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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
異変
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異変 #2

 時間のズレが起こってから、子バケ鏡を使っての入れ替わりは出来なくなった。

 子バケ鏡に同時にタッチするのが、入れ替わり条件なので、それを満足できなく

なったからに違いない。

 幸いなことに、子バケ鏡を通して向こう側の世界が見える特性は残ったが、声は

聞こえないので筆談でコミュニケーションするしかない。


 8時間という微妙な時間のズレのため、オバケ鏡を通り抜けるにしろ、子バケ鏡

で筆談するにしろ、茉菜と私のどちらかが夜に行動をしなくてはならない。

 そこで、暫く様子を見ることになったのだが、茉菜の発案で姿見の前にデジタル

時計を置いておくことにした。

 こうすれば、子バケ鏡で向こう側の時間を知ることができる。茉菜の考えでは、

時間のズレは変化するかもしれないらしい。


 茉菜の考えはどうやら正しかった。最初のズレのあった翌日、学校から帰宅して

茉菜の部屋の時計を見ると、その日の午前0時10分だった。こちらは午後4時。

 時差が約16時間になった。


 更にその翌日、夏休み前の三連休。その最初の土曜日。バンドの練習から帰って

みると時差は約24時間になっていた。

 今は、どちらの世界でも午後4時5分。これなら今すぐ会えそうというわけで、

茉菜と私はオバケ病院へと向かった。

 オバケ鏡の前で待っていると、果たして茉菜が現れた。

 もう二度と会えないのではないかと思っていたので、茉菜と私は抱き合い再会を

喜び合った。


 再会の抱擁のあとで、茉菜が「中を覗いてみて」とオバケ鏡を指さした。

 促されるままに、オバケ鏡に頭を入れると暗闇の空間だった。数メートル程先に

暗闇が四角く切り取られた場所があり、その先に向こう側の世界が映っている。

「ここを飛んだの?」振り返って茉菜に尋ねると、

「ううん。トンネルになってるの」と答えた。

 試みに暗闇の上下左右を触ってみると、確かに床や壁のように固い部分がある。

 オバケ鏡ならぬオバケトンネルだ。


 オバケトンネルの中は、真っ暗という点を除けば、いたって快適だ。

 暑くも寒くもないし、呼吸もできる。おまけに、オバケトンネルの中では時間が

進まぬらしい。茉菜の言うのに、一種の精神世界なのではないかとのこと。

 ところで、何で時間のズレが起きたのだろう。

 この疑問に対して、茉菜は彼女なりの答えを考えていた。

「それは、お互いの歴史が書き換わったからだと思う。それでオバケ鏡の繋がる先

の時間がズレてしまったんじゃないかな」

「歴史が書き換わった?」

「そう……、それは多分、私たちの入れ替わりのせいだと思う……」

 茉菜が沈んだ口調で言葉を続けた。

「どういうこと」

「そうね…。例えば、前に芽菜と私が入れ替わって、外国人の道案内をしたことが

あったでしょ。もしも、入れ替わりが無かったら、あの人は別な人に道案内をして

貰って、その人と親しくなってたかもしれない。でも、入れ替わりがあったので、

その出会いはない、その歴史は無かったことになってる」

「えー! でも私、親切心からやったんだよ」

 と抗議すると、

「分かってる。でも、良いとか悪いとかの話じゃないの。入れ替わりで歴史が書き

変わる。そこが問題」

「そんな……」

「それに影響は入れ替わりだけじゃない。調理実習や化学実験での失敗を、互いに

連絡しあうことで未然に防いだでしょ。これも、歴史を書き換えてることになる」

「うーむ」

「きっとね。私たちにとっては些細な違いに思えることでも、小さな物事の違いが

複雑に影響しあって、大きな違いに成っていくんだと思う」


 なんか、茉菜の話を聞いてると八方ふさがりだ。

「それじゃ、これからどうすれば……」

と茉菜に問うと、

「当面、入れ替わりは止めたほうがいいと思う。それで様子を見ましょう」

 と予想通りの答えが返ってきた。

「うーん。それしかないか…」

 と、ここで大変なことに気が付いた。

「そうだ。高橋さんから、今度の練習試合で助っ人を頼まれていたんだっけ」

「日曜日のこと? 私の方だと明後日になる。それ断るしかないよ」

 そんなわけにはいかない。私、出るって約束しちゃってるもの。

 それに私自身、最近はソフトの試合を楽しみにしている。


「そっちは今、金曜の夕方でしょ。明日から三連休だし、今から私の代わりなんて

簡単に見つけられないよ」

 と食い下がる。

「でも、やっぱり入れ替わりはしない方がいい」

「うちのソフト部弱小でさ、頼み込んで試合を組んで貰ってる状態なのよ。人数が

足りないからキャンセルだなんて、こっちから言えない状況なの」

 と更に粘ってみる。

「うーん。弱ったな」

 どうやら、少し脈ありかも。

「ねえ、お願い。あと一回だけ」

「じゃぁ、本とにあと一回だけだよ。それに、もしも時間がズレたら諦めること。

それでいい?」


 やった。やっぱり茉菜は頼まれたら断り切れない子なんだよね。

 ていうか、私がそうなんだけど。

 こうして、ソフトの試合は、入れ替わりをすることで出場できることになった。


 その日、茉菜と別れて家に帰る途中、私の頭に素晴らしいアイデアが閃いた。

 ソフトの練習試合は私の世界では明日の日曜の開催。茉菜の世界の練習試合は、

私にとっては明後日の出来事だ。

 今までの経験からみて、茉菜と私の世界で発生する現象は細かい違いはあるけど

大体同じ。だから、きっと試合で投げるピッチャーの配球も同じ筈。なら、明日の

試合を見てピッチャーの配球を全部覚えておけば、明後日の試合は簡単にヒットが

打てるじゃん。

 我ながら何て素晴らしいアイデアだろう。でも、こんなこと茉菜に言ったら反対

するに決まってるので、黙っておくことにしよう。


 でも、明日の日曜はバンドメンバーが集まる約束になっている。

 隣町の町おこしイベントで、アマチュアバンドのライブ大会があるので、それを

聞きにいこうという話だ。曲の演奏順とかアレンジとかを実際に見るのが目的。

 どうしよう。ライブ見学も大事だけど、このアイデアも捨てがたい。困った…。

 悩んだ挙句、ライブの方は休むことに決めた。だって、バンドの事は他の日でも

出来るけど、試合の方は明日しかチャンスが無いのだから。

 そう決めて由美に電話をした。

 由美は残念そうだったが、私を除く三人で行ってもらうことに決まった。

 時間のズレという非常事態を前にしても、気楽な私の胸の中には、入れ替わりの

ソフトの試合に対する夢が、段々と膨らんでいった。

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