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1-3 廻る儚き命の車輪から外れし者は自由への讃歌をかく語りき──もしくはある吸血鬼の一日

 繁華街へと移動し、行きつけのバーへと向かう。

辺りは既に飲食店の匂い、アルコールや、料理、そして生ゴミだな。そういった様々な匂いに包まれている。何となく湿ったような、あの匂いだ。仕事帰りに一杯飲んだのであろうサラリーマン達が、賑やかな学生の集団の騒がしさに眉をひそめている。


その集団を横目に、大通りから脇に入った路地の、更に枝分かれした細い路地へと歩を進めた。

そこが我々の行きつけのバー「プランシング・ポニー」だ。


 吸血鬼というのは新しい飲食店を自力で探すということが出来ない。しないのではなく、できない。

 理由はよく分からないが、吸血鬼は招待されていない建物には入れない。土地か建物の魔力と反発するのだろうか。

 美味そうな店が近所に出来たのに足を踏み入れることが出来ず、悔しい想いをしたものだ。その点で、こういった店が行きつけにあるというのは幸運だ。


 このことを知る人間は「不便な奴らだ」と嗤っていたが、人間はこの特徴にこっそり憧れていると俺は知っている。

 最近になってようやくインターネットの仮想空間上に「招待されないと入れない場所」を作り上げた。あの「場所」を作った連中は、恐らく吸血鬼のことを知って憧れていたのだろう。我々の真似をして楽しんでいるのだ。


「たぶん違うと思うの」


ミラの感想はさておき、人気のない路地の壁にある薄汚れた金属の板に手を伸ばす。

躍りはねまわる仔馬が見事に彫られた、しかしそれと知らなければ誰も気が付かないだろう錆びたレリーフ。古めかしいレンガ造りの壁に埋め込まれたプレートに触れた手から、自身の魔力を流し込む。


壁に緑色の文様が一瞬浮かび上がり、すぐに消えた。

鈍い音を立てながら、レンガが転がり始める。こういった繁華街に行くとどこから入るのか分からない建物がたまにあるが、ああいうのは大抵このように入口が隠されている。


壁に人が一人通れるくらいの穴が開いた。その奥には地下へ続く階段。

緑青のせいで手からツンと鼻にくる金属の臭いを嗅ぎながら、ミラを伴って地下へ進む。



「あら、いらっしゃい」


地下にある店の扉を開くと、からんころんという澄んだ鈴の音と、鈴と同じくらい澄んだ声をかけられる。このバーの店主、サラだ。

レンガに囲まれた店内は薄暗く、暖色系の灯りがサラの灰色の髪と壁を照らす。席には先客が一組。見知った顔が並んでいる。

 

「ミラちゃんは久しぶりね」


「ん。ご無沙汰なの」


「おうおう、相変わらずベッピンさんだなミラちゃんは」


入口近くに座っていた「プランシング・ポニー」の常連客、マサシが朗らかに声をかけてくる。鼻をひくつかせながら、人懐っこい笑みを浮かべている。その手にはミルク。彼はアルコールが苦手だ。


「それで今日は、旦那に連れられてどうしたんだ?」


「旦那じゃないの」


マサシがミラをからかう。いつものことだ。もうオッサンと呼んで差し支えない歳のこの男に、軽いセクハラは日常茶飯事だ。気にしてはいけない。


「そうよねえ。浦戸くんは、アタシの旦那だもんねえ?」


 マサシと飲んでいた、透き通る肌をした美人が話しかけてくる。こちらは……うわあ、ウオトカをそのまま飲んでいる。身体全体から酷いアルコール臭が漂ってくる。

 鼻の良いマサシに彼女の臭いは厳しいのか、少し顔をしかめる。先ほどまで一緒に飲んでいたのだから、これでも昔に比べれば慣れた方だろう。


「おいショーコ、お前、食うんじゃないぞ?」


「あらあ、浦戸くんを食べるつもりなんかないわよお? ただちょっと味見しようかなって」


瞳をとろんとさせ、うるんだ肌でべたべたとまとわりついてくるもう一人の常連客、ショーコ。いつのまに背後に移動したのか。こちらでもセクハラ気味の言動。ある意味、マサシとは似た者同士だろう。

今日は別に彼らと遊びに来たわけじゃない。ショーコをするりとかわし、カウンターへ向かう。ミラとでも遊んでいてもらおう。


「それで、今日はどうしたの? 何かご注文?」


「最近ミラが血を飲んでいないんでな。ついでに俺もたまには美味い血を飲もうかと」


「血液ね。たまには輸血パック以外も飲みたくなるわよねえ。それで、どんな血液がお望みかしら? 「いつもの」でいい?」


「ああ、俺は「いつもの」で頼む。」


「ミラも同じ」


ショーコに組み敷かれて身動きのとれないまま、苦しそうにミラが付け足す。全身をべったりと押さえ付けたショーコは一方楽しそうだ。こういうシーンこそ動画配信したらお金になるのではないだろうか。


「じゃ「いつもの」2つね。えーっと、それじゃあ、この辺りの仕事をやってもらおうかしらね」



――――



騒がしいお店が並んでいる。

もう夜も遅いから、周りには酔っ払った大人たちがいっぱい。

たまにこちらにイヤらしい目が向けられている気がして、居心地が悪い。

こっちからもにらみ返してやるけど、なんだか変にニヤニヤしだすから余計に気持ち悪い。


まあ女子学生がいるような場所じゃないのは確かだ。

正直、こんなところにいたいわけじゃない。それでもあんな家にいるよりはマシだ。


お酒を飲んだ大人って、どうしてこうなっちゃうんだろう。

あと数年もすればクラスのみんなも、こんな風になるんだろうか?


