘でしかないが、それだけでは不十分だとリリィは感じていた。
先ほど目にした、シルヴィアと他の令嬢達が集まるお茶会の様子が、やけに脳裏にちらついて仕方がない。
「うがー! 分かりませんー!」
「まあ、そういう時は気分を変えて、他のことでもしてみるんだね」
案外、良い案が浮かぶかもよと、ルルーシュはアドバイスする。
それを聞いて、一理あるなとリリィも頷いた。
「そうですね、変に悩むのは向いてないってお兄様にも言われちゃいましたし、何か他のことを……」
「おーい」
気分転換の必要性を認識したリリィの元に、タイミング良く第三者の声が飛び込んでくる。
顔を向ければ、そこにはいつものように愛用の双剣を腰にぶら下げた、勝気な友人の姿があった。
「あ、ヒルダさん! そんなに急いでどうしたんですか? お兄様と訓練してたはずですよね?」
駆け寄ってくるヒルダに対し、リリィはそう言って首を傾げる。
ユリウスを師匠と仰いだ彼女は、諸々の説得(?)の末に剣を教わることになり、早速特訓していたはずなのだが。
「ああ、師匠も忙しいみたいでさ、今日のところはこれくらいって言われちまった。それで、どうせ特訓するなら、ルルーシュと打ち合うのもいいんじゃないかって」
「え、僕?」
思わぬ指名に、言われた当人が誰よりも驚く。
ただ、口にしたヒルダの方は至って真面目で、「ああ」と一つ頷いた。
「お前もここに入学してからは剣を覚え始めたんだろ? 結構センスあるから、お互い良い刺激になるだろうって師匠が言ってたんだ」
「え、ルル君、剣の特訓なんてしてたんですか!?」
初めて聞く情報に目を丸くするリリィに、ルルーシュは「まあ、一応」とやや歯切れ悪く答える。
恥ずかしそうなその態度を見るに、案外ちゃんと強くなるまでは隠しておきたかったのかもしれない。
「一言くらい言ってくれれば、私も協力したのに」
「いや、まあ……ごめん」
だとしても、婚約者たる自分にくらい言ってくれてもいいのではないか。
そんなリリィの抗議に、ルルーシュは言い訳の一つもなく謝罪する。
彼の言い分としては、婚約者だからこそ、ちゃんと強くなってから教えて、格好いいところを見せたかったのだが……元男の癖に、そうした機微には滅法疎いリリィであった。
「というわけで、早速やろうぜ、ルルーシュ!」
そして当然と言うべきか、リリィと同じくさしてそうしたことに興味の無さそうなヒルダが、そう言って自らの剣を叩き、特訓の催促をする。
もはや言っても意味はないかと、早々に諦めたルルーシュは、溜息を一つ飲み込みながら、ベンチから立ち上がった。
「いいよ、やろうか」
そう言って、ルルーシュは懐から小さな魔道具を取り出した。
剣の鍔のようなそれに軽く魔力を通したルルーシュは、それを無造作に地面に放る。
瞬間、そこに刻まれた魔法陣が起動し、眩く発光しながら石塊の剣を形作っていく。
空へ向かって屹立したそれを手に取り、軽々と振るいながら構えを取るルルーシュに、リリィは興奮も露に歓声を上げた。
「わあぁ!! ルル君、今のなんですか!? 凄いです、格好いいです!!」
「最近作った試作品の魔道具だよ。《隠匿剣》……完全制御術式と相性がいいから、上手くいったら護身具として売り出そうかと思ってる」
《隠匿剣》は、周囲にある土や石、金属などを寄せ集め、一塊に凝縮することで剣を形作る魔法だ。
その場にある物から武器を作るという特性上、丸腰に見せかけて相手の懐に潜り込む、暗殺用の魔法として知られていたのだが、近年では帯剣せずに済むという利点から、特に見てくれを気にする女性貴族の間で流行っている。
剣の形を魔力で整えるのが中々に難しく、かなり習熟しなければ役に立たない魔法だが……決まった形に魔力を固めるだけなら、完全制御術式ほど優れている物はない。
上手く行けばボロ儲け出来るぞと、ルルーシュの父であるマカロフもほくそ笑んだ、とっておきの魔道具なのだ。
「へえ、面白いなそれ。でも、強度は大丈夫なのか?」
「それを試すための実験だから。まあ、安物のナマクラよりは上だって保証しとくよ」
「へえ、じゃあ遠慮はいらないな!」
ヒルダが双剣を鞘ごと抜き、模擬戦の構えを取る。
それに応えるように、ルルーシュもまたゆっくりと腰を沈め、両者睨み合い……。
「……あ、もしかして私が審判ですか? ええと、じゃあ、開始!」
なんとも気が抜ける掛け声と共にリリィが手を打ち鳴らし、模擬戦が始まる。
強化魔法で加速し、一気に距離を詰めるヒルダに対し、ルルーシュはあくまでも待ち受ける構えだ。
ならばと全身のバネを使い、最速最短の突きを繰り出すヒルダだったが、ルルーシュはそれを半歩横にズレることで躱す。
そのことに一瞬だけ驚くヒルダだったが、構うものかと体をコマのように回転させ、絶え間ない連撃を繰り出していく。
