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ふたりの。  作者: 須羽ヴィオラ
不思議
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不思議 #2

 シャワーの湯滴が体を打つ。ここちよい暖かさと刺激。

 髪に幾度もお湯を通す。オバケ病院の汚れなら、とうに流れ落ちているにちがい

ないが、それでもシャワーを浴び続けずにはおられない。私が洗い流したいのは、

オバケ鏡での、魂が抜かれるような感覚なんだ。


「パスタオルと着替え持ってきたからね」

 脱衣所から、お母さんの声が聞こえる。

「はーい」と返事。

 たとえ、どれほど丁寧に体を洗い清めても、あの嫌な感触が直ぐに消え去るとは

思えない。それに、あまり長く風呂場に閉じこもっていたら、お母さんを心配させ

そうだ。この辺で諦めることにしよう。ハァ。


 バスルームのドアを開けると、右手に棚がある。そこにバスタオルとパジャマが

置いてあった。まだ、日もあるのにパジャマ? 「横になりなさい」って寝ろって

意味だったのね。大げさな…。と思ったが、一人娘が失神しましたと言って帰って

きたら、そう言いたくなるのも分かる気がする。

 まぁ、ここはお母さんの言うことを聞くことにしておこう。夕飯の支度の手伝い

もサボれるし。と、喜んで。じゃなく、残念に思いながらパジャマに着替える。


 本当なら、次はドライヤーで髪を乾かしたいところなんだけど、やっぱり鏡の前

に立つのは気が引ける。頭にバスタオルを巻きつけ、洗面台の前をまた後ろ向きで

通り過ぎて脱衣所を抜け出す。んー。自分の家なのに、何故こんなコソコソせにゃ

ならんのだろ。まったく。


「お母さーん。私、うえで少し休むね」と声をかける。

 するとバタバタと心配顔の母上がやってきて

「大丈夫なの。頭痛くない? 熱はない?」

 と言いながら、私の体をチェックし始める。

 安心させるつもりで、

「大げさすぎるよ。心配性だなぁ」と言ったら。

「あんたが心配させてるんでしょ」と正論を返された。

「ハイハイ。わかりました」と素っ気なく言い放し、階段を登ろうとすると、

「汚れ拭いといたから、持ってきなさい」とスクールバッグを渡された。

 ありがとうもそこそこ、に二階に上がると、

「明日、ちゃんと由美ちゃんにお礼言うんですよ」と階下から。

 由美になら、もう何度もお礼言ってるよ。なんか、ここまで来ると返事も面倒。

「聞こえてるの? マナ!」

「ハイハイ」

 っとお座なりの返事をしてから、おや? と思った。

 今、お母さん。私の事、マナって呼ばなかった?

 それとも私の聞き違い?

 …ん。わざわざ確かめるほどでもないし…。第一、下に戻ったら、またお母さん

の『私』チェックに付き合わなくちゃいけない…。

 もう、聞き違い、聞き違い。と唱えながら自分の部屋のドアを開ける。


 と、ここで再び動きが止まる。

 一応、私も女の子なので、部屋の中には姿見なるものが置いてある。

 また鏡だ。どうしよう。とにかく今日は鏡とは向き合いたくない。

 私の部屋はドアを開けると左手に勉強机、右手に本棚。勉強机の向うにベッドが

あり、本棚の向こう側、ベッドの足元側がクロゼット。

 問題の姿見は、今はクロゼットの前においてある。「今は」と書いたのは、それ

が持ち運び出来るタイプの姿見だからだ。

 えーい、仕方が無い。私は後ろ向きで部屋に入ると、手探りで後ろ向きに進んで

クロゼットの前まで行き、これまた後ろ向きの体制で、姿見の鏡の面を壁側にして

置き直した。


 だいたい自分の部屋なのに、なんでこんなにビクビクしなきゃいけないのさ。

 そう、思いながらベッドにドカッと腰を下ろした。

 ベッドに座ったまま、頭に巻いたバスタオルで髪の水気を取る。

 もう、十分水分も取れたろう頃に、頭のバスタオルをほどいて、椅子の背もたれ

に投げかけた。


 おやっ? このバスタオル私んじゃない。

 色が違う。脱衣所は電灯点けずにいたので気づかなかった。

 我が家では、私がピンク系、お母さんが赤系で、お父さんが青系のバスタオルと

決まっている。だけど、今使ってたバスタオルは少し紫の入ったピンクパープル。

ピンクに近いと言えば似た色合いではあるけれど。


 ?????


