すれ違い #5
ようやく頭の中の整理ができた。
茉菜と私の世界で差があることは、前から分かっていたことなのだ。けれども、
それが人間関係の差となると、あまりに微妙で、お互い意識もしなかったし、話題
にも上がったりしなかったのだ。
今度から(もし、入れ替わりが今後もあればの話だけど)は、その辺も調整して
おかなくちゃいけないな。
「茉菜。どう? 気分、良くなった」
と剛ちゃんが優しく声をかけてくる。
「だいたい」
「そうか。良かったな」
「ありがとう。じゃぁ、これでね」
元々、体調不良な訳ではない、考える時間が欲しかっただけ。それに一刻も早く
茉菜と話がしたい。私は、剛ちゃんの気遣いに対する御礼もそこそこに、その場を
離れようとベンチから立ち上がる。すると、
「ちょっと待って。少し話したいことがあるんだ」
と剛ちゃんに引きとめられた。
また、知らない話が飛び出して来るのかも知れない。
そう考えた私は、再びベンチに腰を下ろす。
「何の話?」
「あのさぁ。茉菜は、進路希望調査もう出した?」
えっ、今度は急に真面目な話?
私…、と言い出しそうになって急ブレーキ。自分は茉菜になってるんだった。
茉菜とは進路について話をしたことが無い。
「まだ。出してない」
と無難な答えを返しておく。
「そうか。そうだよな。俺も、まだだ」
それから、剛ちゃんが大きく溜息をつく。剛ちゃんでも溜息つくことあるんだ。
「進路って言われてもさ、大学の学部によっちゃ将来の仕事も決まっちゃうだろ。
今から、そんな先のこと具体的にイメージできないよな」
「そうね」
と話を合わせる。
「その点、岳はある意味ラクだよな。志望はK大医学部って決まってるから」
「うん。お家が病院やってるから、将来経営を引き継ぐんだよね、きっと」
「まあな…。ほんとは岳の兄貴が病院を継ぐことになってたらしい、でもその人が
漫画家になるからって家を飛び出して…。あいつも兄貴の影響で漫画描いてた時期
があったらしいけど、親父さんの命令で止めさせられたらしい」
「それじゃ、ひょっとしてバンド活動は、お父さんへの反抗?」
「さあな。まさか本気でミュージシャン目指してるわけじゃないだろうけど…」
なるほど、人にはそれぞれ色んな事情があるらしい。
「それとさ、由美ちゃんもK大目指してるんだぜ」
「えっ!? それ初耳。由美も医学部志望なの」
「じゃなくて、K大の他の学部。なんか、岳と同じ大学に行きたいんだって。岳が
そう言ってた」
「それが…志望理由なの?」
こっちの世界の由美と岳くんはお互いに好きあっているらしい。それにしても、
一緒にいたいから同じ大学って、それでいいの?
「そんな進路先の決め方で良いのかなとも思うけど…。でも、それも有りなのかな
って…。だから、俺も茉菜がどこの大学行きたいのか聞いとこうと思うんだ」
「どういう意味?」
「そりゃ、俺達同じ大学に行けた方が良いだろ?」
私と剛ちゃんが同じ大学に…?
そこまで考えてはみた事は無かった。だけど、私達は中学時代を除いて、ずっと
同じ学校に通っていた。
それは、一緒に同じ大学に行ければ嬉しいし、きっと楽しい学生生活になる予感
はする。
「そ、そうだね。私も、そう思う」
私は、思ったままの気持ちを口にする。
だけど、実際問題はどうなんだろう。
剛ちゃんは、どちらの世界でも成績優秀のように見受けられる。
茉菜は賢くて成績も良いようだから、同じ大学に行くのも可能かもしれない。
だけど、私の成績はとても剛ちゃんには及ばない。
私が剛ちゃんと同じ大学への進学を目指すのなら、並大抵の努力では済みそうに
ない。その逆の場合は有りそうだけど、剛ちゃんが私の学力に合わせた大学に進学
するのは、あまり賛成できない気がする。というか、駄目でしょ、それは。
それとも、私がスポーツ推薦か何かで…。でも部活やってないし…。
などと、当て所も無く考えているときだった。
「茉菜」と優しげな声が聞こえるのと同時に、背中から回った剛ちゃんの左手が、
そっと私の肩の上に置かれた。
気が付くと、眼の前に剛ちゃんの顔がある。
えっ!?
私は息を呑む。その息が体内で固まったように、私の体は動かなくなる。
目を瞑った剛ちゃんの顔がどんどんと近づいてくる。
剛ちゃんの息遣いがはっきりと聞き取れる。
剛ちゃんの唇が、私の唇から僅か数ミリの距離にまで接近する。
いまから、私、キスするんだ。私の初めてのキス。
「わーっ! ちょっと待って。待って」
私は、剛ちゃんの体を両腕で力いっぱい突き放す。
剛ちゃんが、何か不思議な物でも見るような顔で、私を見つめる。
「茉菜、どうしたの?」
どうしたのじゃないでしょ。何、事もなげにキスしようとしてるのよ。
「ちょっと、急用思い出した」
私はそう言って立ち上がると、剛ちゃんの呼び止める声を無視して、恋人ベンチ
から逃げ出した。
走る。走る走る走る。オバケ病院へ向かって一目散に走る。
ひと所に止まってなどいられない。
顔が熱い、火が出ているのではないかと思うほど耳たぶが熱い。
今、自分はどんな顔をしているのだろう。とても、他人には見せられない。
だから、私は走る。走る走る走る。
走りながら、目の前に迫った剛ちゃんの顔がフラッシュバック。
耳たぶの温度がまた急上昇する。走る速度がまたグンとあがる。
今日一番の衝撃。
全く予想もしてなかった。
だけど、どう考えたって、絶対の絶対に。
茉菜と剛ちゃんは付き合ってるんだ!!




