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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
ふたりの。
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ふたりの。 #1

 朝の光が顔に差し込む。何だか寝苦しい。体も変に軋む。

 どうやら、枕をかかえたまま、ベッドに突っ伏して眠ったらしい。

 首を捻って机の上の時計を見る。

「えー!! もう7時過ぎだ!」

 途端に頭が冴えた。

 いつもより一時間近く寝過ごしている。大急ぎで顔を洗い、口をすすぐ。

 普段なら、一旦部屋着に着替えて朝食の準備をするのだが、今日はそんな余裕は

ない。食事のあと直ぐ出かけられるように制服に着替え、鞄に教科書を詰め込んで

階下に降りる。


 ダイニングに入ると、お父さんがいた。

「あれ!? なんで、お父さんが?」

 いつもは、この時間には出勤している筈。

「オハヨウ」

 お父さん、私の顔色を伺うように朝の挨拶をする。

「お、お早うございます」と他所の人みたいな返事を返してしまう。


 そこに、お母さんがやって来た。

「あら、起きてきたの。芽菜、お早う」

「お早うございます。なんで、今日はお父さんがいるの?」

「芽菜が昨日学校を休んだって言ったら、お父さん、心配だから会社休むって」

「えー。大げさだなぁ」

「何言ってるの。昨日は『この世の終わり』みたいな顔していたくせに。それに、

訪ねて来た由美ちゃんを会いもしないで追い返したりして…」

「だって、昨日はすごく落ち込んでたんだもん。それに、由美とは仲直りしたし」

「はいはい。そういうの、きちんとお父さんに説明してあげて」

 私はお父さんに、由美とは行き違いから仲違いをしたこと、誤解が解けて仲直り

出来たことを語って聞かせた。

 それに対して、

「本当の友達には、なかなか巡り会えないから、由美ちゃんを大切にするんだな」

 と、お父さんらしく話を纏めてくれた。

「芽菜が病気以外で休んだのって、初めてじゃないのか」とお父さん。

 あぁ、それで心配させたのね。会社まで休ませて…。ほんと御免なさい。


「でも、何が幸いするか分からないわね。芽菜、昨日はお休みして良かったわ」

とお母さんがつぶやく。

「どういうこと?」

「昨日、駅前通りで事故があったのよ」

「事故?」

「城址公園の手前の交差点に、工事中のままになっていたビルがあるでしょ。その

足場が崩れたの。幸いにも、大きな怪我をした人は居なかったらしいけど。丁度、

芽菜の通学時間だから、巻き込まれていたかもと思うとゾッとする」

 その交差点なら知っている。毎朝、由美と待ち合わせする場所だ。

 そういえば、昨日の朝に遠くで救急車のサイレンが行きかっていた気がする。

 嫌な予感が湧きおこる。

「それって、何時ごろのこと?」恐る恐る聴いてみる。

「そうね、8時ちょうど頃じゃ、なかったかしら」


 8時…8時…8時! 8時!! 私が、由美を待っている時間だ。

 向こうの世界でも、茉菜が由美を待っている時間。

 それって…、ひょっとして…。昨日、茉菜が…。


 私は急いで二階に駆け上がる。

 お母さんたちが何か言っているが、耳に入らない。

 二階の自室に駆け込む。震える手でスマホをかざし、姿見を通して茉菜の部屋を

覗く。向こう側は昼間の明るさだ。姿見から見える範囲に、茉菜の姿はない。

 茉菜の時間を確かめる。時刻はこっちと同じ、日付は……昨日だ。

 丁度、丸一日前に繋がってるんだ。

 まだ、間に合う。

 部屋を飛び出して、階段を転がるように駆け下りる。

 両親が話しかけてきたが、説明をしている暇はない。呼び止める声を振り切って

玄関を飛び出す。

 オバケ病院に向かって、走る。走る! 走る!!。

―あら、お早う、芽菜ちゃん―

 隣のおばちゃんの暢気な挨拶が、瞬く間に遥か後方に消えていく。

 十字路をオバケ病院の方へ曲がる。


 見慣れぬ光景が飛び込んでくる。

 病院前にトラックが止まり、作業服の人たちがフェンスを解体している。

 その場に駆け寄る。『解体工事のお知らせ』と書かれた看板が目に入る。

 息を呑む。体中の血液が沸騰する。

 でも、止まってはいられない。

 外されたフェンスの合間から、病院の敷地に入り込む。

―おい! 工事中だよ。入っちゃダメだ―

 作業員の声を、別な世界の音のように聞く。

 病院の正面玄関は…、開いていた。建物の中に飛び込む、二階に駆け上がる。

  

 オバケ鏡の前に立つ。一呼吸して、鏡に手を伸ばす。鏡の表面に手が当る。

 おかしい。今までは、多少の抵抗はあっても鏡をすり抜ける事ができた。

 鏡の表面を掌で叩く。硬い感触が返ってくる。

 そんな。そんな。

 通して! ここを通して! 鏡に取りすがり、全力で体を鏡に押し付ける。

 あっ!