「くっ……そ、こっ!!」
対するルルーシュも負けてはおらず、連撃の全てを必要最小限の動き、最低限の強化魔法で回避しつつ、僅かに空いた隙間へと自らの得物をねじ込んでいく。
連撃と連撃の合間を狙いすました、針の穴を通すようなその攻撃に、ついにヒルダの方が耐えかねて大きく距離を取った。
「っ……はは、やるじゃねえかルルーシュ、まだ剣を始めたばっかとはとても思えねーよ」
「ははは、そりゃどーも。正直、付いていくのでやっとだけどね」
早くも呼吸を乱し始めながら、ルルーシュはその“紫”の瞳でじっとヒルダを見つめる。
こんな色だったかと少しだけ疑問が湧き起こるヒルダだったが、今はそれどころではないとすぐに思考を切り替えた。
「にしてもこの感じ、リリアナとやり合った時と似てるな……お前も動きを先読みしてんのか?」
「さて、どうかな?」
ヒルダの質問に、ルルーシュは曖昧な返事を返す。
とはいえ、この場面でそれはほぼ肯定に等しい。
「なるほど、師匠が良い刺激になるって言うわけだな」
リリィやルルーシュは知らないことだが、先ほどユリウスと訓練する中で、ヒルダは「動きが正直過ぎて読みやすい」と指摘されていた。
どのような手段でかは分からないが、動きの先読みという独自のスキルで肉体的、技術的なハンデを覆そうとするこの手のタイプとの模擬戦は、確かに勉強になるだろう。
「よーし、行くぜ!!」
リリィと戦った時は、連撃の勢いと力で強引に押し切った。しかし、それでは力で負ける相手には敵わない。
成長するためにも、もっと戦いの駆け引きを――もっと“読みにくい”攻撃を覚える必要がある。
「全く、やりづらいな……!!」
一方のルルーシュもまた、ヒルダと同じようなことを考えていた。
元々、リリィに相応しい男になれるよう、商人として、薬師として成長しようと足掻いて来たが、やはりこの世界においては、物理的な“暴力”が弱いままではどうしても守り切れない物が存在する。
だからこそ、リリィに黙ってユリウスに相談を持ち掛けたのだ。
その時に言われたことはただ一つ。「とにかく、経験だな」と。
ルルーシュは要領が良く、ユリウスから教えられたことは大抵器用にこなせたが、何事も頭で考えすぎるタイプのため、咄嗟の判断に難があった。
生来の魔力量の少なさから、ここぞという時に魔力を出し渋ってしまうのも致命的で、とにかく経験を積み、思い切りの良さを会得すべきだと教えられている。
その点、ヒルダは何をするにも迷いがない。
攻撃も、回避も、距離を取る時も、一度そうと決めたら迷うことなく即座に実行に移している。そのため、実際に出している速度以上に、その動きは速く見える。
リリィにバラされる可能性すら投げ捨てて、ヒルダの訓練相手にルルーシュを指定したのは、これを手本に学び取れという、ユリウスなりのアドバイスなのだろう。
ならば、負けてはいられない。
「来い、やってやる……!!」
激しい魔法の応酬も、目にも止まらぬ速度もないが、両者ともに汗を飛ばし、必死に剣を打ち合わす。
その真剣で楽しげな様子に、傍で見ているリリィもまた笑顔を溢した。
「ふふ、二人とも、仲良くなれて良かったです」
ヒルダとルルーシュの二人は、リリィを介して知り合った。
共通の知人がいるという以外にあまり接点はなく、性格も真逆で、仲良くなれるかは未知数だったのだが……この分なら、心配する必要はなさそうだ。
そこまで考えた時、ふと、シルヴィアがお茶会をしている時の様子が頭を過り……目の前のそれと比べて、ようやくリリィはあの時感じていた違和感の正体に気が付いた。
ルルーシュもヒルダも、リリィが何もせずともこうしてそれぞれに言葉を交わし、友情を深め合っている。
一方で、シルヴィアの元に集まった令嬢達は、あの場で誰一人として、シルヴィア以外に声をかけなかったのだ。
友達とは、“輪”であるとリリィは考えている。
誰かと誰かの友情という名の線が、集まった人々の中で絡み合い、幾重にも重なり合って、一つの巨大な輪となるのだ。
ところが、シルヴィアのそれは輪ではなく、ただ放射状に広がる線のまま。
誰もがシルヴィアとだけ言葉を交わし、隣にいる誰かを見向きもしない。
あれだけの数の人がいて、誰一人退屈させることなく楽しませるシルヴィアの才能は凄まじいと思うし、そういった繋がりを間違っているとまでは思わない。
ただ……あれほど周囲に気を払い、笑顔のまま会話し続けていて、シルヴィアは辛くないのだろうか?
――シルヴィアの素顔が見たいなら、学園内では無理だろう。気を配らねばならない取り巻きも大勢いる。
ラウルの言葉の意味をようやく理解したリリィは、激しく打ち合うルルーシュとヒルダの二人を眺めながら、決意の表情でぐっと拳を握りしめるのだった。