出会い #1
私は怒っている、本当に。もう、どうしようもない位に怒っている。
いつもなら、居眠りの時間になっている午後の数学の授業も、興奮のために一睡
も(?)できなかった。
次の現代文の授業も全く身に入らなかった。数少ない好きな教科にも関わらず。
放課後に由美たちとバンドの話し合いをする約束だった。
急用ができたから、三人で話し合って欲しい。何なら、三人でバンドやることに
して貰って構わないと由美に告げた。
「また、それを言う。怒るよ」と由美。
ていうか、既に怒ってるし。
「私の、四人でやりたいっていう思いが、ナッチに伝わらないのが悲しい」
由美からそう言われると、怒られるより心に響く。
「わかった、必ず四人でやろう。ジャンルとパートは由美達で決めて。その結果、
英語の曲になったら、練習して歌えるようにする。パートが何に決まったとしても
練習してできるようにする」と誓った。
結局、放課後には由美達三人で話し合って貰うことにして、次の日曜にもう一度
会うことになった。
○
そして、いま私はオバケ病院の前に立っている。
『茉菜』はきっとここに居る。だって、全ての不思議はここから始まってるんだ
から。
今度は由美の援護はない。私独りだ。『茉菜』という謎の人物との対決は私個人
の問題だもの。
一人で対峙できると考えたのは、『茉菜』という名前から、相手は女の子なのだ
と踏んだから。まあ、女の子の振りをした男かも知れないけど、つまらない悪戯を
仕掛けてくる程度だから、大した事はないと高をくくっている。
ただ、つまらない悪戯だったとしても、やっぱり許せないことはある。
私の家に勝手に上り込んで、部屋をいじり回しているんだもの。
数学のテストだって、学校に忍び込んでテストをすり替えたとしか思えない。
お母さんが私を茉菜と呼んだのは謎だけど、あれは本当に聞き間違いだったかも
しれない。
とにかく、『茉菜』をこの手で捕まえて、正体を白日の下に曝す覚悟で、オバケ
病院にやってきた。
通りの人通りが途切れるのを待って、病院の敷地内に潜り込む。
三日前に通った通用門は、まだ鍵が壊れたままだ。
意を決して建物内に突入。
暗い通路を手探りで進む。
一階の待合室から、階段で二階へ上がる。
いよいよだ。
階段を上りきって、二階の談話室。エレベータのドアの向こう側に鏡がある。
気配を気取られないようにスマホの明かりは灯していない。
満を持して鏡の前に進み出る。
鏡の真正面に立ち、鏡の中の子を凝視する。
鏡の子も、私を睨み返す。
気を抜いてはいけない。また、心を持って行かれてしまう。拳を握りしめる。
鏡に向かって一歩進む。鏡の子も同じ動き。
鏡の子が不審そうな顔で私の顔を見る。私も、あわてて不審な顔を作る。
相手にこちらの真意を見破られてはいけない。
私が鏡の子を真似ているのか、鏡の子が私の動きを模倣しているのか、区別が
つかない。
鏡の子が左手を上げる。私もすぐさま右手を挙げる。
一瞬のタイムラグに気が付いたのか、鏡の子が眉を寄せる。私もすかさず眉を
動かしてみせる。
四つの瞳が鏡を挟んで、電気を飛ばしあう。
鏡の子の指先が鏡に近づく。私の指先も鏡に触れそうになる。
鏡の子が私を凝視したまま、動きをとめる。私も体を静止させ、タイミングを
測る。
そして…、
今だ!
私は鏡の中に手を突っ込み、鏡の子の左腕をつかむと、そのまま体重を掛けて
引っ張った。
鏡の子が私の両腕の中に倒れこみ、お互い抱き合うような恰好になる。私は、鏡
の子の背中に手を回して、力いっぱい抱きついた。
「捕まえた!」