 前進を拒んでいた抵抗が消え、暗闇の中に転げこむ。

 オバケトンネルだ。顔を上げると、100メートル程先に出口の光が見える。

 その出口に向かって、再び走り始める。

 いくら走っても、出口に近づかない、そんな錯覚に陥る。

 流れ落ちる汗が冷たく感じられる。

 息が上がり、歩くような足取りになって出口の前までやってくる。

 そのまま、向こう側に抜けようとする…、固い抵抗に阻まれる。

 肩から体当たりをするが跳ね返される。

 何度も、何度も体当たりを繰り返す。その度に跳ね飛ばされる。

 ブラウスの肩が裂ける。それでも、体当たりを繰り返す。肩に血が滲む。

 息が切れ、頭から血の気が失せて、その場にへたり込む。


 もしや、と思ってスマホを取り出し、茉菜の電話番号をタップ。

―ーお客様がおかけになった電話番号は……ー―

 無機質なアナウンスが絶望を投げつける。

 向こう側に行かなくてはダメなんだ。すぐ目の前が、茉菜の世界なのに。

 胸の前でスマホを両手で握りしめ、目を瞑って祈る。

「オバケ鏡さん。もしも、心があるなら、願いを聞いて。もう、他には何にも要り

ません。ホームランも、満点テストも要りません。茉菜を助けて。ここを通して。

お願いです」

 フラフラと立ち上がり、もう一度見えない壁に体をぶつける。だめだ。

 もう一度。また、ダメだ。涙がほとばしる。お願い通して、と心の中で祈る。

 もう一度。お願い通して。もう一度。お願い通して。

 なんどだって繰り返す。たとえ体が壊れたって。お願い…通して…。


 あっ!! 不意に向こう側の世界に突き抜け、床に倒れこんだ。

 その拍子に、持っていたスマホが空中を飛び、壁に当って、嫌な音をたてて床に

落ちる。

 拾い上げると、画面は割れ本体の一部が口を開けている。電源が入らない。

 駄目だ。壊れてる。

 自分で行くしかない。ありったけの思いを振り絞って立ち上がる。

 転げるように階段を降り、壁を手でつたいながら病院の建物をでる。

 

 ボロボロの私の姿に、街行く人々が目を丸くする。

―大丈夫? 怪我してない?― その声を背中に聞きながら、足を動かす。

 30メートル程先に目的の交差点。茉菜の姿は見えない。ヨロヨロと数歩進む。

 見えた。行き交う人の陰に茉菜の姿、

「茉菜ー! そこに居ちゃダメー!」

 茉菜は俯いたまま佇んでいる。私の声が聞こえていないのか?

 茉菜の側にいるサラリーマン風の人物が、何事かに気が付いて上を向く。

 件のビルに取りついた足場が、傾ぎ始めている。

「茉菜ー! 茉菜ー!」

 距離数メートル。視線が交錯。突進。跳躍。

 二つの体が絡まりあって地面に倒れる。

 グギュュュユーーー。金属質の悲鳴。ガキガキ、グギギギ、バラバラ。

 次々と物が落ちる音、オト、おと。足場の枠組みが、スローモーションで崩れて

いく。

 地面に倒れこむ鉄の怪物。醜悪な手が信号待ちの車に覆いかぶさる。

 悲鳴。怒号。物の潰れる音。土煙。


「茉菜! 大丈夫」

 怯えながら頷く茉菜。

 足先から50センチ程の所に、瓦礫が重なっている。その下には押しつぶされて

粉微塵のスマホ。茉菜のブラウスの肩は裂け、血が滲んでいる。

「だ、大丈夫。ナッチ」

 背中から、聞いたことのある声。それに応えて、茉菜が大丈夫と口を動かす。

「そっちの人も、大丈夫ですか」と同じ声。

 私が振り返ると、由美がいた。その顔が見る見る驚きの色に染まる。

「ナ、ナッチが…もう一人いる…」


「立って!」

 不意に茉菜に右腕をつかまれた。えっ。何? 一瞬思考停止。

「立って、走って」

 急いで立ち上がり、茉菜に続いて走り始める。

「ど、どこへ…」

「いいから走る」

 茫然とした由美を残し、人垣をかき分けて、その場を離れる。

 オバケ病院に向かうのかと思ったが、全く見当違いの方向に進む。

 一区画進んだところで、息が切れ、足が止まる。

「ちょっと待って。休ませて、私…走り通しだったんだ」

「ご免。ご免」

「けど、意外だった。いつもの茉菜なら、当てもなしに走り出すなんてないのに」

「あの場合、しょうがないでしょ。それに…、あなたのが伝染(うつ)ったのよ」

 その言い方が可笑しくて、思わず口元が緩む。

 気が付けば、芽菜と私は手をつないで、笑いながら走っていた。

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