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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
ふたりの。
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ふたりの。 #2

 私たちは今、オバケトンネルの中で、隣りあわせで座っている。

「芽菜。助けてくれてありがとう。あなたのおかげで、命拾いした」

「ううん。私こそお礼が言いたい。茉菜。本当にありがとう」

 私は由美や剛ちゃんたちとの間で起きた出来事を、茉菜に語って聞かせた。

「茉菜のおかげで、みんな上手くいった。本当にありがとう」

 本当に茉菜の助言と機転のおかげ。茉菜には感謝しかない。

 茉菜の手をとって握りしめる。茉菜が強く握り返す。

 どちらからともなく、私たちは抱き合う。

 呼吸がシンクロする。心臓が同じリズムを奏でる。

 私たちの体は、溶け合い混ざり合って同化する。心さえもが重なり合う。

 オバケ鏡さん、ありがとう。私たちを、巡り合せてくれて。

 私たちを導いてくれて、ありがとう。

 私たちを、一つにしてくれて…、ありがとう…。


 どれほどの間、私たちは同じ体温を感じあっていただろう。

「芽菜。大事な話がある…」

 そう言って、茉菜が体を離した。何やら、沈んだ顔つきをしている。

 私の心に不安が兆す。茉菜の次の言葉を、胸騒ぎの心で待つ。

「私…、見たの。オバケ病院がもう直ぐ解体されるっていう告知を…」

「そうだ、忘れてた。私の方は、もう解体工事が始まってる。どうする? 茉菜。

茉菜なら、いいアイデアあるでしょ」

 茉菜が悲しげな顔とともに首を横に振る。

「でも…でもさ。オバケ鏡をどっか他の場所に移せば良いんじゃない。譲って貰う

とか、ダメなら、私たちで持ち出すとか……」


 茉菜は伏目がちに沈黙する。そして溜息とともに予想もしなかった答えを返す。

「私たち、もう会わない方がいい…」

「えっ!! どうして!?」

 私は驚きのあまり、固まってしまう。

 茉菜は言葉を選ぶように、私を諭すように、その真意を語り始める。

「私たち、お互いの世界を行き交うことで、未来を知る事が出来る。未来を変える

事も……出来てしまう。でも、それは、本当はいけないこと……」

 茉菜が畳み掛けるように続ける。

「未来に介入して、自分の都合の良いように書き換える。それは、自然の法則に反

している」

「でも、それで茉菜は助かったんだよ。私が茉菜を助けたのは、いけない事だった

の?」

「ううん。それは…。感謝している…。私だって、きっと同じことをしたと思う」

「だったら…」

「だからなの。だからこそ、もう会わない方がいい。私達が未来に介入しないって

決めたとしても、今度のような事があったら、何かせずには居れないもの…」

「そんな。そもそも、自分の役に立つように未来を変えるのが、何でいけないの」

「私達に良い事が、他の人にとって良い事とは限らない」

 それは、私にも思い当たる事がある。

 私がソフトの試合に出場する事で、私は加賀谷一年生の出場機会を奪っていた。

 本来なら、加賀谷一年生が試合で経験を積み上げていたはずなのに。

「それにね。人間は未来が分からないから、今を努力するんだと思う。努力して、

失敗して、また考えて、努力して。そうやって、成長して行くんだと思う」

「……」

「未来を覗き見して、都合の悪いところだけ書き換える。他の人の努力を無かった

ことにする。それが、人間らしいと言える?」


 茉菜の言っていることは、たぶん正しい。

 私には反論する言葉も見つからない。

 だけど…。私は、やっぱり茉菜と別れたくはない。

 茉菜はさっき、未来を変えるのは自然の法則に反すると言った。

 でも、私にとっては、茉菜と一緒にいることが正しい自然の法則だと思う。

 私と茉菜が一緒にいることこそが、真実の姿なんだと…。

 不意に涙が溢れてきた。

 茉菜が私の肩を抱き、耳元でささやく。

「私たち。どんなに似ていても、別な人間なの。それぞれの人生は自らの手で切り

