表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
別れ道
37/49

別れ道 #1

 夏休みの初日は土曜日。

 この土日に、音楽室を借りてのバンド練習をすることになっている。

 これまでは平日の放課後に教室を間借りしての練習だった。だから、楽器の音が

迷惑にならぬように、ヘッドホンで音を聴いたりしての演奏練習だった。

 だけど、この方法だと、手の力加減が覚えられないらしい。

 そこで、剛ちゃん達が先生と交渉して、夏休みの土日に音楽室を借りられる事に

なった。

 今日の練習は九時から正午。

 剛ちゃんと岳くんは、機械のセッティングのために、既に学校に行っている。

 由美も自前の電子オルガンを持ち込むとかで、先に行っている。

 そんなわけで、私一人だけがみんなに遅れて、音楽室に到着した。

「おはようございまーす。芽菜、ただいま参上」とオドケテ挨拶。


 …………。

 ところが、案に反して無言の反応が返ってきた。

 由美と岳くんは互いに背を向けたまま、黙々と機材のセットアップ中。

 由美は私を一瞥すると小さく会釈をしただけで、また黙って手を動かし始める。

 剛ちゃんは、口だけオハヨウの形を作ると、目で何ごとかのシグナルを送信して

くる。

 剛ちゃんに近づき、「何かあったの?」と声を落として聞いてみる。

「由美ちゃんの様子が変なんだ…」

 確かに変。

 バンド活動を始めてから、見違えるように快活で会話も多くなった由美なのに、

今日は以前の儚げな由美に逆戻り。それに、誰とも目を合わせようとしない。

 四人とも、押し黙ったままで楽器やアンプのセッティングをしている。私なんか

後から来て何をしていいやら分からず、剛ちゃんの隣で手持ち無沙汰で立っている

だけ…。


 準備が終わった頃合を見計らい、由美と共にお手洗いへ。

「いったいどうしたの。元気ないけど…」

「なんでもない…。大丈夫…」由美が弱々しく笑う。

 こんなときは大概、『なにかがある』うえに『大丈夫』ではない。

 それに、さっきから私の目を一度も見ようとしないのも気にかかる。

由美は何物かに憑かれたように、いつまでも手を洗い続けている。

 その姿を見ていると、由美の憑き物の吐く息が、私の肺の中にまで入り込んで、

不安な気持ちを膨らませていくように思えてしまう。


 音楽教室に戻る。すでに演奏の準備はできている。

 岳くんが、由美と私が帰って来るのを待って練習内容を解説する。

 弾き方の力加減や、楽器と声の音量の感じを覚えて欲しい、との説明だった。

 今の私達のレパートリーは5曲なので、まずは通しで演奏してみることにした。

 演奏を始めて直ぐ、由美に異変が起きた事に気がついた。

 いつもの透明感のある澄んだ由美の歌声は、どこに飛んで行ったのだろう。

 いつもの溌剌として可愛らしい由美の笑顔は、どこに隠れたのだろう。

 それは、先ほどからの由美の様子を見ていれば、容易に想像ができることだった

のだけれど。

 演奏が終わり、お互いに気づいた点を話し合う段になっても、由美は口を閉じた

まま何も語らない。押し黙っていることが今日の自分の役割であるかのように。

 由美を除く三人は、言葉の端々にまで由美に気を配りながら、話を進めていく。

 演奏の修正ポイントも纏まり、それではもう一度となった。

 だけど…。


「ごめんさい…。今日は…、これ以上歌えない…」

 と、由美が目に涙を一杯貯めて訴えた。

 ここまでの様子を見ていれば、由美に歌を強要することなどは考えられない。

 むしろ、今まで由美に無理をさせていたことに、心が痛む。

「いいよ、いいよ。無理しないで、辛いんだったら終わりにしよ」

「でも、みんな折角お休みの日に集まったのに…。私抜きで練習続けて…」

「なに言ってるの。四人一緒にっていうのが、由美の口癖でしょ。みんな、今日は

これで終りにして良いよね」

 剛ちゃんと岳くんも顔を見合わせ、そうだな。と賛同してくれた。


 楽器類は、鍵のかかる楽器部屋におかせて貰うことにして、とりま解散。

 校門を出るとき、岳くんが

「由美ちゃん。家まで送るよ」

 と言ってくれた。

 由美の顔が一瞬明るくなったが、直ぐにその輝きは失せ

「…ナッチと帰りたい…」

 とか細い声で呟く。

「わかった、由美。一緒に帰ろう」

 剛ちゃんも、付いてきたそうだったけど、目で合図して止めてもらった。

 やっぱり、女の子同士でないと話せないこともある。私は由美と共に学校を後に

した。


 でも……。『女の子同士でも話せない』こともあるようだ。

 由美は何も言わぬまま、歩き続ける。

 由美の心を苦しめているものは何なのか。私になら話してくれても良いのに。

 でも、話したくない事情があるのかも知れないんだ。

 無理に聞き出そうとなんて思わない。それが、私と由美の関係だ。

 それに以前の私なら、頭に浮かんだ事を考えもなく直ぐ口にだしていたけれど、

茉菜の身代わりを演じているうちに、口を開くのをちょっとだけ我慢できるように

なってきた。

 エライぞ! 私!

 それでも、やはり由美の苦しみ喘ぐ姿は見過ごしてはいられない。

 どうにかして救ってあげたい。


 無言を貫いた帰り道の行進。その別れ際に、私は由美の目の前に立つ。

「由美。私、由美のこと一番の友達だと思ってる。親友だと思ってる。だから」

ー―その胸の苦しみを私に打ち明けて―ー

 残りの言葉は見つめあう瞳の中に託した。

 口に出さずとも、気持ちは通じた筈だ。

 私の思いを感じ取ってくれたのだろう。由美が噛みしめるように、己の胸の内を

絞り出す。

「分かってる。ナッチ。私は…、私はナッチのことが他の何よりも大切」 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