すれ違い #3
さて、対戦相手を見送り、ソフト部全員でグランド整備をしているとキャプテン
と高橋さんが私の元へやってきた。
「佐藤さん。今日も大活躍だったね」
「いや、それほどでも。それに、今日の殊勲はサヨナラの子でしょ」
「そうね。ところで、佐藤さん。真剣にソフト部への入部考えてくれないかな」
「…それは…。やっぱり、私…部活はどうも…」
「実は夏休み明けに大会があって…。佐藤さんが入部してくれたら、今年は良い所
まで行けそうな気がするの。入部が駄目なら、公式戦の選手登録だけしておくって
出来ないかな」
何それ? 練習は出なくて良いから、試合だけ出て頂戴って意味?
それは、中学のバスケ部にいたマドカ二年生みたいで、好きになれぬやり方だ。
ちゃんと練習してる子を差し置いてなんて…。
こんな提案を私が喜ぶとでも思ってるのかしら。私に入部して貰いたい気持ちは
わかるけど。
「そのやり方は、なんか違うと思います…」と真面目な顔で応えた。
私の拒絶の雰囲気を察したのか、キャプテンと高橋さんは顔を見合わせる。
「気を悪くしたら、ご免なさい。今の話は取り下げるわ」とキャプテン。
それをフォローするように
「入部の件は入部の件として、来週も練習試合出てもらえない?」
と高橋さんが別の話題を持ち出した。
困ったな、試合は今回で最後にすると茉菜と約束している。
「来週の練習試合も出てもらえると助かる。今日勝ったので、みんなも自信ついた
と思うんだよね。だから、連勝して自信を深めたいの。お願い、みんなのために」
とキャプテンが追い打ちをかける。
どうしよう。みんなのためとか言われると、断れないんだよね、私って。
しょうがない。茉菜には私からお願いしよう。茉菜もきっと断れないよ、だって
私と同じだもん。
「分かった。来週ね。でも、それで本とにホントの最後だからね」
キャプテンたちに念押しして足早にその場を離れる。そのまま居るとキャプテン
たちのペースで話を進められそうな気がしたからだ。
ソフト部の部室で着替えるため、外野を小走りしていると
「佐藤先輩」
と声をかけられた。
振り返ると、センターを守っていた一年生の子が近づいてきた。
この子。最初の試合のとき、同じ外野なんで親しくなった。けれども、この頃は
試合中に話しかけても、無愛想な返事しか返さなくなったんだよね。なんでだろ?
「あの。佐藤先輩。お話したいことが有るんですけど、今いいですか?」
と挑むような視線を私に投げかけてくる。
「いいよ。えーと…、名前は…」
「私、浜野っていいます」
「わかった、浜野さんね。で、一体なに?」
「佐藤先輩は、ソフト部に入部されるんですか?」
「ああ、その事。キャプテンにも言ったんだけど、入部はしないつもり…」
その答えを聞いて、どう思ったのか。浜野一年生は視線を私から一旦外し、再び
強い眼差しを私に向ける。
「それじゃ、来週の練習試合は、どうなされるおつもりですか?」
あれ? この子、私が試合に来なくなること心配してるのかな?
「大丈夫だよ。高橋さんに頼まれたんで、来週の試合には出ることになった」
安心させるつもりでそう答えたが、浜野一年生は却って眉を曇らせた。
あれ? これが期待した答えじゃないの?
少しの沈黙のあと
「佐藤先輩は、加賀谷のこと御存知ですか?」
「加賀谷? さん?」
「今日、最後に代打に出た子です」
「あの子、加賀谷さんっていうの。そういえば、あの子手首に包帯巻いてたよね。
あの子が怪我してるから、私が代わりに試合に出てるんでしょ」
再び、沈黙のときが流れ、浜野一年生が意を決したような表情で口を開く
「あの子…、本当は…、もう怪我治ってるんです」
「えっ? どういうこと」
「あの子。自分よりも佐藤先輩の方がソフトが上手なのを分かっていて。それに、
キャプテンや高橋先輩が佐藤先輩をソフト部に入れたがってること知っていて…。
それで、先輩に試合に出て貰うために、怪我が治ってないフリをしてるんです」
「…そんな…」
「加賀谷と私は、中学から一緒にソフトやってました。あの子、中学のときは補欠
ばっかりでしたけど、新チームではレギュラーになれるって張り切ってて、それで
オーバーワークで怪我しちゃたんです」
「…」
「あの子、佐藤先輩みたいな才能はありません。でも、ソフトボールが大好きで、
他の誰より一生懸命練習してるんです。佐藤先輩には…、その事を…、お伝えして
おきたかったんです」
そうか、部員だけでチームを組めるのに、私を出場させるために加賀谷って子が
自分を犠牲にしてるってことね。
「浜野さん。あなた、加賀谷さんの友達なの?」
「はい。親友だと思っています」
親友か。久しぶりに熱い言葉を聞いた。
「分かった。教えてくれて、ありがとう」
私は浜野一年生に礼を言うと、踵を返してキャプテン達のいる場所へ走った。
「おーい」
私の声にキャプテンと高橋さんが振り返る。
「ちょっと、話があるんだけど」
「もしかして、入部してくれる気になった」
キャプテンの顔がほころぶ。
「ううん、そうじゃなくて。来週の練習試合、やっぱり出ないことにします」
「「えっ!? なんで」」
キャプテンと高橋さんが驚いた顔でハモる。
「自分のすべきこと、すべきでないことが分かったから…」
キャプテンが如何にも困ったという風にしかめっ面をしながら
「でも、佐藤さんが居ないとチームが組めないんだよね」
と私の顔色を探るように覗き込む。そうそうと高橋さんも頷く。
「あの子が居るじゃない」
と、私はベンチで用具の後片付けをしている加賀谷一年生を指差す。
「加賀谷? あの子は本調子じゃないから、フル出場は無理だよ」
「怪我のことでしょ。その怪我なら、来週までには治ってると思うよ」
私は、キャプテン達の返事を待たず、じゃあねと言ってその場から走り去った。
キャプテン達が私を呼び止めているようだが、もう振り返りはしない。
外野を抜けるとき、浜野一年生の傍を通った。キャプテン達には見えないように
浜野一年生に向かって胸の前でVサインを作った。
それまで、強張った顔をしていた浜野一年生が、いまにも泣き出しそうな笑顔に
なり、私に向かって深々と頭を下げた。
グランドを去るときに振り返ってみると、浜野一年生が頭を下げた姿勢のままで
いるのが見えた。胸が熱くなるのを感じた。
何だか良いことをしたような気分になり、私は空に向かって大きく伸びをした。