開いていかなくちゃいけない」

 私は自分の嗚咽とともに茉菜の声を聞く。

「だけど、それは決して一人ぼっちで生きるって意味じゃない。私達には、由美が

いる。剛ちゃんもいる。岳くんも。お母さんやお父さんも。人間は……、皆で支え

あって、生きていくの」

 茉菜が私の肩から手を離す。気がつけば、茉菜の頬も濡れていた。

「それに、私はいつでも、ここに居る」

 茉菜が右手を伸ばし、掌を私の心臓の上に置く。私はその拳に自分の手を重ね、

強く胸に押し当てる。

「そして、あなたは…、ここに」

 茉菜が私の右手をとり、その掌を自らの鼓動の上に導く。

 茉菜の生命のリズムが伝わってくる。


 私たちのシルエットは、再び一つになる。

 私の脳裏に、幾つものシーンが現れる。

 オバケ鏡の中に、初めて見る茉菜の姿。茉菜と入れ替わり、それと知らず訪れた

茉菜の世界での出来事。茉菜との出会い。入れ替わりの日々。海浜公園の一日。

 数々の思い出が、鮮やかに蘇ってくる。その思い出が、美しければ美しいだけ、

この後やって来る別れの瞬間が辛いものになる。

 私は声を出して泣いた。茉菜も泣いているのがわかる。


 時間が止まったオバケトンネルの中で、どれほどの長い間、私たちは抱きあって

いたのだろうか。

 どれほど深く、お互いの温もりを感じあっていただろうか。

 茉菜が顔をあげる。

「芽菜。いつまでも、こうしていたいけど。別れが辛くなる。それに時間のズレが

いつ起こるとも分からない。私たち、……もう……」

「言わないで!」

 私は茉菜にしがみついて、その先の言葉を押しとどめようと試みる。

 茉菜が、私の髪を梳る。その感触を、私は赤子のような気持ちで受け止める。

「芽菜。あなたの事が好きよ。もう一人の自分としてじゃなくて、一人の女の子と

して」

「私も、茉菜の事が好き。今まで出会った、誰よりも」

「芽菜。私は、あなたを愛してる」

「私も茉菜を、心の底から愛してる」


 茉菜が立ち上がり、私の手をとる。その手に導かれ、私も立ち上がる。

 茉菜に促されて、私たちは背中合わせに立つ。

 それぞれ、自分の帰るべき出口に向かって。

「芽菜、約束して。ここでサヨナラしたら、前だけを向いて歩いて行こう。決して

振り返らないで……」

 涙で返事が出来ない、私は黙ってうなずき返す。

「芽菜。私…、あなたのこと、忘れないよ」

「私も……、茉菜のことを……、忘れない……、ずっと……」

「芽菜。サヨナラ。元気でね」

「サヨナラ…」

 私たちは同時に足を踏み出す。一つだった背中の温もりが、二つに分かれる。

 私は、心を茉菜の元に置き忘れたかのように、フラフラと前に進む。

 茉菜の息遣いが、足音が、気配が、全てが遠ざかっていく。

 もう、何も考えることができない。

 ただ、茉菜と過ごした日々の思い出が、頭をよぎっていく。

 その思い出が、このまま消え去ってしまわないように、私は自分の体を強く抱き

しめる。


 ゆっくりと、ゆっくりと歩いてきた筈なのに、私はオバケ鏡の前にたどり着く。

 オバケ鏡の向こう、闇の中に浮かぶ、病院の談話室。

 手を伸ばすと、指先がオバケ鏡を突き抜けて、向こう側に通り抜ける。

 あと一歩進めば、元の世界に帰れる。でも、その一歩が踏み出せない。

 茉菜。もう一度だけ、あなたの姿が見たい。

 私は、茉菜みたいに強くない。

 でも、約束したんだ、茉菜と。もう振り返らないって。

 私は意を決し、足を踏み出そうとする。

 でも、足が動かない。涙だけが流れ続ける。

「茉菜。ご免。私…、私…、約束まもれなかった」


 私は振り返る。

 暗闇の中で、反対側の出口が輝いている。

 その光の中に見えるシルエットが、私の唇に微笑みを連れてくる。

 右手で頬を濡らす涙を拭い、そのまま胸の高さで手を左右に振る。

 私が視線を向けたその先には、約束を守れなかった、もう一人の女の子が、私と

おなじ泣き笑いの顔で、小さく手を振っていた。

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