ー第1話 入学ー
ー1部 早朝ー
心地よい朝鳥のさえずりで、まぶた擦り、寝起き特有のほわほわした状態のまま木製のベットで上半身を起こす。レースカーテンから覗く太陽の温もりを感じ、テーブルとベットしかない質素な部屋で意識が覚醒する。
薄黄色にワンピース風のパジャマから学校指定の白を基調とし、所々に黒の巴模様が散りばめられている制服に着替え、右隣にある台所に向かう。
「おはよう。母さん」
と言いつつ、テーブル上の水差しから水をコップに注ぎ、口に運ぶ。
「朝ごはんもう少しで出来るから。シンとパパ起こして来てくれるティア?」
エプロンに身を包んだ。母さんが笑顔でこちらに一瞥する。
「うん。わかった」
コップをテーブルに戻し二人を起こしに台所を出る。
まずは、台所の真向かいの部屋で寝ている父さんを起こしに行く。2LDKの小さな家、でも私はこの家が大好きだ。
「父さん。朝ごはん出来てるよ」
「おぉ〜」
父さんの無気力な声を聞き、私はもう一人の家族の元へ向かう。
シンの部屋は家の隣に元々あった倉庫を、父さんが改築したものだ。昔から変なところで父さんは器用だった。
「シン。朝ごはんだよ!」
「・・・・」
返事がない。またかとため息をつきドアを開ける。思ったとおり魘されているシンの姿がそこにあった。
「やめろ・・・・僕はそんな事が・・」
私は、うなされ涙している。シンの頬に手を添え涙を拭い。いまにも消え入りそうな声で少年の名を呟く。
「シン起きてご飯だよ」
「ティア」
何故か私の瞳を見てぽつりと呟く、彼の言葉が。私でない誰かを観ている気がした。
「あのユメ観てたの?」
「・・・・うん」
あの日から毎日のように、同じ悪夢で眼が覚める。老人が何かを探す用に次々と人を殺めるユメで。
「ごはん出来てるから・・・・」
「うん。着替えてから行くよ」
「先に戻ってるね」
その場で何って言葉を掛ければ、いいのか分からず居づらくなり、母屋に逃げるよう戻る。
「ティア。シン起きてた?」
「うん。いま着替えてる」
母さんの問いかけに、目を逸らし右手でセミロングの髪を弄びながらか細い声で答える。
「また、魘されてたのか」
それを見た父さんが項垂れながら、私とシンの間であったであろう出来事を見透かす。
「うん」
「・・・・・・」
「ほら! ティアもパパも朝からそんな暗い顔してたら幸せが逃げちゃうよ」
辺りが沈みかえり、それに耐えきれなくなった母さんの、無理をしている明るい声が部屋に響く
「そうだね」
こういう時は、いつも母さんが場を和ませようとしてくれる。私も出来るかぎりの笑顔を取り繕う。
「そ、そういえば今日からだろ学校!」
私の服装を見て、思い出したように父さんが声をかけてくる。「うん。新しい友達できるかな?」と苦笑いしていると「おはようございます」と、同じ学校の制服に身を包んだシンがドアから体を覗かし、思わず見惚れて声に詰まる。
「どうしたんだ。ティア余りにもシンがカッコいいから声も出ないか」
ニヤニヤし、いやらしい顔で父さんがこちらに顔を向ける。
「シン将来のお嫁さんが照れて顔を真っ赤にしてるわよ」
「もぉ〜 母さんまで」
何気ない家族団らんの会話、血の繋がりは無い、僕を本当の家族のように扱ってくれる。暖かい人達、そんな人達といるとクスッと自然に笑みが溢れてくる。
「シンもなに笑ってるの!」
「いや、ここが僕の居場所なんだって思ったから」
記憶が無くなる前の僕もこんな人生を歩んでいたんだろか。
「さぁ〜 朝ごはんを食べましょう。早くしないと学校に遅れちゃうわ」
目頭を抑え涙を堪える母さんがそう促し、一様に席に着き、おばさんの手料理を食べる。
「行ってきまーーす」
「二人とも気おつけてね」
ティアの声に反応して母さんが台所からひょっと顔を出し笑顔で返す。
「はい。いってきます」
と言いつつ、初めての学校というものに好奇心と不安が混じりあった気持ちを察っしてかティアが僕の手を引き歩きだす。ティアにはいつも助けられてばかりだ。いつか、ティアが問題を抱えた時、僕もこの子ように・・・・
「嬉しいこと言ってくれるわね」
「あ、ああ。ティアがシンを連れて来てもう一年か・・・・」
母さんが上ずった声で呟き。オレも同意し一年前のことを、おもむろに思い出していた・・・・・・
(回想)
「ただいま」
「おかえり」
娘が帰宅し、いつもと同じ返答を返す。
「えっ!?」
母さんの今まで聞いたことのない声で振り返る。そこには・・・・娘と同年代であろう男が立っていた。
「お父さん、お母さん言いにくいんだけど・・・・・・」
頭が一瞬で真っ白になる。
い、いつかはこの日が来ると覚悟はしていた。
してたけど、少し早くない、まだ14の歳だぞ!
娘が産まれてから今日までの事がフラッシュバックしていく。あぁ〜初めて「パパ」って言ってくれた時は男泣きしたなぁ〜。
気がつくと鬼ような形相で娘が連れ込んだ男に掴みかかっている。
「父さんは認めんぞ!」
「違うから! お父さん勘違いしてるから!」
「へ?」
娘の言葉を聞き、素頓狂な声が出る。
「この子、道に倒れてて、それで記憶がないって!」
娘の掻い摘んだ話で、彼氏でないことが分かり、その場にへたり込む。
「いいじゃない。この子の記憶が戻るか、知り合いが見つかる間、この家においてあげましょうよ」
娘から話を詳しく聞き、母さんが娘に賛同する。「で、でも」とオレが発した言葉が母さんの横やりで消え入る。
「あなたも息子が欲しいって言ってたじゃない。期間限定の息子と思っておいてあげましょうよ」
この時は何でこんなにも母さんが、食い下がるのか分からなかった。今思い返してみれば母さん、この手の話、昔から弱かったからなぁ。
「はぁ〜もう、わかったよ! その代わりお前がこれから寝泊まりするのは、横にある倉庫だからな! あと、娘に手を出したらぶっ殺す!」
「は、はい」
震えながら答えるシンを思い出し、今では少し言い過ぎたかなと思う。