発端 #4
『それ』は、光りがさすように私の元に届けられた。
@%◇ $◎ #&☆彡
風景画の続きを描くために、街並みを追っていた私の目に何かが映った。
『それ』は輝きだったろうか。煌きだったろうか。
私の受け取った印象は『誰か居る…』という感じ。
遠くのマンションのベランダに人影を見たとき。
ビルの屋上に人のシルエットが動くのを発見したとき。
そんな時に感じる『誰か居る…』という感じ。
無機質な人工物の風景の中に、人や生き物を見つけたとき、自然と生気のある方
に視線が向く、あの感じだ。
でも、実際に人の姿が見えたんじゃないんだよね。これが…。
ココ% $◎ ◇テ☆彡
まただ。さっきより強い、さっきより確かな印象がやってきた。
光だったら、前より明るい光なのだろうが、眩しくはない。
列車に乗っていて、走り去る景色の中に不意に手をふる子供を見つけた、そんな
時の感覚。あっ、直ぐに手を振り返してあげなくちゃ。そんな風に思う感じ。
けれど、そのナニかの当たりを注視しても、何処にも人影は見当たらない。
@%◇、メナ。キ&☆彡
「んー!?」
三度目の感触を受け取ったときには、さすがに声が出た。
今、ゼッタイ私の名前呼んだよね。っていうか、何か聞こえたんだっけ? 今。
手でひさしを作り、何かのいる当りを凝視する。
同時に、何か聴こえないかと聞き耳をたててみる。
「どしたの。ナッチ」と由美が不審がる。
「何か見える。あそこら辺に」と腕を伸ばし、その印象の方を指差してみる。
「えー」
由美が腰を上げ、私の腕を照準代わりに、同じ方向に目を凝らす。
「オバケ病院のあたり?」
オバケ病院とは、私の家の近くにある、むかし産院だった廃病院のこと。
そうだ。確かにオバケ病院のあたりに見える。でも、目で見えるところには
何も動くものはない。
@%ヨ、メナ。◇テ☆彡
「あっ、ほら。また…」
「えー? 何も見えないけど…」
由美には見えないんだ。というか、感じないんだ。
でも、呼ばれてるのは私なんで、由美が感じないのは正解かもしれない。
呼ばれてる?
そうだ、まさに呼ばれているんだ私が…、何かに。
今すぐ、そこに行かなくちゃ行けない。そんな気がする。
「由美、ごめん。なんか、気になるから、私、確かめにいく」
「ええーっ! ちょっ、ちょっと待って。私もいく」
「いいよ、ついてきてくれなくても。何でもないかも知れないし」
「だって、オバケ病院に行くんでしょ」
「…うん」
「じゃ、一緒に行く」
「でも、由美の家と反対方向だよ」
「そんな水臭いこと言わないの。心配だからついて行くんだよ」
「えっ? なんで」
「ナッチってさぁ。時々、後先考えずに無茶するじゃない。だから、一緒に行った
方がいいと思う」
由美。私のこと、そうな風に想ってくれてたんだ。私が由美の保護者のつもりで
いたけど、由美は由美で、私の護衛隊長を自認してくれてたんだね。
感動ものだよ、ありがとう。由美。
○
さて。今、由美と私はオバケ病院の前に立っている。
オバケ病院があるのは、駅前通りから一本奥の道。
オバケ病院の右隣は元学習塾、左隣は元花屋さん。どちらも、産院の廃業と前後
して、店じまいしている。そのため、無人の建物が三棟連なる形になっている。
道路を挟んで向かい側は月極駐車場が並ぶ。電車通勤者向けの契約が多いのか、
午後のこの時間には人通りが全く無い。街灯もまばらで、昼間ならまだしも、夜は
決して一人で歩きたくない場所だ。
オバケ病院自体は三階建ての建物で、白い外壁は比較的綺麗なままだ。
経営者が替わってオバケ病院が再開する噂を耳にした。改装工事のためなのか、
道路に面した側には銀色の工事用のフェンスが建っている。けれども、フェンスが
出来て三ヶ月は経っていると思うのに、工事が始まる様子はサラサラない。
「なんか分かった」と由美。
「なんも」と私。
実際のところ何にも分からない。中に人がいる様子はないし、なんらかの工事が
始まった風にも見えない。
そもそも、私が見た(あるいは感じた)ものは人ではなくて、気配なんだから。
「中に入ってみるね」
「えー。止めなよ。そんなこと」
「でも、入ってみないとわかんないし」
「そもそも、立ち入り禁止じゃない!」
それは私も分かってる。でも、当てはある。
元学習塾と病院を隔てる壁と工事用フェンスの間に、人ひとり通れる位の隙間を
見つけた。
辺りに人が居ないのを入念に確認。
「行く」
そう言って、私はその隙間に体を捻じ込んだ。
「ああ。私も」
とうとう由美までが、ついてきちゃった。