虚無と虚構
「神無き神に見捨てられた世界の掃き溜め。いつ消えてもおかしくない危ういバランスで成り立つ、それがこの世界である。そんな脆い世界が存続を維持するためには力の均衡が必要だった。大きな力と力の摩擦による過度の魔力衝突によってのみ発現する時空震のエントロピーがマテリアルプレーンとアストラルプレーンの絶妙なバランスを保つ」
魔術長が淡々と語る。
「魔王はその時の余波で産まれる魔素の残滓。再び召喚される勇者と対するべく座す存在」
何を言っているかのか理解し難いが言いたいことは解った。
「……大きな力の衝突……魔王、もうひとつは勇者……ボク……?」
少年、今は少女の肉体の勇者は恐ろしくも狡猾なこの世界の成り立ちと自身の役割について考えが至った。
「そうだ。魔王とは我々が作り上げた強力な誘発起爆剤に過ぎん。そして勇者とはそれを起動させる信管のスイッチをオンにするために異界から呼び寄せた役割を担う者、つまりはキミだ」
「……そんな、それだけのためにボクは異世界に……」
勇者はガクンとその場に膝を着いて項垂れた。
「……巫女とは円滑に舞台を取り仕切り進めるための舞台装置のひとつ。そうして代々この世界は崩壊する一歩手前の不安定さで踏み止まり続けていた。しかしそれももう終わりかもしれん……時空震は起きず、魔力の余波で魔王は誕生しなかった」
独りごちる魔術長の背後からスッとローブを羽織った仮面の人物が現れる。
「!? 魔王四天王のひとり!? 倒したはずの……!」
仮面を被る人物がその仮面を取る。
「……ルーナ、姫……?」
仮面から現れたのは勇者がよく知る顔、ルーナのものであった。
「それは個体識別番号12番ではない。製造過程途中で廃棄するはずった巫女の失敗作、欠番だ。感情の起伏が薄く意思疎通が拙い駄作だ。だが魔力値は有能であるため魔王を補佐し監視する役割を与えた。死んだわけではなく隠蔽の魔法を使って存在を晦ましただけだ」
魔術長が冷たい視線を膝を着いた勇者に向けた。
「……少年のキミが少女に、男性から女性になったのはその身に宿る勇者の資質が反転したからだ。光は闇に還り、男は女に、今のキミは勇者の資質を残しつつ魔王となったのだ。次の魔王はもう現れないだろう。次代の勇者が召喚されることも不確定だ」
「そんな、ボクはどうすれば……」
「それを補佐に付けよう。少しは役に立つはずだ。あとはキミが世界を管理するしかない。もっともするかしないかはキミ次第だが。怒りに任せて全てを滅ぼしても構わない。それだけのことをしたからな。世界を維持するためとはいえ、今までの勇者たちにも酷な役割を担わせた……」
勇者は顔をしかめて暫し無言になる。
「……こんな狂った世界、無くなってしまえばいい……」
やがてポツリと小さく呟いた。
「それもいいだろう。キミにはその力も権利もある。自由に選択すればいい」
魔術長はそう言いそのまま機械が織り成す部屋から立ち去った。
後には所在なさげに立つローブの少女と蹲ったままの元少年がいた。
「……ルーナ姫、ボクは……」
少年の小さな呟きが部屋に鳴動する機械の駆動音に搔き消えた。




