優翔 L-66
記憶というものは引き継がれるからこそ意味がある。
自分が経験した事を自分の中に残す事で、人は次に進む事が出来る。
自分の中に残された僅かな記憶の欠片。次に進む為の道しるべ。僕は必死でそこにすがりついた。
でもどうしても、全てを思い出すことが出来ない。今確実に覚えている事は、香椎と僕はお互いを既に知っているという事。互いにこの世界がループしているであろう事を自覚している事。それだけだった。
きっと僕は何度か彼女とこれまでに言葉を交わしているはずだ。
だがその記憶が自分の中にはない。
僕は行き詰っていた。この世界が何回目かで、僕がこうやって悩んでいるのも何度目の事なのか、どれだけ繰り返してきたのかも分からない。
でもおそらく鍵は香椎だ。この世界から抜け出すきっかけはおそらく彼女が持っている。
『優翔』
記憶の中の香椎が僕を呼んだ。そうだ。彼女は僕を呼んだ。
――彼女は一体何なんだ。
今日は7月7日、七夕。彼女は今日転校してきた。そして世界がループし始めた。
僕と彼女は何か見えない糸で繋がっているのだろうか。
授業が終わり、皆が教室を後にし始めた。香椎が席を立つのが見えた。
「梶、悪いけど今日は一人で帰るわ」
それだけ言い残して僕は彼女の背中を追った。後ろから「なんだよそれー」と梶の情けない声が聞こえたが気にも留めなかった。
歩く香椎の後ろをつけた。これじゃまるでストーカーか変質者だなと自嘲する気持ちもあったが、それよりも大事な答えがその先にあるかもしれないと思ったら気にしてなどいられなかった。それに、ひょっとしたらもう僕には前科があるかもしれない。今自分では初めてと思っている事でも、そうではないかもしれない。
持続出来ない、引き継げない記憶の先で、僕は既に答えに出会っているのかもしれない。それでも僕は繰り返している。答えを知っても、解決は出来ていない。
この世界が繰り返す理由。僕がその中に閉じ込められている理由。彼女が閉じ込められている理由。
――え。
僕は思わず足を止めた。香椎は僕の少し先を歩いている。
――なんで?
住宅街の中香椎は迷わず歩みを進め、そしてある一軒家の前で足を止めた。
何故。どうして。思考が混乱に陥る。
香椎が足を止めたのは、僕の家の前だった。
ふっと、香椎が何の前触れもなくこちらを振り返った。
能面のような無表情が僕を見つめた。彼女に見つめられ、僕は固まって身動き一つとれなかった。
にたぁあああ。
背筋が寒気だった。
香椎が僕を見て口元を歪めた。
笑っているのか。しかし、こんな歪な笑顔を見たのは初めてだった。
――香椎、お前は……。
途端強烈な頭痛が頭を襲った。
「いぎっ……!」
たまらずその場に屈みこんだ。香椎はそんな僕を見ながらまだ笑っていた。そして、肩から下げた鞄に手を突っ込み、何かを取り出した。
「……おい、なん、だよそれっ……」
彼女の手には、銀色に光るナイフが握られていた。
――こいつ、まさか……。
この時間なら、家には母さんがいるはずだ。
――やめろ、やめろやめろやめろ、やめろ。
頭痛は酷くなる一方で、立ち上がる事すら出来なかった。
――動け、動けよ!
香椎が家の扉に手を掛けた。僕の方に笑った顔を向けながら。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




