橋上マーケットの子供たち
一日二千字の目標が早くもヤバい
「こーんーにーちーはー、せーかーいー」
わたしは一音づつ、ゆっくりと発生する。慣れ親しんだ直線時間への、帰還の挨拶だ。
自己参照翻訳をすることである程度は自分と、それを取り巻く世界の情報が入ってくる。
さっきまでよりは元の世界に近い構造に感じる。もっとも、元の世界に触れた経験などはそう大したものではないのだが。
足元に目を向ける。砂利を踏み固めた簡易な舗装路の上にあるのは、履き慣れたスニーカーだ。"ガンダルヴァの城"では部屋のスリッパのままだった。余所様のお宅で自分のスリッパというのに違和感を感じていたせいか、この世界がわたしのイメージから読み取って自然に感じるよう翻訳してくれたらしい。外部からの存在を受け入れるシステムがあるのか。それなら多少は美形にしてくれてもわたしは一向にかまわんのだが、残念ながら変わったのは靴だけのようだ。眼鏡を外しても視力は変わっていないし、チートな怪力や魔力など不思議パワーらしきものも感じない。
ぞろぞろと行商の一団がわたしを追い越していく。向かう先は巨大な都市の防壁にかかる橋で、都心の繁華街並みの人出がある。入城待ちの列、ではなさそうだ。都市側の門は開放されていて、門前朝市といった風情。橋の両側に隙間なく露店が並んでいる。
ファンタジー世界に来てまで人混みを歩く羽目になろうとは、と思いつつ、行商団の連れですよといった顔で後をつけながら露店を観察する。レギンスにパーカーという姿でも不自然さがない程度には翻訳が入っているので、特に注目されずに済んでいる。習熟したら自力で変身できるようになるのだろうか。嫌だ、20歳で魔法少女とか痛い。
取引されているのは主に野菜や果物、卵や牛乳といった生鮮食料だ。近隣の農村から売りに来ているらしい。たまにジャムや干し果実、チーズ、漬物、乾燥ハーブ、塩漬肉、海産物の干物や燻製といった加工品もある。海も近くにあるのだろうか。食文化にあまり違いはなさそうでひとまず安心かな。
ただ、魔物の肉を売っている商人も僅かに見られた。角兎、槌猪、針玉鳥といった単語を商談から拾う。畜肉でも貴重な農家ではまず食べられないご馳走で、都市でも高級嗜好品の部類のようだ。狙って狩れる獲物ではないらしく、臨時収入への期待がその行商の熱意から読み取れる。日本で言うと松坂牛や神戸牛よりも高い。
ちなみに金銭感覚は【完全翻訳】が真っ先に周囲の会話から拾い集めていて、既に血肉化したと言っていい。貧乏学生の悲しい性だ。どうせ無一文なので買物などできないのだが。言語や為替換算を気にしないでいいというのは楽だが旅情は削がれるな、と贅沢な感想を抱いてしまう。
都市側の橋の袂から門の内側を覗くが、人混みで街の様子は見えない。転送地点から都市内部は十分に誤差範囲だ。マイアさんはあの中だろうか、と思いつつも引き返す。都市内のルールとか常識というものは、誰でも知っているから誰も口にしないものなのだ。
当てもなく都市をうろつき、何か非常識な行動をとって注目されるのは避けたい。
来た道を戻り、今度は河原に下りる。かなりの数の小舟が係留されている。市場の規模に対して荷馬車などが少ないなと思っていたが、水運の比率が高いようだ。そりゃ農業にも水が必要なんだから川沿いに住むわな。売物なのか買物なのか、見張りも付けずにリネン類など積みっぱなしの舟もある。治安がいいのだろう、道行く人もどこか平和に充足した顔をしていたし。高度成長期の田舎のおっちゃんという感じで、仕事とビールさえあれば毎日笑って過ごせるという人種の表情だ。
河川には中ほどにも整然と小舟が舫われている。ナロウボートというか、艀のようなものが橋桁に係留され、その上を商品を抱えた人が行き交っている。眺めていると、その荷物は橋の上に滑車で荷揚げされていく。係留すらせずにすれ違いざま荷箱を置いて帰る舟も多い。橋の上だけでなく水上の交通も合理的というか、非常に秩序立っている感じだ。
ファンタジー世界とは思えない文明度の高さに思わず見入ってしまったが、子供たちの歓声が聞こえて我に返る。いたいた、あの集団がわたしの目的だ。行商人の子供で仕事の手伝いができるほどではないが、集団で迷子になるほど幼くもない。
大概どこの国へ行っても子供の柔軟性というのは非常識にも寛容なもので、わたしがこの世界の住人ではありえないような無知を晒しても、そんな奴もいるんだくらいにしか思わないはずだ。何より、大人のように仕事に追われていないのでいろいろ教えてもらえる可能性は高い。新入りとして先輩方から教えを請おうじゃないか。なんならスキルで手品程度のものを見せてあげてもいいしな。
「おーい、君たち何やってんのです?」
「だれ?」「なになに?」「へんなかっこー」
「変じゃありません。おねーさんはミミといいまして、旅人ですがお金もないのでヒマなのです」
「はたらけよー」「けっこんしないの?」「ふりょーむすめ?」
子供は残酷である。
「あー、学問の徒なので、師を探しにきたのです」
「じゃあまほうくんれんする?」
一番年かさに見える少年が、おもむろに両手を差し出す。
光の粒子が集まったかと思うと、右の掌に火の渦、左の掌に砂の渦。
左の掌を逆さにするが砂の渦は落ちない。砂に再び光が混じり、染み出すようにゆっくりと下降して水流の渦となる。
次は右の火から光が立ち登り、空気に溶けて消える。陽炎の揺らめきから、空気の渦だとかろうじて分かる。
その空気の渦に左の水の渦を載せ、砂の渦から左手をそろりと離す。落ちない。
右手に載った地・水・風・火の4つの魔法。
「四輪塔。これできんの、まだおれだけ」
四重の魔法は2~3秒その姿を維持した後、独楽が倒れるように崩れ、光の粒と消えた。
少年は全力でなんてことないぜ、というポーカーフェイスをつくっているが、鼻の穴がヒクヒクしている。周りの子は混じりっ気なしのドヤ顔である。
Oh...最初に話した異世界人が魔法使いとは。当たりを引いたのか、ありふれてるのか。
「マイアせんせーはもっとすごいんだよ!」
一番年少らしい幼女がクリティカルヒット。大当たりだった。
「マイア先生?その人、どこにいるか知ってる?」
「「「「上!」」」」
全員が天を指差す。
「橋の上?」
「「「「もっと上!」」」」
思わず見上げる。・・・天国とかじゃないよな。まさかまた別の異世界とかってオチは・・・。
「いたー!!マイアせんせー!!」
幼女が指差す先には、ふわふわと浮遊しながら向かってくる日傘の魔女。
マイア・ポピンズその人であった。
スマホで見たら画面真っ黒でビビった
皆さん改行とかスペースとか気づかない部分で工夫されてるんですねぇ