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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第一章 新しい居場所
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第十話 兄妹の散歩

 黒狼は一日に必要な運動量が多いため、どうしても領主館で囲っておくには限界がある。そういった理由もあって、昼食を食べたリリィは、最近日課となっている散歩にオウガを連れ出した。

 動きやすい純白のワンピースに身を包み、やや大きめの籠を手にした今の姿からは、もはや男らしさなど微塵も見受けられない。

 リリィ自身、流石にスカートはどうなんだと思わなくもなかったが、この辺りではまだまだ服は貴重品なので、貴族といえど末端も末端のアースランド家では普段着まで選り好みなどしていられない。ましてや、これはオウガの散歩を理由に外出頻度が増したリリィのため、カタリナが相当気合を入れて用意した一張羅だ。女の子らしい恰好は恥ずかしいだなどと、拒否できるはずもない。


 もっとも、何度も着ているうちに何だかんだで本人も気に入っていたりするのだが、そこまではまだ自覚していなかった。


「さてオウガ、今日はどこを見回りましょうか」


「ガウ」


 革製の首輪から伸びたリードを握りながら、リリィはオウガに話しかけた。

 黒狼は基本的に人を襲わないし、オウガの場合はそれに加え、簡単な指示であれば(リリィ限定で)絶対に聞いてくれる。しかし、黒狼が魔物であることには違いなく、いくら教典にも登場する聖獣であろうと……いや、聖獣だからこそ、オウガを畏れ、怯える領民もいる。そういった者のためにも、こうしてちゃんとリードで繋ぎ、領主家がしっかりコントロールしていると分かりやすく示す必要があるのだ。

 もっとも、オウガが本気で走り出した場合はリリィの力では抑えようがないし、猟犬として活動する場合は当然リードなど外してしまうので、本当にポーズだけだが。


「いつも通り、村の周りをぐるっと回ればいいんじゃないのか?」


 そんなリリィに、隣を歩くユリウスが答えた。

 リリィと同じく外行きの恰好だが、見るからにわんぱく小僧と言わんばかりの半袖半ズボンを着用し、釣り竿まで手にしていることもあってか、あまり貴族のようには見えなくなっている。一応、素材にはそれなりに良いものを使っていること、腰に木剣を差していることもあって、辛うじて上流階級の人間であることは察せられるだろうが。


「まあ、それはそうなんですけど、お兄様はいいんですか? いつも言ってますけど、私に合わせて村を歩くだけなんて退屈でしょう?」


「いいんだよ、どうせ父様も母様も出かけてるんじゃ訓練出来ないし。大体、リリィ一人じゃオウガが何か仕留めた時、血抜きもまともに出来ないじゃんか」


「うっ……わ、私だってすぐに出来るようになりますよ!」


 散歩の主な目的はオウガの運動だが、同時に村の外周を巡ることで、村の近くまで魔物が来ていないかリリィの力で探ること、そしてオウガの力で野生の獣を追い払うことも狙いだった。

 その過程で、畑の野菜を狙うタヌキなどをオウガが仕留めることもあるのだが、そうして得られた獲物を適切に処理することがリリィにはまだ出来ない。

 方法を知らない、というのももちろんだが、この場合はむしろ、死んだ動物を見ることに未だ抵抗があるというのが大きかった。

 冷蔵庫の存在しない片田舎、まして森に囲まれ狩猟行為も盛んなアースランド領では生きた動物の屠殺など当たり前のようにどの家庭でもやっていることなのだが、前世の経験が長いリリィは慣れるまでにやや時間がかかっている。

 ユリウスなどに言わせれば、「黒狼は怖がらなかったのになんで死んだタヌキで怖がるんだ」と首を傾げるのだが、こればかりは仕方がない。最近は厨房にも出入りしているので、直に慣れるはずだ。


「まあ、無理すんなって。ちゃんと俺が代わりにやってやるから」


「むぅ」


 ぷくーっと頬を膨らませるリリィの頭を、ユリウスはポンポンと軽く撫でる。

 不満そうな表情を見せるリリィではあったが、こうしてユリウスと一緒に過ごせる時間が増えるのは素直に嬉しいし、わざわざ獲物を入れるための荷袋まで用意して付いて来てくれたことには、感謝の気持ちしかない。

 そんな気持ちを示すため、撫でられたリリィはすぐに笑顔を零すと、ユリウスとの距離を一歩詰め、仲良く並んで歩き出す。


 麦の収穫時期も過ぎ、そろそろ本格的な暑さが到来しようというこの季節。最近は頻繁に外出するようになったと言っても、基本的に体の弱いリリィには辛い時期だ。

 それを気遣ってか、ユリウスは時折手を引いて木陰に向かい、水筒を手渡してお茶を飲むよう促して来る。

 そんな兄の優しさにお礼を言いながら、リリィは木の根元に腰掛けると、オウガを隣に寝転がせてその背を優しく撫でつつ、魔物が近くに来ていないか耳を澄ませた。

 耳を澄ますと言っても、魔力の探知は物理的な音が聞こえて来るわけではないのでその行為には特に意味はないのだが、そうした魔力絡みの現象は精神的な影響を強く受けるので、全くの無意味というわけでもないだろう。


「それでリリィ、そんなことして魔物の居場所って分かるもんなのか?」


 そうしていると、ふと気になった様子でユリウスが疑問の声を上げる。

 森に意識を集中していたリリィは、目をぱちくりとさせながら首を横に振る。


「多分無理ですよ? 今後訓練していったら分からないですけど、今の私じゃそれほど遠くまで聞こえないですから。基本的には、お父様が見回りでもっと広い範囲を見回って、事前に魔物を駆除してくれているわけですし」


