リーマンとOLは無職になった
高校卒業後、今に至るまでの三年間働き続けてきた会社が経営難に陥っていることは知っていたが、いきなり社長とその家族が夜逃げをするとは思ってもいなかった。
いつも通りに朝出勤すると、会社の前で佇む先輩二人。一人は四十手前のイケメンの上田さん。もう一人は二十三歳の先輩というよりはお姉さんの楪さん。
俺とこの二人に加えて社長一家三人の計六人という小さな会社だ。
なぜ外にいるのか聞くと、社長一家が夜逃げしたとのこと。
電話も一切つながらず、どうしようもないのだとか。
上田さんが言うにはこの状況になったらもうどうしようもないらしく、従業員の自分たちはさっさと諦めて新しい仕事を探した方がいいと言っていた。
自分はこの年で転職も厳しいだろうから実家に帰って農家にでもなるよと言い、何かあったら相談にはのるよというと帰っていった。
残された楪さんも取り合えず帰宅することにし、話というよりは愚痴り合い、途中にあるコンビニで求人誌を買い電車へ乗り込んだ。
時間帯は通勤ラッシュが終わった頃であり、電車内にはあまり人がいない。
電車は一つ二つと駅を通り過ぎていき、トンネルへ入った。
「七海くんは何かやってみたい仕事とか――っ!?」
「楪さん!」
突然、電車が激しく揺れた。その勢いで体を投げ出されそうになった楪さんの手をつかみ引き寄せる。
脱線したのかと思いそうになる程の揺れの後、先程以上の衝撃が俺たちを襲った。
「七……ん、……海くん。起きてください、七海くん!」
うっすらと目を開くと見覚えのある女性が泣きながら俺の体を揺すっていた。
「楪さん……?」
「七海くん、これから話すことを聞いても大声を出さないでください」
「えっと……、わかりました。それよりなんで俺たちトイレにいるんですか……?」
確か気を失う前は電車の席に座っていたはず。しかし、今は俺がフタが閉じられた洋式の便器の上に座り、向かい合うように楪さんが口の前に人差し指を立てて立っていた。
トイレの扉は今にも壊れそうなほど何かを叩きつけたような跡がついていた。
「七海くんはゲームとか詳しいですよね?」
「それなりには」
「モンスター、魔物。何て呼べばいいかわかりませんがそれにあたるモノが周囲に沢山います……。私は誰かの悲鳴で起きたんです。声は隣の車両から聞こえていたので近づいて見たら緑色の肌をした子供くらいの大きさの何かが複数いて女性を……、襲っていました……。怖くなった私は、ナニカに気づかれないように七海くんをこっそりひきづって反対側のトイレに逃げたんです」
襲われていた女性を思い出したのか楪さんは震えていた。
緑色の肌をしたナニカ、それに楪さんの質問から考えると、ゴブリンか。元々は妖精や精霊のイメージだったらしいが、今現在では他種族のメスを襲い繁殖する生物、魔物のイメージが強い。
ゲームなどでは序盤に出てくるのがほとんどであり、強さは大したことはないのが一般的だが、現実でとなると話は変わる。
「もしかしたら助けられたかもしれないのに……」
それが複数体いたのなら楪さんがとった逃げるという手段は最善といってもいい。
しかし、楪さんは女性を見捨てたことに後悔していた。
「楪さんは一人で逃げることもできた。けれど意識のない俺も一緒に連れて逃げてくれました。見つかるかもしれない危険を冒して助けてくれました」
「そ、それは……」
襲われていた女性には悪いけれど、こういう時は、誰かを助けられなかったと思うよりも、誰かを助けたと思わせる方がいい。
「助けてくれてありがとうございます」
お礼を言うことによって助けれなかったという意識を、誰かを助けたという意識に上書きする。
「……っ。 うぅっ……」
俺は立ち上がって静かに泣く楪さんが泣き止むまで抱きしめた。
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楪さんが泣き止んだ後、俺たちは敵がいないことを確認しながら電車内を確認していった。
電車の窓は半分以上が割れており、シートや壁には大量の血が飛び散っていたが、死体は一つも見つからなかった。
生きている人は既にここを脱出したのか生存者もいなかった。
敵からすれば餌である人間がいなくなった電車内には興味が無くなったのか敵すらもいなかったため、かなり電車内をあさることができた。
電車内には非常時に備えて用意していたであろう薬関係のものから、毛布、非常食、懐中電灯などが見つかり、元々非常時の道具一式が入っていたリュックと乗客が捨てていったのか落ちていたリュックに物を分けた。
リュックを背負うほどの荷物を持ち歩くのは、敵から逃げる時、重量的にかなりリスクとなるため持つべきか持たないべきか悩んだが、一応荷物を持っていくことにした。
電車が停まった時のトンネルがある山は小さく、端から端まで徒歩で十分もあれば歩けるほどの距離だが、ゴブリンなど存在しないはずのものが存在しているため、ここが日本ではなく異世界である可能性も十分に考えられる。
そうなったとき、この荷物がある場合とない場合の差がでかい。
それに、カバンを盾にすればかみつきや爪による攻撃などは何回かは耐えれるだろうと思ったのも理由の一つである。
そして、一番大事な武器も二本手に入れた。
大きいバールと小さなバールだ。
小さなバールは楪さんが持ち、大きい方を俺が。
「自分たち以外の音が聞こえたら懐中電灯はすぐに消して物音を立てないようにおねがいします」
「はい、わかりました」
「では行きましょう」
それにしても、ほかの乗客が一切いないというのも気になる。
楪さんが見たのも襲われている女性一人だけ。
確かあの時電車には同じ車両には十人程度いたはずで、電車は四両編成のため四十人前後。
俺たちがいた車両だけ人が多かったとしても二十人は少なくともいたはずだが電車内ではほかの車両のトイレなども確認したが誰もいなかった。
すでに電車から脱出したのかと思ったが、電車の外は一切明かりがない。唯一電車だけは車両内を照らす電灯が光っており、それが外に漏れているため電車が見える場所は薄暗い程度だ。
電車が見えない場所に行くとそれもなくなりあるのは暗闇だけ。
スマホのライトで外に出たという可能性もあるか。
何かわからないが何か引っかかる。
電車の外はそこそこ広い空間で足下も天井もすべて土でできていた。トンネルや線路などの人工物は電車以外一切ない。
起伏もなく、懐中電灯をつけているため遠くからは丸見えだろう。少し速足で突き進んでいく。
何とか見つからずに通路の入り口までたどり着き、慎重に進む。
楪さんは俺の後ろで後方の警戒をしてもらっている。
「明るい……?」
通路の角を曲がった先は壁に明かりがともされていた。
壁から少し出っ張りがあり、そこに火がともされている。
俺はこの光景を見て一つの言葉が頭をよぎった。
――ダンジョン
うまく伏線回収したい