大きな声でわめいたり、他の人の悪口を言いふらしたり。

向こうでは気弱そうなお兄さんがコワいおっさんに絡まれている。


……こうして改めて考えてみると、別に今でもあまり変わりないか。

自分がこれまでにされてきた「ただのスキンシップ」の数々を思い出すと、

そこまで人は成長しないのかなって気になってくる。


学校でも、家でも、ロクなことがない。

ただただ耐えるだけの毎日。


よくイジメ防止のCMやなんかで「黙らずに声をあげよう!」みたいなのあるけど、あんなの作った人はイジメられた経験がないんだと思う。

声をあげたって、次がもっとヒドくなるだけなのに。

何も言わずに耐えるしか出来ない自分に腹が立つのも通り過ぎて、

もう何もかも嫌になってきた。


正直、もう生きるのが嫌だ。


何のための生きているんだろう。


これから先の人生って、どうなっちゃうんだろう……?



そんなことを考えながら歩いていたら、いつのまにか人気のない路地に入り込んでいた。


「おい、そこの嬢ちゃん」


急に低い声をかけられて思わず振り返った。

その視線の先には、こども?

私が言うのもなんだけれど、こんなところに?


「こんなとこで何してんだよぉ?」


「退屈してるんだったらオレたちと遊んでいかねえか? ヒヒッ!」


背が低いからこどもだと思ったけれど、かけられた言葉や声は、どう考えても大人っぽい。

たまにこういう背の低い人も見るけど、似たような人が3人もいるとものすごく不気味。

変なお揃いの帽子をかぶっているせいで顔はよくわからないけど、何となくニヤニヤしているような、嫌な雰囲気だ。


夜中にうろついてると、こうした不気味な人はたまに見かける。


「…………」


私は足早にその場を去ろうとした。

悲しいことに私は絡まれ慣れている。

こういう時は無視して早く歩いて逃げちゃえば特に何もない。

結局のところ、わざわざ追いかけてきて何かをするほど私に強い関心があるわけじゃない。

だから、何にも言わずに走るのが一番いい解決策だと思っていた。


この時までは。



「おいおい、無視かよお嬢ちゃん?」


「無視はよくないって学校で教わらなかったのかあ?」


「そんな悪い子にはこうだ!」



――その時、飛んできたモノをとっさに避けられたのは、偶然か、私にほんの少し残っていた生きたいって気持ちなのか。


私の頬を浅く切って飛んで行ったナイフが、私の進む先の地面に落ちた。


「ひっひ! 惜しい!」


「……え?」


「さあ、先ずはオレから楽しませてもらうぜえ?」


「え? え?」


「人が来ない内にさっさとヤっちまおうぜ!」


今こそ「黙らずに声をあげよう」を実践すべき時だって頭ではわかってる。


「う、うあ、うあぁ……」


でも、声をあげようとしても喉が貼りついたようにカラカラで、変なくぐもった声しかでない。

あの言葉を考えた人は、こんな目に遭ったこともなかったに違いない。


自分より小さい、こどものようなオッサンが、気持ち悪い笑い方をしながら寄ってくる。

頬に手をやると、流れる血が手のひらを真っ赤に染めた。

近寄る姿が、血の赤さが、これまでに何度も経験した記憶を思い出させる。


きっと、また誰も助けてくれはしない。


そこまで考えた時、頭の中が恐怖でいっぱいになって、私は、何もできずに、目を閉じた。



その時、暗い路地に静かな声が響く。


「そこまでにしとけ」


マンガやドラマみたいなタイミングで姿を現したその人は、

マンガやドラマのようなイケメンではなかった。


普通の男の人。

どこにでもいそうなごくごく普通の男の人。

私の逃げようとしていた方向から現れた、どう見ても普通のその人は、この普通じゃない状況で、普通のことを話すみたいに落ち着いた声で話していた。


「単刀直入に聞く――お前らだな?」


「……なんのことだ?」


「心当たりはないのか?」


「なんのことだが分らんな、なあ?」


「ああ、何の話をしているんだお前さんは?」


「……そうか」


帽子の小男たちが、現れたお兄さんへ答える。


と、次の瞬間、お兄さんの雰囲気が「普通」じゃなくなった。


急に、街中の熱気が消えてしまった。

背中に氷を入れられたような寒気がする。


私の気のせいじゃない。目の前の3人の小男も突然の寒さに身体を震わせる。


夜中だというのに、いや夜中だからだろうか。

そのお兄さんは不思議な光、光だろうか?

なんか「オーラ」とかなんとか、なんとも表現のできないものを感じた。


お兄さんが無造作に手を一振りする。


たったそれだけ。


それだけで、帽子の小男の一人が凍りついたように動けなくなった。

ブルブル震えながら、その場に棒立ちになっている。


「て、てめえ! なにしやがる!」


「心当たりがないって? じゃあ、現行犯だな」


お兄さんは動かなくなった小男の足元を指さした。


そこには、さっき私が投げつけられたナイフ。

そのナイフが、氷をまとって小男の靴に刺さっていた。


小男は凍りついた「ように」動かないんじゃない。

凍りついた「から」動けなかった。


「さて、他人の「自由」を奪った罪を償う準備はできたか?」


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