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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
真実
44/49

真実 #4

 城跡公園の木立の間を、涼やかな風が吹き抜ける。

 木漏れ日が描くモザイク模様が楽しげな舞いを披露している。

 由美と岳くんが、手をつないで並んでいる姿を、私は晴れやかな気持ちで眺めて

いる。

「ナッチなら、話せば分かってくれるって言ったろ」

 岳くんが、由美に優し語りかける。

「うん」

 由美が岳くんの顔を見上げて頷く。

 見つめあう瞳が潤んでキラキラと輝いている。

 私は何故こんなにも美しいものを、今まで否定していたのだろう。

 私、この人たちの友達で本当に良かった。

 暖かな幸福感が沁み出し、目頭が熱くなる。


 暫くして、岳くんが口を開く。

「ナッチ。ナッチには話をしなくちゃいけない人が、もう一人いるんじゃないか」

 そうだ…。岳くんの言うとおりだ。

 私は、剛ちゃんと決着をつけなくちゃならない。

 四人は友達のままで居たい。その事への拘りから、剛ちゃんを避け続けてきた。

 剛ちゃんの私に対する思いを、うすうす気が付いていたのにも関わらず…。


「うん。わかった」

 私は岳くんに返事をすると、スマホで剛ちゃんの番号をタップする。

 剛ちゃんに何を話せば良いのか。正直分からない。

 でも、善は急げ。思い立ったら、行動するのが私なんだ。

 呼び出し音が数回続く。なかなか出てくれない…。

 ここ数日、私は剛ちゃんを拒絶してきた。今度は私が拒絶されても仕方がない。

 胸が締め付けられる時間が続く。

「………」

 繋がった。だけど、無言の応答。

「剛ちゃん?」

 返事をしてくれない。

「会いたいの…。来てくれる」

「…どこに…」事務的で冷たい返事が返ってくる。

「城址公園」

「…わかった…」

 剛ちゃん、やっぱり怒ってるのかな。昨日、私は剛ちゃんを、学校に置き去りに

した。怒っていたとしても、それはむしろ当然だ。


「じゃぁ、俺たち、行くよ」

「ナッチ。頑張ってね」

 励ましの言葉を残して、由美と岳くんが私の傍を離れていく。

 私の愛してやまない恋人たちが、城址公園の櫓門を抜けて消えていく。

 その姿を見送ると、私の時間がやってくる。

 剛ちゃんが来るまでには、まだ間がある。

 私は、剛ちゃんに何と言えば良いのだろう。どんな言葉を贈ればいいのだろう。

 私は剛ちゃんが好きだ。

 でも…、その『好き』が、幼馴染としての『好き』なのか、

 恋する相手としての『好き』なのか…、自分でも分からない。

 ずっと、ずっと、この事から目を逸らしていたんだ、私は。

 でも、答えを出さなくてはならない。もうすぐ、剛ちゃんがやってくる。

 私の答えを、聞くために。

 木漏れ日を揺らして、風が吹き抜ける。私の髪がなびく。

 そのとき、城址公園の櫓門に剛ちゃんが姿を現した。

 剛ちゃんは直ぐに私の存在に気が付き、近づいてくる。けれど、有らぬ方に顔を

向け、私と視線を交換しようとはしない。

 剛ちゃんが、頭をかきながら私の前に立つ。まだ目を合わせてくれない。


「…あの、剛ちゃん」

 私が会話の口火を切る。すると、それに被るように剛ちゃんが口を開く。

「最初に昨日のこと謝っとく。ごめんな。俺の方から呼び止めたのに、あんな所に

置いてきぼりにしちまって。…俺も、混乱しちまったんだ」

「えっ? な、何のこと?」

 剛ちゃんを学校に置き去りにしたのは私だ。その事で謝るべきは私の方。

「オバケ病院の前で会ったときの事だけど。昨日のこと覚えてないのか?」

 オバケ病院の前? 変だ、昨日はそんなところで剛ちゃんとは会っていない。

 と、そこで私は気が付いた。

 剛ちゃんは茉菜と会ったんだ、きっと。

 昨日、私が茉菜と別れたあと、茉菜は私の後を追って来たんだ。

 そしてオバケ病院を抜け出したところで、剛ちゃんと出くわしたに違いない。

そこで、何があったのだろうか?


