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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
入れ替わり
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入れ替わり #5

 茉菜と私の授業の時間割を比較すると、水曜日は全く同じ時間割なのだが、他の

曜日は微妙に違っている。

 私たちは、これを利用してそれぞれの得意・不得意な授業を交代する事にした。

 私は、数学や物理が不得意で、体育や家庭科実習は得意。茉菜はその逆なので、

この授業を入れ替わることにする。


 まずは、スマホで連絡を取り合って、事前に入れ替わる授業を決めておく。次に

トイレの個室や、屋上など一目につかない場所に行く。スマホの手鏡アプリを起動

して子バケ鏡にする。子バケ鏡で、相手側の世界が透けて見えるので、タイミング

を合わせて画面にタッチして入れ替わる。

 最初、入れ替わりがバレたりしないかドキドキしてたけど、誰も気がつく様子は

ない。本人が本人と入れ替わってるんだから、当然といえば当然。


 入れ替わりが分かってしまうとしたら、見た目よりも言動なので、そこは細心の

注意をはらった。

 私は思ったことが直ぐに口をついてしまうので、茉菜の役になった時はとにかく

一呼吸おいてから、発言するように心掛けた。

 茉菜が私の役のときには、この逆をやる筈なんだけど、じっくり考えるタイプの

茉菜は、きっと苦労してるんだろうなぁ。


 苦労といえば、最初のうちは入れ替わった際の勝手が分からずに、随分ヒヤヒヤ

する目にあった。


「芽菜。あなたねぇ、髪を切ったのなら、入れ替わる前に言ってよね。突然、髪が

伸びたって、皆に不思議がられちゃったよ。ピッグテールにして誤魔化したけど、

自分でも似合わないの分かってるから、恥ずかしいのなんのって…」


「茉菜。あのさぁ、自分が出来るからって、授業中にハイハイ手を挙げるの止めて

くれる。英語の時間に先生から、「また昨日みたいな名訳頼むよ」とか言われて、

私、固まっちゃったよ」


 新しい発見もあった。時間割は違っても同じ授業だと二つの世界で内容は同じに

なるらしい。

 例えば、英語の授業で生徒に翻訳させる順番とか、数学の授業で誰に演習問題を

解かせるかといったこと。 

 そこで、入れ替わりが出来ない授業でも、スマホで授業の内容を教えあった。

 英語の授業で、32ページの上から15行目の翻訳を指されるよ。とか、数学の

授業で26ページの問題を指されるよ。とか。


 その他、調理実習で同じ組の男子が炊飯器の水加減を間違えて酷いご飯炊くこと

になるから注意して。とか。

 化学の実験で後ろの人とぶつかって、危うく火事を起こしそうになるから、気を

付けて。とか。

 こんな風に、相手側の世界の事前情報で、幾つかの災難に遭わずにすんだ。


 それから、直接ではないけれど、入れ替わりが私に影響したこともある。

 件の100点テスト以来、四谷先生が数学の授業で私をよく指すようになった。

 恥じかくのは嫌だし悔しいので、猛勉強したし、茉菜にも教わった。

 その結果、少しだけど数学が理解できた。

 分からないから嫌いだったので、理解できれば数学も好きになれそう。

 って、ホントかな?


 一週間ほど、この入れ替わりを続けたところで、茉菜が

「このまんまんじゃ拙いじゃない。不得意分野の授業がどんどん遅れちゃうよ」

 と言い出した。たしかに正論には違いないけれど…。

 私も、あんまるズルいことを続けるのも気が引ける。そこで授業の入れ替わりは

本当に切羽詰まった時だけに限定することにした。


 ところで、入れ替わりが人助けになることもある。

 人助けの最たるものは、ソフトボールの助っ人。最初の練習試合以来、三週連続

で練習試合に代理出場した。最初の試合は強豪校相手で大敗したけど、そのあとは

相手に恵まれたのか、そこそこの試合ができるようになった。

 高橋さんは、私がいるお影だと煽てるけど、みんなが少しづつ上手になって来た

のが本当だろう。


 学校以外では、町で外国人に英語で道を尋ねられた時、茉菜と入れ替りで道案内

をしてもらったことがある。

 逆に茉菜から連絡があって、「裁縫道具持ってないか」と聞かれたことがある。

「持ってる」と答えて入れ替わったら、転んで服を破いた女の子がいたので繕って

あげた。

 いつもいつも、上手くことが運ぶわけではないけれど、人の役に立つ事が出来る

と気分がいい。


 バンドの方がどうなったかについても書いておこう。

 剛ちゃんと岳くんが四谷先生と掛け合って、同好会活動という形で放課後と土日

に空き教室を使わせて貰えることになった。

 まだ最初なので、消音ギターと消音エレクトーンでの練習。そのうち、音楽室か

スタジオを借りての音出し練習に移る計画だ。

 日曜は私が茉菜世界でソフトボールの練習試合の助っ人になるので、バンド練習

の方を茉菜に代って貰っている。ただ、茉菜の方でもバンドの話を進めるとのこと

だから、練習日を調整しなくてはいけなくなるかもしれない。


 最初の課題曲はそこそこ歌えるようになってきたので、次の課題曲を選ぶ話題に

なった。実は、ここで意外な事実が発覚した。

 剛ちゃん、ギターは弾けるけど楽譜は読めないのだ。いわゆる、耳コピなのだ。

だから、一度演奏を聴くか観るかしないといけないし、必ずしも原曲の譜面通りに

コピーしてるのかも怪しいらしい。

 由美と岳くんは、それぞれエレクトーンとピアノを習ってたので楽譜が読める。

私も楽譜は読めないので、選曲は由美と岳くんが中心で決めることなった。


「なんか、立場が逆転しちゃったな」

「なにが?」

「俺、前に由美ちゃんのこと、四人の中でオマケみたいだって言ったじゃん。俺、

そのこと本当反省してる。今、自分がオマケの立場だもん」

「ああ、その事。剛ちゃん、安心しなさい。私もオマケだから」

「そうだよな。岳と由美ちゃんだけのデュエットで充分いけるんじゃないの?」

「それ、由美に言わない方がいいよ。由美は四人でやりたいって思ってるから」

「そうだな、俺もあいつ等に迷惑かけないように練習しなくちゃ」

「そうそう」

「ナッチもだろ」

「そうそう」

「なんか、ナッチ、上の空だな…」

「そうそう」

「…ナッチさぁ、岳と由美ちゃんって、付き合ってると思わねぇ?」

「やだなぁ、男子って。なんでも、そういうのに結びつけるから。ないないない。

由美も岳くんも音楽に熱心なだけだよ」

「なんだ、聞いてたのかよ。でも、付き合ってたとしても可笑しくないけどな」

 もう、面倒くさくなったので、答えなかった。

 由美と岳くんが仲良くなったのは確かだけど、以前の由美が大人し過ぎたんだ。

これで、やっと普通になっただけ。それを剛ちゃんたら…。


 後から思えば、この時の私は茉菜との入れ替わりの事で頭が一杯で、自分の周り

で起こっている微妙な変化に、気がついていなかったのである。

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