表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
発端
8/49

発端 #3

 私は、この四人の距離感が好きだ。ずっと、この距離感を守っていきたい。

 由美は大人しい性格の子で、周りと一緒にワイワイと騒ぐタイプの子ではない。

自分の意見はなかなか口にしないけど、芯はしっかりしていて、人に流されること

はない。私と仲はいいけど、四六時中一緒に行動するようなベタベタした関係では

ない。この微妙な距離感が良い。


 岳くんは大人だし、何より紳士だ。優等生で、勉強もスポーツも難なくこなす。

そのうえ、その事をひけらかすようなことはない。周囲への気遣いも、抜かりなく

出来る。第一、周りの人が気を悪くするようことは決して口にしない。

 私たちのご意見番、私たちのリーダー的存在だ。


 剛ちゃんは、いつもピエロ役を引き受けてくれてるけど、本当は正義感に溢れた

好男子だ。ニコニコと暢気に笑ってるように見えるけど、腕っぷしも強くて怒ると

怖い。私も小さい頃に、その腕っぷしに助けられたことが幾度もある。勝手気まま

に振る舞っているように見えて、あれで結構周りの人には気を遣っている。

 先ほど漫研の話をしたとき私にボールぶつけてきたけど、ちゃんとワンバウンド

で勢いをセーブしてくれている。


 気心の知れた友達と、これ位の距離感で接しているのが私には一番いい。

 というか、私にはそれしかできない。

 剛ちゃんに私がバスケ部に入らない訳を聞かれて、曖昧な答えをしておいた。

 けれど、それにはちゃんと理由がある。


 ○


 私は中学のとき、バスケ部に入った。

 元々運動が好きだったし、バスケが性にあったのか誰より一生懸命練習した。

 そのせいか、メキメキ上達して一年の中では次期エースと言われようになった。


 そのバスケ部にマドカという二年生エースがいた。

 そのマドカ二年生、飛びぬけてバスケが上手かった。まだ二年生ながら、バスケ

の名門高校からスカウトが見に来るほどの逸材だった。

 けど、その天賦の才をどう勘違いしたのか、練習をずる休みしては隠れて遊びに

いくような人だった。部活に出ても、先生の目を盗んで練習の手を抜く、そんな、

私の嫌いなタイプの人だった。

 それでも、試合ではキッチリ結果を残すものだから、回りの誰もが見てみぬふり

をきめ込んでいた。


 ある日、練習している一年生の近くで、マドカ二年生と取り巻き数人がふざけて

いて、遊び半分に投げたボールが一年の子の頭に当たって昏倒した。

 そしたらマドカ二年生、謝るでもなく「早くボール返してよね」と言ってきた。

 私はカッとなり、ボールをマドカ二年生に投げつけて、「まじめの練習しろ」と

怒鳴っていた。こういうとき、後先考えずに行動してしまうのが、私の悪い癖。

 その事が発端で、バスケ部が二つに割れる大騒動に発展した。


 そのさなかにバスケ部顧問に呼び出され、長幼の序がどうの部内の和がどうのと

説教された。要は私からマドカ二年生に詫びを入れろというのだ。

 これって、私が悪いの? 私が謝ることなの?

 その事が、どうしようもなく悲しくて、我慢できないほど悔しくて。

「じゃぁ、わたしバスケ辞めます」

 と口走り、大好きだったバスケ部を自ら辞める事になってしまった。


 その後、暫くしてマドカ二年生は転校していった。消息は知らないし、また知り

たいとも思わない。その頃に、バスケ部に復帰しないかという話も上がったけど、

私がコートに戻ることは、二度となかった。


 それ以来、部活というものからは、距離を置くようにしている。

 部活だけじゃない。

 大勢が集まって何か一つ事に没頭する、私はそういう事が出来ない。

 怖いのだ。

 人が集まって何事かに取り組めば、摩擦や軋轢は出てきてしまう。懸命になれば

なっただけ、ちょっとした切欠で仲間の輪が壊れてしまう。

 大好きなのに、その思いが強すぎて、却って大切なものを失ってしまう。

 そのことが怖い。

 これが私の唯一の屈託。心にささったトゲ。


 そうだ、わたしはシャボン玉だ。

 傷一つないまん丸で、綺麗な虹の模様を纏い、笑いながら気楽に遊んでるように

見えている。

 でも、本当は弱くて儚い壊れ物。ふくらみ過ぎれば、弾けてしまう。

 それなら、わたしは小さいシャボン玉のままでいい。

 石鹸液に浮かんだ小さな泡のままでいい。

 たとえ風に乗れなくても。

 たとえ空を飛べなくても。


 ○


「あー。私、この距離感が好きだなぁ」

「えっ?」

 由美が鉛筆を走らせる手を止め、私の顔を見上げる。

 岳くんと剛ちゃんは、ギターの試し弾きのために一緒に帰った。

 だから、屋上には私と由美だけが残っている。

 楽曲のジャンルは由美と私で考える事になったけど、話があんまり急に進んだの

で、由美も考えが纏まらずにいるらしい。絵を仕上げるから、と画用紙に向かって

いるけれど、バンドのことに思いを巡らしていたのではないだろうか。

「ごめん。邪魔しちゃった? 私たち四人の距離感が、いい感じだなと思って」

「そうだね」と同意する由美。

「私たち、ずっと仲の好いままならいいな」

「うん」

 由美も私と同じように感じてるんだね。よかった。


 私も由美をまねて、バッグからスケッチブックを取り出す。私は、由美みたいに

人物画は上手く描けないので、屋上から見える風景をなぞってみる。

 眼前に広がる景色を目で追いながら、独り言のように自分の思いを口にする。

「このまま四人がずっと友達のまんまならいいな。高校卒業して、大人になって、

それぞれ全然知らない人と結婚してさ。それでも四人がときどき集まって、バンド

やったりバスケやったり、そんな風になれたらいい」

 同意を得るように由美の方を向くと、じっと私を見る瞳とぶつかった。

 ん。と思う間もなく、由美が視線を切り、

「友達のまま…。そう…、友達の…ままでいい…」と遠い目で呟いた。

「え」と聞き返すと

「ううん。なんでもないの」と、再び画用紙に鉛筆を走らせ始める。

 私も由美につられるように、書きかけだった街並みに線を描きつなげていく。


 空梅雨のせいなのか、空が限りなく高い。

 校庭にいる部活の子達の声が、心地よい風とともに私たちの耳に吸い込まれる。

 この時間がずっと続くと良いな。私の身体の全ての部分が、そう感じている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