楪さんとお出かけ。ただし■■■■
朝八時半、最寄りの駅前にきていた。
「あぁ、さむっ……」
一か月前はまだそんなに寒くなかったんだが、この一か月で一気に気温が下がって冬入りしたきがする。
今日は平日であり、駅前は出勤途中の人で溢れかえっている。
今は人が多いが、待ち合わせ時間の九時頃になれば人も減るだろう。
楪さんとは同じマンション、それも隣同士のため一緒に出ればいいんじゃないかと聞いてみたが、出掛けるなら外で待ち合わせしたいと言われれば頷くしかない。
あんまり人が多いところは好きではないが、楪さんにお願いされたなら仕方がない。
「うん……?」
腰のあたりまですらりと伸びた黒髪に、あの後ろ姿。後ろ姿だけで可愛いだろうなと確信できるその姿に見覚えがあった。
俺はその人物に近づき声をかける。
「楪さんですか?」
その人物は声が聞こえた方――俺の方へ振り返る。
「あ、七海くん! おはようございます」
そう言ってはにかむ楪さんに見惚れてしまう。楪さんのイメージである、おしとやかな感じを底上げするような服を身にまとった楪さんは周囲の出勤途中に人たちまで魅了してしまう。
思えば楪さんの私服姿を見たのは初めてかもしれない。
迷宮出現前はスーツ姿で今は支給されている軍服をいつも着ている。軍服姿はちょっとコスプレっぽさが少しあるがとても似合っていて出動した先の自衛隊員の目を奪っている。
「おはようございます。楪さんの私服姿初めて見ましたがとても似合ってて可愛いですね」
「ほ、ほんとですか!? ありがとうございます。七海くんもかっこいいです」
「あー……、褒められるの慣れてないので褒められると恥ずかしいですね。それよりも待たせちゃったみたいで、すみません」
褒められるのは嫌いではないが、昔から褒められると恥ずかしくて落ち着きが無くなる。
「いえ、待ち合わせの時間は九時なので大丈夫です。今日が楽しみで早く来すぎちゃっただけなので」
恥ずかしそうにしている姿は抜群に可愛かった。
「いきますか」
「はい」
昨日必死に調べて選んだ店に向かって歩く。
「七海くん、寒くないですか?」
「寒いですが、耐えれない程ではないです。楪さんこそ大丈夫ですか?」
楪さんの服装は見た感じ薄着っぽい気がする。
今向かっている店まではまだ距離があるし、別の近いところに変更するべきか?
「うーん、そうですね。少しだけ寒いです。なので――」
隣を歩いていて楪さんとの距離が無くなり、右腕から柔らかい感触とぬくもりが伝わってきた。
楪さんが俺の右腕に抱きついていた。
「これで大丈夫です」
幸せそうな表情でそう言われたら何も言えない。
俺は胸の高鳴りを抑えながら歩き続けた。
その後、雑貨屋や小物屋、本屋などいろんなところを巡ったところで昼時になったため、事前に調べていた評価の高いカフェに来ていた。
「それにしても、殆どの人は迷宮が現れる前と何も変わってないですね。いつも通りの日常が続いている感じでした」
「私たちがもっと頑張らないと、ですね」
他国では迷宮の初期対処に失敗していくつもの都市が壊滅している。現地に行ってはいないが、現場の映像を見たりはしているのでなおさら他人事とは思えない。
迷宮に関して言えば、文字通り何が起きるかわからない。
楪さんと出かけるということでマナーモードにしていたスマホが震えた。
「楪さん、ちょっとすみません」
スマホを取り出し着信相手を確認した俺は何の要件かおおよそ予想できてしまった。
――両園しげる
陸上自衛隊のトップに君臨する人である。
そしていつも出動要請してくる人でもある。
「楪さん、すみません。しげるさんからです」
楪さんはこの一言だけで俺の言いたいことが伝わったのか、脱いだ上着を羽織り外に出る準備を始めた。
「もしもし、七海です」
『一か月ぶりの休日、それもたしか今日は楪くんとのデートだったか、邪魔したくはなかったのだがそうは言ってられん事態が起きてな』
もうすぐ定年だとは思えない覇気の籠った声がスマホから聞こえてくる。
「……なんでしょうか」
『奈良に新たな迷宮が出現した』
国内二つ目の迷宮。いつかは来るだろうとは思っていたが、こんなに早く来るとは本当に予想外だった。
まだ反撃の準備はできていないというのに。
店員に事情を話し会計を済ませた楪さんとともに店の外に出てタクシーを拾う。
『すでに地元の自衛隊員を導入してバリケードの設置を始めているがいずれは突破される。迷宮対策隊に応援を頼みたい』
「わかりました」
『迷宮対策拠点になっているビルの屋上に軍用ヘリを近場から向かわせている。すまない』
通話が終わると同時に、運転手へ行き先を伝える。
「楪さん、新作が出たそうです。なので俺たちはすぐに奈良へ向かうようにと」
迷宮関係の情報は機密扱いであり、運転手がいるこの場で直接的に伝えることはできないがこれで伝わるはずだ。
「し、新作ですか……。いつかは来るだろうと思っていましたが、早いですね」
迷宮対策拠点のビルに着き、エントランスにいる受付の人にヘリは来ているか確認し、俺たちは迷宮対策隊の拠点となっている十二階へ向かい、軍服へ着替え、必要品が一式入ったバッグをもって屋上へ向かう。
「迷宮対策隊の隊長、七海セイ様、楪アリス様。こちらへどうぞ」
屋上のヘリポートにはすぐに飛び立てるようにヘリが待機しており、その近くには俺たちへの連絡係である女性、佐藤さんが立っていた。
佐藤さんの後ろをついていきヘリへ乗り込む。
俺たちが乗り込み終わると同時にヘリは飛び立った。
「すでにご存じでしょうが、奈良に国内二つ目の迷宮が出現しました。地元の自衛隊員はバリケードの設置を行い時間を稼いでいます。私たちのほかにもここ福岡の自衛隊員もすでに向かっており、七海様と楪様が到着するまでの時間は稼げるだろうと判断しています」
福岡から奈良までヘリでどのくらい時間がかかるのか知らないが、着いたらすぐに対応しないと日が暮れてしまう。
夜になると一気に危険度は上がる。
マモノは夜行性なのか夜になると個体差はあるが動きが良くなる。
それに暗いとマモノの発見が遅れたり、最悪の場合誰に個気づかれることなくバリケードの外に行く可能性もある。
「現在判明しているマモノは三種。ゴブリン、オーク、新種のウルフ型です」
「新種か……。それよりも奈良に着くまでどれくらいかかりそうですか?」
「そうですね。このヘリは普通のヘリよりも早いので二時間程でしょうか」
その後、装備の確認や大まかな作戦を伝え、頭の中でマモノとの戦闘のイメトレを奈良に着くまで行う。
「七海様、楪様。到着しました」
ヘリから降り周囲を見渡す。
「奈良公園か……?」
奈良公園には学生時代に一度着たことがあるが、かなり広かった記憶がある。
記憶通りの広さならばバリケードの設置もしやすいし、山とは違い起伏がほとんどないため、対処がしやすい。
「私は迷宮出現後の初期対応を行ったなら自衛隊の指揮を執っていた遠藤です。迷宮対策隊の七海殿と楪殿、来てくれて本当にありがとう。我々には対処できる力がない。すまないが、力を貸してほしい……」