「じゃあ、なんでわざわざリリィまで見回りなんてしてるんだよ?」


「やらないよりはいいですから。本音を言えば、森に入って直接捜索したいんですけど、お父様に止められちゃいましたし」


 オウガがここまでやって来たように、いくら見回りをしようと、近くに魔物が現れる可能性はゼロではない。むしろ、アースランド家が抱えている人手を考えれば、完璧な見回りを期待するほうが間違っている。

 カロッゾ達を信用していないわけではないのだが、誰しも能力に限界はある以上、出来ることはしておきたかった。


「ほんと、リリィって真面目だよなー。少しくらい遊べばいいのに」


「最近はオウガと一緒によく遊んでますよ? 猟犬にするなら運動は大事ですから」


「いや、そういう意味じゃ……うーん、なんて言えばいいかな? リリィってさ、家のこととか関係なく、やってみたいことってないの?」


「家のこと以外で、やってみたいことですか……?」


 ユリウスの問いかけに、リリィは戸惑う。

 前世では、とにかくカッコよく、男らしくなりたかった。

 こうして女の子に生まれ変わり、女の子らしい可愛い服に身を包むようになってからも、その思いは変わっていない、はずだが……以前ほど、心からそれを望んでいるわけでもない気がする。

 どちらかといえば、今はやはり……。


「……みんなの役に立つことが、私のやりたいことですよ?」


 リリィとしては、それが答えだった。

 それを聞いて、ユリウスはがっくりと肩を落とす。


「なんていうか、リリィってすげえよな」


「そうですか?」


「うん、俺には誰かのために頑張るなんて無理」


 最近は、以前に比べてずっと真面目に訓練や勉強に取り組むようになったと思っているユリウスだが、それは決して誰かのためにやっていることではない。

 思い出すのは、自分が怯えて動けない中、堂々と黒狼に立ち向かい、服従させてみせたリリィの姿。泣き虫で、何も出来ないと思っていた妹の思わぬ成長ぶりを前にして、兄として負けていられないと思っただけで、言ってしまえば全て自分のためだ。

 だからこそ、嫌いだった勉強も、基礎体力作りのための退屈なランニングも頑張っているわけだが、やはり友人達と遊んでいる時間の方が好きなのには違いないし、リリィの持つ価値観はユリウスにとってどうにも理解しがたいものだった。


「でもお兄様だって、森の中で私と会った時、コアン君やトール君を後ろに庇っていたじゃないですか」


「いや、あいつらはほら、友達だし、なんか気づいたら前に出てたっていうか……」


「それと同じですよ。私もみんなのことが好きですから、少しでもみんなの力になって、喜んで貰いたいだけです。もちろんお兄様のことも好きですから、お兄様が困ってる時は、いつでも助けてあげますね」


 何の躊躇もなく言ってのけるリリィの真っ直ぐな笑顔に、ユリウスは思わず照れたように視線を逸らす。

 自分が好きな誰かのために、頑張る。そう言われれば、ユリウスにも多少は理解出来た。


「じゃあ、リリィに何かあった時は、俺が守ってやるよ」


「えへへ、ありがとうございます。期待してますね?」


 照れ隠しなのか、やや乱暴に頭を撫で回されるが、リリィは大して気にした様子も見せず、ユリウスと共に笑い合う。


 そんな中、「それにしても」とリリィは溜息を吐いた。


「お父様、どこにもいませんね。散歩していれば見つかると思ってたんですけど」


 これじゃあ差し入れの一つも出来ません、と、リリィは不満げに自身が持ってきた籠に目を向ける。

 そこには、一口サイズの可愛らしいパンがいくつも詰め込まれており、先ほどの昼食の際にリリィが手伝いながら作った物だった。

 最近、カロッゾはやけに忙しそうで、食事の時間すら顔を見せない日が多かった。そのせいで、リリィは丸一日会えないまま終わることもあり、正直なところかなり寂しい。

 そのため、自身の手作りパン――まあ、大部分はカミラやカタリナが作業を行ったが――を差し入れる名目で何とか仕事の様子を見られないかと思ったのだが、村を一周してなお見つからないのは想定外だった。

 こんなことなら、いっそオウガに匂いを覚えさせて、それを追跡させる訓練でもやっておいた方がよかったかもしれない。


「森の方に行ってるのかもな。まあでも、今日は商船が来る日だし、その時になれば会えるんじゃないか?」


「そうですね……差し入れ出来るのが大分遅くなっちゃいますけど、仕方ありません」


 はあ、と再び溜息を零すリリィの頭を、ユリウスが慰めるように優しく撫でる。

 予定では、今日は王都に拠点を構える商会の船が、交易のためにやって来ることになっている。

 林業を主産業としているこの領地では、この商会に木材を売って得た金で食料を輸入しなければならない都合上、どうしても丁重に扱わなければならない取引相手だ。出迎えにはカロッゾが顔を出す可能性は高い。

 もっとも、ユリウスも今日は商船が王都から運んできた珍しい食べ物を買って食うんだと張り切っていたため、元々散歩の最終目的地になっているのだが。


「さて、そうと決まれば、そろそろ鳩狩りでもするかな。買い物するにも、まずは売り物用意しないと小遣いもないし」


「それなら、オウガもお手伝いできますね。あ、でも、あんまり危ないことはしちゃダメですからね?」


「分かってるって。それじゃあ、行くぞリリィ」


 リリィの忠言を軽く流したユリウスは、休憩は終わりだと立ち上がると、そのまま手を差し伸べる。

 適当なように見えて、何だかんだ騎士らしいエスコートを欠かさない兄の態度に微笑みながらその手を取ったリリィは、お礼を口にしつつ立ち上がると、オウガを伴い歩き出すのだった。

この兄、本当に七歳児なんだろうか(ぉぃ

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