虚なる器2
コポコポと空気の気泡が湧き出る。
緑色の液体が人ひとり入る巨大なガラスケースの中に満ち満ちて、裸身の髪が長い少女が眠るように浮かんでいる。
その横に同じガラスケースがあり、中に同じ容姿の少女が同じように浮かぶ。
その横にまたガラスケースが並び、他の少女より幼い少女が納められている。
「……こ、これは……ルーナ、姫……?」
元少年、現少女の勇者が目を見開き驚愕の表情で部屋中に陳列する異様なガラスケースを見渡す。そしてその中には液体に浸された勇者がよく知る人物と思しき姿があった。
それだけではない、周りのガラスケース全てに満たされたルーナ姫に似た人型のナニカ。少女の姿から幼女へ幼女から胎児へ胎児から小さな肉の塊に。
まるで人間が生まれてくる過程を標本にしているかのようだ。
「……『器』としては完成しているのだ」
「!?」
勇者のすぐ隣に魔術師長が立ってガラスケースを胡乱げな眼差しで見つめる。
「だがそこまでまだ。形成された肉体は急速成長しても肝心な、"魂''が育たない。何故だ……まさか、拒絶してるとでもいうのか?」
「……これは、これは何なのですかっ!貴方は一体何をしようと……いや、しているのですかっ……!?」
勇者が独り言のように呟く魔術師長に詰問する。
「私が何をしているか、だと……?」
勇者の問い掛けにギロリと凍てつく冷たい眼を向ける。
「其方は考えたことはあるか?世界を成す根底を。空は何処へ流れて、地は種を芽吹いて、海は最果てへと落ちて、陽は彼方へと昇り、月は此方へと漂うのか」
「え……? 何を……」
「闇は満ち満ちて、影は踊り嘲り、光は命の対価を指し示し、刻は夢幻のうちに悠久に還り、再び世界は移ろいゆく……虚ろな抜け殻だけを遺して……」
魔術師長が何かの例えなのか、呪詛的なものか、問い掛けなのか、自問自答なのか、勇者には理解出来なかった。
壮年のシワが深い顔に諦観の念が見える。
「神などというまがい物にすがるまいと、異界の技術を取り込みここまで来たが……」
魔術師長がガラスケースに触れる。
「……"これ"は、ルーナ、姫、なのですか……?」
勇者が恐る恐る聞いた。
「……ルーナ、か……ここにいるすべてがそうだと言えばそうだが、違うとも言える。其方が言うルーナ姫が其方と共に旅したあのルーナ姫ならば、あれも人間という生物では無く、固体識別12番という名のただの魔導擬似生命体だ」
「12、番……? 擬似、生命体……?」
「ああ、重濃度魔素を媒介にした人的遺伝子を魔術操作して触媒にし、それを圧縮培養して作り上げた魔導擬似生命体だ。基本的に人間では無い。物であって消耗品だ。だが、あれはとんだ失敗作だった。あれのせいで今世の世界は危機的状況に陥ってしまった。おかげで禁術に頼ることに、」
「嘘だ」
「む?」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!」
俯いたまま拳を強く握り締め、ブルブルと身体を震わす勇者。
「彼女は優しかった。彼女は語りかけてくれた。彼女は笑ってくれた。彼女はこんな僕に勇気を出すことを教えてくれた……彼女は最後まで……人間だった……」
勇者のきつく閉じた瞼からボロボロと涙が溢れ出る。
「違う。ここにいるのはルーナ姫じゃない。彼女は物なんかじゃ無い。消耗品なんかじゃ無い」
勇者は思い出す。
共に旅した彼女との日々を。
そして儚く散った最後の姿を。
「……そこまで其方をプログラム通り意識に癒着し取り込んで、何故最後に魔術触媒による自壊誘導に洗脳出来なかったのか、甚だ疑問だな」
魔術師長が興味深そうに顎ヒゲに手を添える。
「洗、脳……?」
「其方のような異世界人の脳内に無意識に魔術的介入しコミニュケーションを介し徐々に人格矯正をし、最終的に傀儡として魔王に突貫させて諸共に滅びさせることが、魔導擬似生命体の役割だ」
さも当然のように魔術師長が語る。




