ー序章ー
「 長かった本当に長かった。これでもう一度......」
村の中心で老人が口元をぐにゃりと曲げ、不気味に笑って呟く。辺りには、恐怖で顔をグチャグチャにして死んでいる男性、我が子を守ろうと子どもを抱き死んでいる女性、もはや元が何だったかすら分からない位、原型を留めていない肉塊。
この世の、地獄のような光景が広がっていた。
何も見えないーー
何も聞こえないーー
何も感じないーー
真っ暗な空間ーー
「............か?」
(声が聞こえる。いつぶりだろう声を聞いたのは。気のせいだろうけど)
「......ですか!」
(やっぱり聞こえる!)
真っ暗な空間に一筋の光が射し、それが拡がり辺りは、やがて真っ白になるーーー
「大丈夫ですか!」
優しい少女の声で、少年は目を覚ます。
目の前には、白色半袖のブラウス、水色のスカート、綺麗な桜色セミロングの髪、雪のように白い肌、緋色の瞳の少女が、仰向けで寝ている僕を、前屈みで心配そうな顔をして、覗き込んでくる。
「よかった。やっと目が覚めた」
上半身を起こし、辺りを見渡す、左右に森が広がり、ある程度整備された一本道しかない山道だった。少女は僕が目を覚まし安堵したのかその場にへたりこんでいた。
「何があったんですか?」
「わか」
喋り終える前に少女の声で、声がかき消される。
「どうしたんですか!」
「えっ?」
「だって、涙......」
少年は、言われて初めて気がついた。自分の目から頬を伝い落ちる涙に。
「どうしてかな? 君を見ていると涙が......」
少女が困惑しつつも胸ポケットから薄緑色のハンカチを取り出し、僕の頬を拭ってくれた。
「ありがとう」
気恥ずかしさと、ハンカチから漂う女の子特有のあまい香りに、赤面しているのを悟れないよう顔を背け礼を述べた。
少年は落ち着きを取り戻して。
今一番の疑問を、
少女に尋ねてみた。
「ところで僕は誰なんですか?」
瞬く間、世界が止まったかのような静寂に包まれる。
「 ......っえ!? えぇーーーーーー!」
「自分の名前も分からないんですか!」
「うん」
「産まれ育った故郷も!?」
「うん」
「こんな所で倒れていた理由も!?」
「う、うん」
少女が質問するたび顔が徐々に近づき、果てには、息がかかりそうな距離まで近づいてくる。ブラウスから発育中の胸がちらりと覗かせている。少年が堪えきれず呟く。
「近いよ......」
「?」
言葉の意味が分からないのか不思議そうに首を傾げる。
「あっ」
数秒の後、頬を赤く染め、唇をわなわなさせ、少女が胸を両手で隠し体を一歩引く。正直かわいかった。
「それよりこれからどうするんですか?」
「どうしよ?」
少女がため息をつき、口を開いた
「はぁ〜 取り敢えずウチに来る?」
「いいの?」
「いいもなにも、記憶が無いんじゃ他にどうしようもないでしょ」
少女が立ち上がり手を差し伸べる。
(帰ったら、お父さんとお母さんになんて言われるかな)
僕は、少女の手をとって立ち上がり少女と共に歩き出した。
「そういえば、まだ自己紹介してないね。私の名前はカティア」
・・・
これがティアとの二度目の出会いだった。