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7月7日の真実

「な、んで……こんな事……」


 床に倒れふした私を、なおも彼女は笑顔で見つめている。刺された腹からは血がどぼどぼと零れ床をあっという間に赤に濡らしていく。


「そんなに幸せすぎるのはダメですよ」


 何を言っているのか分からない。明らかに様子がおかしい。彼女はまともではない。


「母さん!?」


 優翔の声がした。


「何やってんだお前!!」


 優翔の怒号が飛んだ。穏やかで感情が乱れる様など一度も見せたことのない優翔が、肩を揺らしながら凄まじい形相で彼女を睨みつけている。


「むかついたの。あんたが気に食わない事を言うもんだから」

「はあ?」

「子は親を選べないの。あんたみたいな恵まれた幸せな家庭ばかりじゃないの」

「何言ってんだよ、お前」

「ちょっとは不幸になってよ。じゃないと納得いかないの。不公平」

「……狂ってる……」

「そう思うならご自由に」


 少女がまたも突進する。手に持った血で濡れたナイフが真っ直ぐに優翔に向けられる。


 ――だめ……!!


 守らなきゃ。だが身体は動かない。

 このままじゃ、優翔まで。

 そんな、そんな……。


「お前っ……!」


 少女の身体と優翔の身体がぶつかった瞬間、どぐっという鈍い音が聞こえた。


「……う……!」


 息子に呼びかける声すら出なくなった。

 やめて。やめて、お願いだからこれ以上は、もう……。

 優翔の身体は数歩後ずさった後、膝からがっくりと崩れ落ちた。


 ――どうして、こんな……。


 もう悲鳴を上げる事も出来なくなっていた。一人の少女は、一瞬にして全てを破壊しつくした。

 終わった。終わりなんだ、私達。


 ――史徳。


 残されたのはあなただけ。


 ――ごめんなさい。私、何も守れなかった。


 史徳はどう思うだろう。いつも通り晩御飯が用意された食卓を想像しているはずだ。でも現実は、扉を開けた先には、血だらけになった私達の姿だ。

 やり切れなさと悔しさが叫びの代わりに涙となってとめどなく流れ落ちた。


「さてと、仕上げ仕上げ」


 少女は軽やかな足取りでリビングの方へと入っていった。

 まだ終わりじゃないのか。これで終わりじゃないのか。

 何を、する気だ。


「あったあった」


 部屋の向こうでカチッという音がした。そしてしばらくして、部屋の中に不快な臭いが立ち込め始めた。


 ――これ、まさか……ガス?


「すっかり汚くなっちゃったね。でも大丈夫。燃やせば全部綺麗になるから」


 倒れた私の顔を少女を覗き込んだ。あまりに純粋な笑顔に心が凍り付いた。


「そう教えられたの。私は家族に。お前は汚い。醜いって。だから殴られた。蹴られた。犯された。そして焼かれた」


 少女は身にまとった制服を脱ぎ去った。

 少女の衣服の下から、慈悲もなく残酷に焼き上げられたケロイド状の肌が露になった。

 ひどい。

 目を背けようにも、もうぴくりとも身体は動かない。


「中途半端に焼くから余計に醜くなっちゃった。だから教えられた通り、私はちゃんと燃やしてあげたよ。綺麗に、灰になるまで」


 断片的に語られる少女の言葉は、はっきりとしたものではない。だが笑顔で語る彼女のおそらく過去と思われるその現実を彼女は心底憎んでいる事はよく分かった。


 ――罪はこの子にはない。


 それが分かった瞬間、少女への怒りは忽然と消えた。

 この子を歪めたのは、この子の親だ。


 ――せめて、次に生まれたら。


 願わせて欲しい。それぐらいさせて欲しい。

 親である身として、我が子にそこまでの苦しみを与えるだなんて考えられない。

 そんな人間を許せないし、生かしておくべきではない。


 彼女に壊された私の世界は、もう戻らない。

 でも、憎しみを抱えて終わるのは、嫌だ。


「さようなら」



 ――どうか、幸せになって。


 少女が何かを投げ捨て、玄関から走り去った。

 次の瞬間、一瞬にして部屋を炎が駆け巡った。


 ――どうか、願いが届いてください。


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