入れ替わり #4
相手チームを見送り、練習試合はおしまい。ソフト部の練習は、このあとも続く
らしいけど、助っ人の私はお役御免。
と思ったら、キャプテンと高橋さんが連れ立って私のところにやってきた。
「佐藤さん。さっきはつっけんどんな態度で御免なさい。あなた、見直したわ」
とキャプテンが頭を下げる。
「いや、おかげさまで…」
さっき嫌味を言われたのが頭に残っていて、変な返事をしてしまう。
「佐藤さん、あなたソフトの才能あるわよ、うちの部に入らない」
そら来た。茉菜の言ったとおり。でも、ここは断りを入れないと。
「えーと、御免なさい。あのぉ、私、部活やらない主義なんです」
「そうなの? 勿体ない。才能の持ち腐れよ、うちなら即レギュラー間違いなし」
「ソフトの才能というか、私ってスポーツ全般得…」
得意なの、と言おうとして急ブレーキ。余計な事を口走るとこだった。私は今、
茉菜だった。
「…得意じゃないの…。ルールが絡む球技は特に…」
「あれで不得意なの!?」とキャプテンと高橋さんが顔を見合わせる。
拙い! これ以上会話を続けるとボロが出そう。
じゃぁこれで、とその場を退散しようとすると、来週も練習試合に出て欲しいと
頼まれた。入部じゃないから、これは良いんだよね、と考えてOKしておいた。
〇
オバケ鏡の前に戻った。茉菜はまだ帰っていない。
ソフトの試合にしろ、バンドの練習にしろ、開始時間は決められるけど、お終い
の時間は決められない。
ああ、お腹空いた。なんか食べときゃよかった。
それから、かれこれ20~30分待たされて、やっと茉菜が帰ってきた。
「もう。遅いー」と膨れっ面をすると、
「あー。御免御免」と言いながら、茉菜が私を『友達ハグ』。
「わっわっわっ、どしたの?」
ハグされるって、結構恥ずかしいって分かった。でも、茉菜の髪、良い香りだ。
「今朝のお返し」
「えー!」
茉菜もこんなことするんだ。
「何か良いことでも有ったの?」
「あったというか、これからあるのかも」
「はぁ???」
何だか、謎めいたことを言う茉菜。
ここで、お互い状況報告。
ソフトの試合は、強豪校とやって1対7で敗戦。
自分はヒット一本と、タイムリーエラーを呼ぶサードゴロ一本だと説明した。
茉菜は関心無さげに、ふーんと頷いた。
ルール分かってる? そうか、茉菜は元々スポーツ苦手なんだっけ。
「バンドの方の話は盛りだくさん」
と茉菜が浮き浮きしながら話してくれた。
まず、挑戦する楽曲は、日本の古いフォークソングに決まった。英語じゃなくて
少しホッとする。聞いたことのある曲名だと思ったら、むかし合唱曲として音楽の
教科書に載ってたかもしれない。取り敢えず、この曲から手をつけてレパートリー
を増やすんだと決まったとのこと。
パートは、由美と私がボーカル。剛ちゃんギターで、岳くんエレクトーン。
こちらも、それぞれ演奏できる楽器を増やしてく話になっている。
由美はむかし習ってた事があるのでエレクトーン。剛ちゃん岳くん私もギターと
ベースが弾けるように練習する方針。
「そころで、芽菜に聞いときたいことがあるんだけど」
茉菜が意味ありげな笑みを含みながら私に尋ねる。
「芽菜ん所の由美ってさ、いつもあんなに明るいの?」
「ああ、あれ。由美ってさ、バンドの話が出てから急に変わったんだよ。岳くんの
呼び方だって、これまでは”本山さん”とか”本山君”だったのが、”岳くん”に
なってるし、今まで敬語で話してたのがタメ口になってるし」
「なるほど」
茉菜がしきりに関心してみせる。一体何なんだ。
「でも、これでやっと普通なんだけどさ」と私は付け足した。
「それはそうなんだけどね…。そうか、私の方でもバンドやってみようかな」
「賛成、賛成、大賛成。音楽なら、由美中心でできるもの」
「うん。それに…。ひょっとすると、ひょっとするかも…」
「えっ? 何が?」
「あっ、こっちのこと。こっちのこと」
茉菜が何の事を言っているのかは、良くわからない。
だけど、この日の私たちの入れ替わりが大成功だったことは間違いない。
これで気をよくした私たちは、偶然にも繋がった私たちのパラレルワールドを、
断然楽しむことに決めたのである。