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パスタが茹だるまで  作者: まのひこ
プロローグ・迂闊な鸚鵡と面倒な女子
1/4

ガンダルヴァの城

初投稿です。

書き溜めもなくオチも決めずの見切り発進。

どうなることやら。

「非常識ですねぇ・・・」


思わずつぶやきが漏れた。無理もない。

パスタを茹でていたと思ったらいつの間にかインドだかペルシャだかの宮殿っぽい建造物の前にいたのだ。何を言っているのかわからねーと思うが。わたしにだってわからない。翻訳不能だ。

辺り一面、見渡す限りの大海原。その上に浮いて揺らめく白亜の城。湯気で曇った眼鏡を外し拭くが、その景色は頑として変わらない。


弁解しておくが、わたしは至極常識的な凡人である。大木凡人に似てるねって言われたこともある。ほっとけ。海外ドラマのファンサバ―として零細コミュニティ内で多少の評価をされている程度で、何も特筆すべき所のない地味な人間である。こんな非常識な幻覚を見せられる謂れはないのである。


そう、幻覚である。なぜなら部屋で点けっぱなしのラジオからはオールディーズのナンバーが流れ続けている。更に先程開けたばかりのクラムチャウダー缶と数種類のハーブの香り。聴覚と嗅覚は正常に機能しているようだ。海上だというのに潮風も日射しも感じない。

それだけに一歩踏み出すのは躊躇われた。現実のわたしはキッチンで鍋を火にかけているのだ。下手に動いたら火傷するかもしれない。そろりと足を振ってみるも壁や棚に当たるようなことはないし、足場を踏み外して水没することもない。この身体感覚も幻覚なのだろうか?ともあれ、この場で踊っていても夢から覚める気配はない。手がかりがあるとすればこの建物を調べるしかなさそうだ。意を決して巨大な扉に手をかけると、全く重さを感じさせずに開いた。


その部屋は幾何学模様に埋め尽くされ、遠近感というものが存在し得ない空間。曼荼羅のような、正教会のイコンのような。同じパターンの羅列がゲシュタルト崩壊を起こす。

そんな場所には明らかに不釣り合いなわたしの安っぽいラジオが置かれている。テーブルに置かれているのはやはりわたしの皿、そしてわたしが作る予定だったクラムチャウダーのスープスパ。それをわたしのフォークとスプーンで器用に食べる一羽の鸚鵡。

その動作、造形、色鮮やかさ、紛れもなく鸚鵡である。アニメのように擬人化されている訳ではなかった。それがなぜ、どうやって食器を使いスープスパを食べられるというのか?

鸚鵡は鸚鵡であると同時に人間のお爺さんでもあった。二重露光のように姿が重なって映る、という事でもない。何か視覚以外の方法で、鸚鵡である事、お爺さんである事を彼は伝えているのだ。


「ようこそ。ここに客人が来るのは久しぶりだ。歓迎するよ」


食事の手を止め、鸚鵡が渋い声を発する。


「お邪魔してすみませんが、ここは・・・?」


「困惑するのも無理はない、ひとつづつ疑問を片づけていくとしようか。

ここは遥か時の果てなる蜃気楼、"ガンダルヴァの(ナーガラ)"。そして儂が城主のシュカ・グナサーガラ。大洋の如き徳の鸚鵡、という意味だ」


自慢げに胸に手を、あるいは翼を当てて一礼する鸚鵡。


「鏑木ミミといいます、自宅で料理をしてたんですが・・・」


「ミミさんだね。名前の通り美味なる料理をありがとう。お茶もいただいても?」


「え? はい、でもまだ料理できてなかったんですけど」


「問題ない。儂のようなガンダルヴァの食事は"心の彩(ラーガ)"や"霊的滋養(フォイゾン)"と呼ばれるものでな、色や香りや楽の音などで十分なのだよ。試してみるかね?」


立ち上がった鸚鵡爺さんが、まだ残っているスープスパの皿をこちらへ滑らせる。

城主が客に食べ残しを出すのってどうなの、と思いつつ皿を手に取ると、それは香りだけを残して空気に溶けるように消えてしまった。

悪戯が成功した、という笑みを浮かべながらわたしのお茶が入っている棚を物色する鸚鵡爺さん。


「もちろん実際の食材に手を付けたりはしていないから安心して欲しい。君の国におわす神々とてお供え物をムシャムシャしたりはしないだろう?ここで君の口に合うものを振る舞えないのは申し訳ない事だが、戻る頃には程良くアルデンテになっているだろう。うん、カモミールか。これはいい。君は茶の趣味も良いな」


鸚鵡爺さんはわたしのオリジナルブレンドを選ぶと、わたしのヤカンからお湯を注いで香りを楽しむ。

わたしのお茶や料理は別に趣味というほどのものでもないし、ましてや女子力アピールなんかでもない。歳を経てインドア派になったので、日々なんとなく五感が衰えていく気がしていて、そんな時に海外ドラマに出てきたハーブやスパイスを買ってみただけなのだ。そもそも経済的事情に迫られての自炊なのだ。食べられるから無駄にならないという免罪符のついた小物集めみたいなものである。

そんなことより、だ。重大な情報を聞き流すところだった。


「戻れるんですか?」


「もちろん。この世界への道を開くのに儂が用意した鍵がいくつかあるが、まずはこの情調旋法(ラーガ)


そう言ってわたしのラジオを手に取る。


「これはかつて儂がとある英国人に教えたものだな。リシュケシュだったか。鍵として機能するほど高まるとは思わなんだが」


自宅のラジオでも流れていたそれは世界中の誰もが知る、ロック史に刻まれた名曲である。しかし、こんなに長い曲だったか?体感ではとっくに終わっていてもいい頃だ。


「他にもいくつかある。特定の条件下で採れた牛の乳や香草もだが、この城を建てる為に使った蛤の直系子孫が強力なアンカーになったのだろう」


貝にも家系図があるのか。戻ったら食べてもいいのかな?というか、自分の好きな食べ物を鍵にして呼び込むってこの鸚鵡は食いしん坊さんか。


「そして最大の要因がパスタだ。用意した鍵を使う為には各々の奉納物を結んで象徴的意味を与え、、祈りを示す印と成さねばならんのだが。そのパスタ、唐国の易者が用いる算木の様にはたらいたのであろうな」


パスタを投入するときって上手くバラけたらラッキー、とかやるよね。わたしもやった。やっちまった。易者の算木って、占いで使うやつだよね?神様にお伺いを立てようとしたら神様の領域に侵入しちゃいましたってか。どこのスーパーハッカーだよ。


「埒外な偶然が重なった結果ではあるが、いずれパスタは煮えて結印は解けよう。数多の祈りを乗せた楽の音は止もう。さすれば自ずから戻る。問題は」


あ、やな予感する。


「ここには時の流れがない事だ」

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