 お母さんが新しいのを卸したのかと思ったけど、よく見れば洗いざらしだ。

 なんだろう。色移りでもしたのかな?

 不思議に思いながら、バスタオルをハンガーにかけて窓際に吊るす。

 その時、私はカーテンの色の変化に気が付いた。薄黄の地にレトロな建物と花の

イラストが描かれているのだが、その花の色合いが変わっている。

 こちらも、ピンクの筈だったのがピンクパープルになっている。

 よく見れば、今着ているパジャマの地の色もピンクじゃない。


 何が起こってるんだ。お母さんたちが、カーテンやパジャマを変えた?

 でも、カーテンもパジャマも新調された物とは思えない。

 何だろう。倒れた拍子に頭を打って、物の見え方が変わったのだろうか? 

 頭の混乱を鎮めようと、勉強机の椅子に腰を下ろす。


 と、そこで私は、また不可解なものを発見した。

 勉強机の前の壁には、壁掛け式の収納ポケットが吊るされている。ポケット部分

が透明で、中身の見えるタイプのものだ。

 アクセサリーやら、ヘッドホンやら、USBメモリやら、色んな物が種々雑多に

放り込まれている。お菓子まであるよ、誰だ入れたの? って、私だし。

 その中に、剛ちゃんからの絵葉書が入っているのを発見して驚いた。

 えー!? うそー!! なんで、ここに?


 剛ちゃんからの絵葉書は私にとって宝物。

 剛ちゃんは五年生の一学期でアメリカへ引っ越していった。私が寂しい夏休みを

過ごしていると、剛ちゃんから絵葉書が届いた。その後、三ヶ月程のあいだ、十日

に開けず、剛ちゃんから絵葉書が送られてきた。どの手紙にも簡単な一文が添えら

れて。

 最初の葉書には、現地で日本人学校に入ったけど、馴染めなくて寂しいから手紙

を送る。と書かれていた。でも、きっとそれは嘘。本当は、日本で寂しがっている

私を元気付けるために、手紙を送ってくれたんだ。

 その心遣いが嬉しくて、私は剛ちゃんの居ない寂しさに押し潰されずにすんだ。

 だから、剛ちゃんからの絵葉書は幼い頃の私の宝物。普段は鍵のかかる引き出し

にしまいこんでいる。


 それなのに、引き出しにある筈の絵葉書のうち6枚ばかりが、ポケットに順番に

入れられている。それも、何故か通信欄が見えるように入れてある。逆だろ普通。

絵の方を見せるようにするのが常識的感覚。

 あれ?

 よく見ると、あて名が「Mana Satoh」になっている。

 剛ちゃん、こんな間違いしてたっけ?

 まあ、それはよい。

 誰が一体、収納ポケットに入れたんだろう。

 お母さん? まさか…。お母さんは勝手に私の部屋に入ったりしない。

 お父さん? これは絶対ありえない。お父さんが、私の部屋に入ることは絶対に

ない。それこそ、本当に絶対にだ。私のお父さんはそういう人だ。

 それに、部屋に入ったとしても引き出しの鍵が開けられない。鍵が壊された様子

もないし、一体全体どうなってるのだろう。

 それとも、自分のやったことを忘れたのだろうか?


 今直ぐ困る訳ではないから、取り敢えず、このままにしておくけど。

 そう考えながら、ベッドにドカンとお尻から倒れこんだ。


 けれど、私の体験する不思議はまだまだ続く。


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