1-1 太陽の死せる刻を過ごした闇の住人は安寧の糧を貪れり──もしくは夜勤明けの一服
初投稿です。よろしくお願いします。
ゴキゴキと肩が鳴る。
今日の夜勤は特に急変した患者さんもおらず平和なものだったとはいえ、働けば疲労くらいする。
休憩室で帰る準備をしながら、大きく伸びをひとつ。
時刻は午前8時。もう外は明るくなってきた。いやはや、今日も疲れた。
引き継ぎのための報告書だのチェックシートだの、面倒な書類もさっさと片付けて、帰って寝たいところだ。
仕事に入る前から流しに漬けておいた布巾を手に取り、そっと揉み洗いして水を絞る。
最近暖かくなってきたが、まだまだ水は冷たい。
ふと顔を上げて洗面台に備え付けの小さな鏡を見ると、自分の真後ろにあるロッカーが半開きになっている。
これは、夕方に帰った先輩のおっさんのロッカーだな。何とも不用心なことだ。
まあこの居心地の良い職場に盗みをするような奴もいないとはいえ。
取り敢えず閉めておこうか。このおっさんは最近お気に入りのラーメン屋ができたとかで、毎日のようにラーメン・チャーハン・ギョーザのセットを食べている。曰く、ラーメン屋の三種の神器だそうだ。
……臭い。ロッカーに近付くと、まるで料理の臭いが移ったみたいに臭い。ちょっと後悔したが、自分で決めたことなので仕方ない。覚悟を決めてロッカーを閉めてやろう。
なんで高々おっさんのロッカーを閉めるのにこんな悲壮な決意をしなくちゃならんのか。このことは後で注意して、飲み物の一つも用意してもらおう。
布巾で念入りに机を拭く。別にそこまで綺麗好きって訳じゃないのだが。
仕事が終わったので疲れた身体の栄養補給にといつものを飲んでいたら、少しこぼしてしまったんだ。こういうのはすぐにあとが残ってしまって、見つかると面倒なことになる。
せっかくの過ごしやすい職場を追い出されるのは勘弁願いたい。
机を綺麗にして、引き継ぎ書類も片付けて、布巾はまあ、持って帰るか。
とにかく、後は引き継ぎ内容について報告と打ち合わせすれば帰れるな。
もう一つ伸びをしてから、壁にかかった「浦戸」の名札を裏返して俺は休憩室を後にした。
帰宅の途中、コンビニに寄って朝食を買う。レジにいる店員は眠そうな目をした無愛想な大学生の兄ちゃんだ。どうせならもっと若い女の子が店員のところで買い物したいなんて言いたいものだが、どんな時間でも取りあえず店が開いてるってのは、俺のような立場からすると実にありがたい。
朝7時から夜11時まで営業しているのがウリのコンビニができた、なんて話題になったのがつい最近だというのに、今や365日24時間営業が当たり前。
いやはや、人の世は流れが早い。
太陽が顔を出して結構な時間が経った頃にようやくアパートの自室へ帰って、メールの確認をしながら少し冷めたコンビニ弁当を食べる。
俺は美味いものが好きだが、まあ、コンビニの食事に大して味の期待なんてしない。生きるのにエネルギーやら何やらが必要だから食べる。それだけだ。
とはいえ、コンビニ弁当だって一昔前と比べれば遥かに美味いもので溢れかえっているのだけれど。
食後に自前のいつもの飲み物を口にしながら、コンビニで暇潰しにと買ったペラペラした本をめくる。メールを見ながら食事したり飲みながら本を読んだり、マナーが悪いと怒られそうだが、長いこと独り暮らしをしていると、ただの栄養補給でしかない食事というのは何かをついでにしていないとやってられない気分になるんだ。
「実在する狼男!」「吸血鬼の弱点とは?」「夜道の口避け女にご用心……」
ろくに表紙も見ず適当に手に取った本だが、オカルトな内容だったらしい。「吸血鬼の弱点」なんて、なかなか笑える。
「十字架」「流れる水」「ニンニク」そして「日光」、まあありふれた内訳だ。
ひとつ疑問なんだけれど、なんでこの手の本って同じ内容のものが沢山あるのだろう?
内容も本当に吟味して出版しているのか疑問を持つようなテキトーな本だ。
まあ確かに流水やニンニクは苦手だし、あと鏡にも映らない。
でも吸血鬼だって、この通り、朝日を浴びた程度で灰になりはしない。
そりゃ苦手なのはともかく、太陽の光を浴びただけで灰になって死ぬって、そんなのこの地球に生きられる生物じゃないと思うぞ。
飲んでいた血液パックから口を離し、ゴミ箱に放り込む。
相変わらず、別に美味くも何ともない血だ。それでも、ちゃんと栄養補給はしないと身体に悪い。
毎日三食。炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、血液だ。栄養素をバランスよく摂るのは健康の基本。たとえ古くなって味気なくてもだ。他にないからしょうがない。
さて、そろそろお日様が容赦なく照りつけてくる。今日は休日だ。最後の一仕事にこの重たい雨戸を閉めて、カーテンもして、寝るとしようか。
吸血鬼の特徴、いくつか見つかりましたか?
見つけてもらえれば嬉しいです。