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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
日常
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日常 #1

 それは、ある日、私が見た夢。

 夢?

 あるいは、現実だったかもしれない。

 何れにしろ、これは私の体験した不思議の、ほんの一部にすぎなかった。


 ガコッ。

 当たり損ねの鈍い打球の音。セカンド上空にポップフライが上がる。

 同時に、両チームの応援席から発せられる黄色い歓声。

「オーライ。オーライ」

 二塁手が他の野手を制して打球の落下点に入り、難なく捕球。

 攻撃側の応援席からは、ため息が吐き出され、守備側からは拍手が沸き起こる。


 さぁ、次は私の打順だ。

 ブンブンと二三度素振りをして、私はバッターボックスに向かう。

「キャー、ナッチ。かっこいいヨーww」

「頑張れー。愛してるよーww」

 応援席の女子達が、応援してるのか、ふざけてるのか分からない奇声を発する。

 女の身で、女の子にモテてもなぁ。等と考えながらバッターボックスに入る。


 ここまで読んで、男装の女子選手の活躍を描く、野球小説を想像された方々。

 まことにお気の毒ながら、そんな大層な話ではありません。

 何のことはない、体育のソフトボールの一コマなのです。

 バレーボールの大会で体育館が使えず、先生も審判に駆り出されて体育は自習。

けど、生徒だけで遊ばれても困るらしく、代理の先生発案でソフトボールの試合に

なりました。


 一チーム男子6人女子3人の男女混合。

 さて、ここで問題になるのが、女子のメンバー決め。そりゃ、バスケなどと比べ

れば接触プレーは少ないけど、男子と体がぶつかったりするのは嫌だよね、女子と

しては。


 やりたいと言い出す子が現れないので、「じゃあ、私が」と手を挙げた。

「えー! ナッチが?」

「うそー!」

「ほんとにできんのぉ」

 周りの女の子がビックリ箱を開けたような騒ぎになる。

 その反応、私の方が意外なんですけど。勉強で自慢できる事は少ないけど、運動

ならば多少自信がある。でも、今のみんなの様子を見ると当人が考えているほど、

スポーツが得意とは思われていないみたい。


「ナッチ。大丈夫? 球技はルールが絡むから駄目だって言わなかった?」

 由美までが、泣きだしそうな心配顔を作ってみせる。

 あれ? 私、いつそんな発言したっけ?

「大丈夫だって。剛ちゃんたちとバッティングセンター行ったときだって、絶好調

だったじゃん、私。由美も見たでしょ?」

「バッティングセンター? いつ? だれと?」

 由美の顔に今度は?マークが現れる。

 なんか妙な感じ。由美ってばどうしたんだろ。さっきから会話が噛み合わない。

「平気、平気」

 まあ、細かい事は気にしない。私はカラダを動かしてた方が楽しいんだ。


 さて、残りの女子は、運動部の子が無理矢理引っ張り出されて試合開始。

 相手チームの先攻で、ピッチャーの立ち上がりを突かれて4失点。

 その裏、私たちの攻撃。一番バッターは頼み込んで私にしてもらった。

 その私のセンター前ヒットを皮切りに、2アウト満塁まで攻め立てたんだけど、

あとが続かずに無得点。

 その後、3回表まで終了して0-4で4点のビハインド。

 3回裏に2点返したところで、相手ピッチャーがソフト部の高橋さんに交替。

「ズルイよー」の大合唱になったけど、簡単にアウトを取られ、2アウト二塁三塁

になったのが冒頭のシーン。


 ここで、また一番バッターの私に打順が回ってきた。

 私が勇んでバッターボックスに入ると、審判役の先生が

「はい。それじゃ、授業終了時間だから、この回で終わりね」

と宣言した。

 一打同点、ホームランなら逆転サヨナラの美味しい場面が出来ちゃった。


「そいつ、ヒット2本打ってっぞ。気ぃつけろ」

 相手チームの内野が声を上げる。

 失礼ね。『そいつ』じゃなくて、芽菜(メナ)っていう格好可愛い名前があるんだから。

と声の主を睨み付ける。

 プレイ再開、初球はのけ反る程の内角高めのストレート。高橋さん本気だ。

 2球目は外角低めのストレート。またも手が出せない。

 「タイム」

 バッターボックスを外し、バットの握りを確かめつつ、なけなしの頭で考える。


 現役ソフト部の高橋さん VS 帰宅部の私。

 こりゃ、三球三振取りに来るよね。それに、ソフト部の意地もあるから…。

 そう読んで、私はストレート狙いでバッターボックスに入りなおす。


 プレイボール。

 ピッチャー高橋、投入モーションに入る。

 タイミングだけ計って、イチ・二・サン、


 ボーン。


 当った。ボールはツーっと線を引いてライト方向へ。

 ライトの子が背走、背走。

 抜けた。

 一塁を回って二塁へ、ライトとセンターが転々とするボールを追っている。

 長打コース。二塁ランナー、三塁ランナーが帰って同点。

 二塁を回った当りで振り返ると、やっとライトの子がボールに追いついた。

 そのまま三塁を蹴って本塁へ。

 ライトの子があらぬ方向にボールを投げ、中継の子がボールを追いかけてるのが

視界に入った。

 ホームベースでは、キャッチャーが腰に手を当て、ライト方向を見やっている。

 余裕で本塁を駆け抜け、逆転サヨナラ・ランニングホームラン成立。


 ホーム付近に味方の選手や応援してた女子や男子が雪崩れ込む。

 歓声と拍手でゲームセットの声も掻き消える。

「ナッチ、カッコいいー!」

「佐藤。マジすげぇ」

 タッチ、タッチ、…またタッチ…。私を中心にハイタッチの渦が…。


 すごい高揚感。

 心に羽が生えて、体から飛びたっていくみたい。

 あっ。私、ほんとに飛んでいる。眼下に祝福で揉みくちゃにされてる私の姿が。

 グラウンドが、

   学校が、

     街並みが、

       次々と視界の下に遠ざかる。

 そして…、私は……、空高く……、

        雲の頂きを通り越し………、

                 白い光に………、

                     包まれて………


 ○


 ………あれ。いま一瞬、意識がどっか行ってた?

 急に全力疾走したからかな?

 えーと、なんだっけ。

 あっ、そうか、サヨナラホームランが飛び出したんだ。周りの子たちが、一斉に

走り出す。私も、みんなに遅れないように応援席を飛び出し、ホームベース付近の

ハイタッチの輪に駆けつける…。????????


 って、おかしいよ。

 あれっ、あれっ、あれーっ!???????


 今、ホームラン打ったの私だよね。それなのに、私、いま応援席にいたよね?

 えーっ!?


 私は周りの子たちをかき分け、ハイタッチの中心にいる子の後ろまで近づき、

「だれ?」

 と声をかける。

 すると、隣にいた由美が

「だれって、ナッチでしょ」

 と事も無げに応える。

 何言ってんの、由美。ナッチは私だよ、私。


 お腹の底から熱いものがせり上がってくる。渦中の子の肩に手をかけ

「あなた、だれ」

 と強い調子で問いただす。

 その子がゆっくりとこちらに向きを変える。

 私の心臓が凍りつく。

 振り返ったその子の顔は、まぎれもなく私自身の顔だった。


 そこで目が醒めた。

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