表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パスタが茹だるまで  作者: まのひこ
プロローグ・迂闊な鸚鵡と面倒な女子
3/4

翻訳家という名の破壊神

作中に登場するファイル交換ソフトの使用やファンサブ行為は読者諸賢がお住まいの世界では法律に抵触するおそれがあります。本作にそれらを推奨する意図はありません。プロローグで早くもこんなんで大丈夫かしら。

わたしを眺めているわたしがつぶやいた。


「現代人の脆弱なアイデンティティがファンタジー世界で維持できる訳ないんですよねぇ」


そんなわたしを眺めているわたしがつぶやいた。


「何言ってんだか、世界の怖ろしさなんで最初から知ってたくせに。

つくられたファンタジーで見せられるよりずっと前からさぁ」


わたしはわたしで、そんなわたしを眺めてつぶやいた。


「だね。こんなドラマ昔あったねぇ・・・」


それは、たまたまファイル交換ソフトで拾った古いアメリカの刑事ドラマだった。

ヌーヴェルヴァーグの影響をモロに受けてる感じで、ほぼ全ての台詞に掴み所がない。その内容はというと、事実と噂が違う、本音と建前が違う、発言者と通訳の話が違うといったものからエスカレートしていき、発言と字幕が違う、発言と吹替音声と字幕が全て違うなどメチャクチャになっていく。最後には何も信じられなくなった捜査官役の主人公が叙述トリックであるであることを暴露し、脚本と違う事を暴露し、ドラマの監督を逮捕して去っていくという悪ふざけのようなメタなオチだった。

誰も知らないような地方のケーブルテレビが誰も知らないプロダクションから買ったものらしく、ネット上には一切の批評もデータも存在しなかった。一体誰が何故動画を上げたのかもわからなかった。高校時代のわたしはこの謎の動画に取り憑かれたようになり、知り合いに観せまくった。研究・解説サイトを立ち上げ、翻訳を改訂し続けた。どちらともとれる台詞、造語と思われる単語、明らかにわざと聞き取れないようにしている箇所が多すぎて、本文より用語集やノートの方が遥かに容量が大きかった。日本の友人はもとより、英語圏でもフランス語圏でも全く相手にされなかった。"衒学的なクソ""時間の無駄"と言われ続けた。

それでも、当時のわたしにとっては、その動画は真なる世界への鍵だったのだ。

今でもファンサブを続けているのは、当時の伝わらない事の悔しさが残っているからだろう。

だからわたしは、翻訳の難しさと重要さが分からない奴は許せないのだ。

めんどくさい女なのだ。決してファンタジー世界に呼ばれたり、チートを授かるべきキャラではないのだ。


理解が理解できる程度に落ち着いてきた事を理解したわたしは目を開け、しょぼくれた鸚鵡爺さんを眺めた。開口一番、


「すまなかった。まさかスキルを得たばかりの人間が相互参照翻訳、自己参照翻訳、世界構造翻訳まで、それも並行して起こすとは、完全に儂の考えが甘かったとしか言えん。【完全翻訳】は管理者権限でイナクティベートしておいたが・・・これだけ高次世界理解が進んでしまってはな、スキルに拠らずともここにいるだけで知性が拡大していくだろう」


などとのたまうものだから、半泣きで小一時間ほど(以前のわたし風に翻訳)説教くれてしまった。ついカッとなってやってしまったものはしょうがないが、これはかなり恥ずかしいことだ。相手は超越存在(スーパービーイング)で、わたしはアマチュアの学生にすぎないのだ。


「本当にわかってるんですかぁ~!?」


「も、もちろんだ、何を翻訳すべきか、何を翻訳すべきでないかは相手にゆだねるべきで、翻訳行為それ自体が品性と慎みを備えたコミュニケートの手段である、と」


「そう、それ即ち相手を知りたいと願う心!即ち愛!!」


わたしは酔っているのだろう、世界との急激な知的合一によって。まったく、おんな子どもと酔っぱらいの言うことは翻訳が難しい。あれ、わたしは役満じゃないか。わはは。


「そこでだ、【完全翻訳】を意識的に制御できるスキルがあるんだが、受け取ってもらえるだろうか?【翻訳設定コンフィギュレイション】という」


その単語を聞いたとき、背筋がゾクリとした。こう見えてわたしはこの世界をかなり理解してしまっている。この鸚鵡、もしかしなくても、管理者として迂闊すぎる。


「はぁ・・・便利そうではありますけど・・・いいんですか?」


「もちろんだとも、普通の人間に扱えるようなスキルではないのだがな、今の君なら大丈夫だろう。これで娘とも相互理解を深めてやってくれれば幸いだ」


鸚鵡爺さんの瞳の奥が輝き、脳内アナウンスが響く。


<管理者シュカ・グナサーガラより【翻訳設定】が転写されました>


脳内に歯車のアイコンが浮かぶ。意識を集中するとフォームタグのウインドウが開く。

左半分がFROMで右がTOだ。

FROMには上から順にカテゴリの項目が並んでいる。


--------------------------------------

世界:暫定世界"ガンダルヴァの鳥籠" 自動検出 その他

言語:ヒンディー語(現代) ネパール語(現代) タミル語(現代) サンスクリット語(現代) 英語(現代) 日本語(現代) 魔法(現代) 自動抽出 その他

媒体:聴覚 視覚 嗅覚 魔法 その他

強度:完全 母語 日常基礎 手動設定

方言設定:自動検出 その他

--------------------------------------


鳥籠て。やっぱり封印された邪神とかそういうやつじゃないのかこれ。


世界:その他を選択。項目内に「管理世界」が並んでいる。スクロール。あった。

グレーアウトした管理期間満了世界のトップだ。


「管理期間満了世界/地球型/トリスマテリア-11.3.6」


「今は視覚的に設定しているだろうが、習熟すれば意識すら必要なくなる。向こうに着いたらいろいろ試してみるがよい。呼称は"管理世界/亜地球7型/グロソラリア-4.1.2"だ」


「分かりました。もっと訊きたい事もたくさんありますけど・・・」


「ここの影響を受け過ぎれば帰ってから難儀する。それに儂が教えられることは大概は娘にも教えられる。ただ、他の移入者や外部存在には注意せよ。スキルも常識も通用せんのが稀にいるからな。【完全翻訳】ならば判別は可能だろうが、さっきのように予測不能な暴走も無いとは言えん。千日手ならまだしも致命的なエラーでdev/nullにリダイレクトされかねんからな」


嫌なフラグ立てんな。

それからマイアさんの特徴などを親馬鹿UZEEEと聞き流して、わたしは転送された。

その間、内心慄きながら、片っ端から設定にロックをかけまくっていた。例えば。


「言語:その他」を選択。「新規入力」を選択。>「質量」


TOの項目に出てくるのは3つ。


「エネルギー」「情報」「その他」


今や我は死神(カーラ)なり、世界の総べてを破壊する者なり。ってか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