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パスタが茹だるまで  作者: まのひこ
プロローグ・迂闊な鸚鵡と面倒な女子
2/4

完全翻訳の暴走

毎日五千字くらい書いてる人って本当にすごいなと思います(小並感

ラジオは相変わらず名曲を奏でている。リフレインしているのではない。スロー再生でもない。時間の芸術である音楽が、時間を失ってなお芸術として存在し続けていた。

テーブルを見れば、大半を食べられ皿と共に消えたはずのスープスパが一人前、奇麗に盛り付けられていた。ハーブブレンドの紅茶が淹れたての湯気をのぼらせていた。


「・・・じゃあ、どうすれば?」


「ひとつには、儂の力で結印を無効化、消滅させて直接送還する事だな。ただしその場合、儂は君の国、君の時代に存在した事がないからして、どうしてもズレは出る。また、奇跡的にズレがなくともパスタの芯が崩れてアルデンテではなくなってしまう。それらを了承してもらう必要がある」


「パスタは諦めるとして、どのくらいズレるんですか?」


「前後に10年、範囲100kmというところか」


はい無理。10年前の東京湾にドボンとか、丹沢の山奥から出てきてみたら10年経ってましたとか、大事件だわ。


「他に方法はないんですか?」


「もうひとつには、迂遠ではあるが、結印を少々弄ってこことはまた別の世界へ転送する、という方法もある。そこで茹で時間を潰してもらえば元に戻る。パスタもアルデンテだ」


アルデンテはどうでもいいわ。むしろ柔らかめが好きだわ。


「どんな世界かって分かります?」


「一般に剣と魔法などと呼ばれる管理内闘争の段階にある若い世界だな。魔物、つまり自然の動植物への敵対存在もあるが人類生活圏からは駆逐されているので問題はなかろう。ベースの設計は君の世界と共通しているから馴染めない事もないはずだ」


うわ、よくわかんないけどありがちなファンタジーってことですか。まあ安全ならいいか。東京湾ドボンとか、ヘタすると高速道路グチャリな展開さえなければ。


「そこで茹で時間の7分くらい待ってればいいと」


「いや、世界は若く小さい時代であろうと演算処理能力に変化はない。この時代のサイズは君の世界の2千分の1だから、2千倍の速度で回っている事になる」


ん?


「それはつまり、どういう事ですか?」


「君の世界の7分間はそこでは1万4千分間、10日近くになるな。まあ、結印はもっと早く解けるだろうから一週間程度だろうとは思うが」


・・・マヂデスカ。魔物もいる見知らぬ土地で一週間以上の生活、というかサバイバル?


「心配いらんよ、そこには儂の娘が滞在していてな、娘をアンカーにして転送するから誤差は1kmも出ないはずだ、見つけたら頼ってくれていいぞ。異国文化に理解のある子だからな。というか是非とも友達になってやって欲しい」


急に親の顔を見せる鸚鵡爺さん。なんかイラッとくる。わたしは娘へのプレゼントって訳かい。最初からそれが目的だった?いや、確かに妥当な解決策かもしれないし、さすがに"わたしの世界に飛んでそのアンカーとやらを設置してきてくれ"とかは言えないけどさ・・・


「いや、親御さんの紹介だろうと見ず知らずの方に一週間以上もご厄介になるのは・・・そもそも言葉は通じるんですか?」


「今も儂と通じておろう。これは【完全翻訳(トランスレイション)】というスキルの効果で、ある程度知性の共通する個体との間であらゆる通信を可能にする優れものだ。進化段階が両生類以下の相手ではちと難しいがな。こっちと向こうでアクティベートにして渡しておこう」


「えっ?ちょっ・・・!?」


鸚鵡爺さんの瞳の奥に光が見えたかと思った瞬間、頭の中にアナウンスが響いた。


<管理者シュカ・グナサーガラより【完全翻訳】が転写されました>


誰かが、いや、それはわたしだ、そいつが叫んでいた。


「((何するんですか!やめてください!!))」


その口から出るのは全く聴いた事のない言語。なのに、完全に理解できる。できてしまう。

自分の発言を完全に理解できる人間などいるだろうか?

日本語を完全に理解できる日本人などいるだろうか?

わたしには、どちらも到底不可能だ。

であるのに、耳慣れぬことばを発するそいつのことばを完全に理解してしまった。

完全に、というのは、そのことばを発する動機、背景、全てということだ。

その怖れを。トラウマを。ここへ来て常に感じていた苛立ちを。それは、


"この世界は常に、完膚なきまでに翻訳され尽くしている。わたしひとりに向けて"


常にわたしに理解できる範囲に合わせて切り取られ続ける世界。

時のない世界で生きている、わたしという存在も、わたしが理解できる形に切り取られている。

鸚鵡であり、お爺さんであり、時を、世界を超越したあの存在もまた、遥かに矮小なわたしに合わせて切り取られている。

その切り口が完璧すぎて、鮮やか過ぎて、却って幻視してしまうのだ。

削られたことばを、翻訳され得ぬ原初の世界を。その、生々しい素顔を。

理解が理解を超えて理解されていくのが怖くて、わたしは絶叫し、息が止まるまで絶叫し、ぶっ倒れて気絶した。

もちろん、"気絶"なんてのも以前のわたし風の理解で翻訳したに過ぎないのだが。

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