「俺は…」

 剛ちゃんが、言葉を絞り出すように話始める。

「俺は単純だから、正直、昨日ナッチが言った事の意味が、分からない。ナッチが

何に拘っているのかも、良く分かっていない。だけど、分かっていることもある」

 剛ちゃんは、そこで口を閉ざす。

 私は、剛ちゃんの次の一言を辛抱強く待つ。

「俺は昔、ナッチに酷い綽名をつけて悲しませた。その事を今でも後悔している。

今も、ナッチって名前を口にすると、その事を思い出して胸が疼く。だから、俺は

自分の言動で二度とナッチを悲しませないと決めた。今、俺が思いを伝える事で、

ナッチが苦しむのなら、俺は待つ。ナッチが言ったように一か月待つ」


 私は、漸く何があったのかを理解した。

 茉菜は、剛ちゃんに告白を一か月先延ばしするように頼んだのだ。その一か月の

間に、私が答えを用意できるように。

「それに俺はもう何年間もこの思いを持ち続けている。だから、一月やそこらで、

この気持ちが変わることはない。きっと、五年十年と経ったとしても変わらない。

だから、一か月間考えて、ナッチの納得のいく答えを出してくれ」


 私は嬉しかった。

 剛ちゃんが、こんなにも深く私を好きで居てくれたことが。

 こんなにも長く私を待ち続けていてくれたことが。

 私は、剛ちゃんの手を取って強く握りしめる。

「ありがとう」

 涙声で、上手く喋れない。涙の粒が、剛ちゃんの手の上に落ちた。

 その雫を知ってか知らずか、剛ちゃんは私の頭を優しく撫でた。

 私が泣き笑いの顔を上げると、剛ちゃんが温かい眼差しを贈ってくれた。


 そうだ。私、剛ちゃんにしてあげられる事がある。

「剛ちゃん」

「ん?」

「あの、お願いがあるんだけど」

「なに」

「今から、私たちだけの時は、私のことを名前で呼んで」

「えっ? どうして、また」

「どうしても…」

「じゃぁ…。…芽菜…」

「うん。ありがとう…。嬉しい」

 これで、剛ちゃんの胸の疼きが少しでも楽になるなら、私は本当に嬉しい。

「そうだ。ねえ、剛ちゃん。一つ聞いていい?」

 暫く経って、私の涙も乾いたころ。私は、ある疑問を思い出した。

「なに?」

「由美と岳くんが付き合い始めたことを、私には秘密にしとくように、由美たちに

頼んだでしょ。それは、どうして?」

「ああ、そのこと。あれは、その…。芽菜が…なんというか…その……ショックを

受けるかもしれないと思って…」

 なんだか、剛ちゃんの受け答えが怪しい。

「本当? それ?」と剛ちゃんの顔を覗き込む。

「って…理由じゃ、納得しないよな、やっぱ」

「うん」

「『岳に彼女が出来たんで、俺が取り敢えず芽菜に告って彼女にしようとしてる』

そんな風に、思われたくなかった。だから、俺が自分の思いを芽菜に伝えるまで、

岳たちの事は秘密にしたかった」

 何それ。凄い深読み、てか、考えすぎだよ。

でも、私も一時(いっとき)そんな風に思っていたんだっけ。

 なんだか可笑しい。剛ちゃん、さっき私のこと良く分からないとか言ったけど、

私より私のこと良く知ってるじゃない。


 そうだ、知っているようでいて知らないこと。

 分からないようでいて分かっていることが沢山あった。

 それが数々の思い違いを生み出した。

 ここ数日間、私の周りで起きた軋轢も、この思い違いの連鎖が生み出したのだ。

 ただ思い違いがあるだけだった。悪意など、私たちの周りには無かったんだ。

 そのことが、とても嬉しい。心が軽くなるほど程に。


 ぷっ。思わず吹きだした。

 あははは。笑い声がこぼれ出した。

「何笑ってんだよ。芽菜」

 押さえようとしても、笑いが込み上げる。

 きっと、私の心が今までの屈託を、笑い飛ばしたがっているんだ。

「なぁ、何で笑ってんだよ、教えろよ」

 そう言いながら、剛ちゃんの顔にも笑顔が飛び移っている。

 木立の間を風が抜け、葉擦れの音が私達を祝福する喝采のように聞こえていた。


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