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新たな運命

「どうして!貴方は勇者としての役割を果たすことを、納得してくれていたじゃありませんか」


 その日、勇者は夢を見た。


 真っ白な空間に、一同に会しているのは世界を成り立たせている神々達。今の世ではイースという名前を得ている勇者には、眠りに入ったと思った途端に目の前に広がる光景が、決して夢ではないと知っている。それは正真正銘本物の、勇者をこの世界に連れてきた神々であると知っている。

 涙涙で訴えてくる中心の神が司っているのは、運命。

 マリリアーナが激高した運命をイースに、生まれる前に授けた神だった。

「う~ん、ごめん、ごめん。母ちゃんの勢いがあまりにも凄くて、流されちゃった」

 アハハっと笑うそこから、あまり強い反省は見いだせない。楽しそうにしているようにも見えるものだった。

 イースの口調も態度も、神を前にして行うには砕けていた。その上、マリリアーナには決して見せたことのないような、年から言っても不相応な程に大人びているように感じる口調と態度だった。

 ごめん、ごめん、と運命の神に謝る姿は、長年の友人にしているようなもの。

「流されっ!!そんな理由で!」


「いや、それだけじゃないんだぜ、理由は。流されただけなら、母ちゃんはあぁ言ってたけど二人で逃げ出そうと思えば逃げ出せたし。でもさぁ」


 ポリポリと頭をかきながら、イースの姿をしたその誰かは苦笑を浮かべた。


「でもさぁ、俺。もう母ちゃんは泣かさないって、こっちの世界に連れて来て貰う時にあっちの神様達にも、こっちの、その時には誰かも分からずにだけど、神様達にも誓ったんだよ。前の俺の母ちゃんの事は数え切れないくらいに泣かせちまったからさ。次の母ちゃんの事は絶対に、泣かせないで、幸せにしてやろうって」


 イースとして十二年の人生を歩んでいた勇者は、実をいえば運命の神によって異世界から連れて来られた存在だった。勇者という役割を果たす為に、世界を渡った魂。イースという今の名前の前は、安藤隆という名前の三十になろうかという男だった。

 定職にも就けず、毎日毎日バイトに追われ、漫画を読んでアニメを観てゲームに興じて誰とも会わず、それだけで一年を終わらせていっただけの人生。

 母親が「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、弟達もちゃんとしてくれているのに、どうしてこの子だけ」とそんな息子に涙を流していたことも知っていたが、俺の人生好きにして何が悪い、と苛立つことはあっても詫びようなんて思いもしなかった。

 死んだのは突然だった。あっけないくらいの、交通事故。酒のつまみでもと思って夜中にふらふらと外に出ていて、ひき逃げされたのだ。

 死んですぐに、運命の神によって勧誘され、趣味で読んでいた転生ものが俺のものに、なんて大喜びだったが、自分の葬式を見る事が出来た時にその興奮が少しだけ冷めるものを見てしまった。

 泣いていたのだ。お荷物でしかなかった筈のフリーターの、暗い道路をふらふら歩くという自業自得なところもある死に、「自分がつまみくらい作ってやれば良かった」とか、「私が代わってやりたい」と号泣していたのだ。しかも、葬式の時だけでなく、一日経っても、二日経っても、一週間経っても泣き続けていた。

 それを見て、そして異世界へとやってきた安藤隆イースは、勇者としてではなく、誰かの息子として生まれる自分に対して、こう決めた。

 絶対に母親を前のように泣かせない、苦しませない、と。

 出来なかった、しなかった分まで、今度の母に親孝行をしよう、と。


「まさか、花街のど真ん中、娼婦の息子に産まれるなんてビックリだったけど。母ちゃん、子供嫌い過ぎて自分から娼婦になったような姐さんが呆れて危機感覚えて、うっかり赤ん坊の世話を焼いたくらいに、大雑把で大変な性格だったけど。それでも俺の事を大切に愛してるくれてるのは、勇者の力として貰った人の心の中を覗く力のおかげで嫌っていう程知ってる」


 そして、と勇者は何処か母の覚悟を決めた時の表情に通じる、笑みを浮かべた。


「勇者と分かった後に、人間の醜さってものもよく分かったよ。でも、それでも勇者として、俺はこの世界に来たんだしね。役目は果たそうとは思っていたんだけど。だけど、此処までする母ちゃんや店に残った皆の覚悟、そうさせた何かを考えると、ね。そうなったら、母ちゃんについて親孝行をする方がいいって思っちまったんだ」


 パチパチパチパチ!


 やっばり母子であるとはっきりと示す似た顔と態度で、イースは宣言した。

 それを受けて、盛大な拍手が送られた。


「素晴らしい、素晴らしいですわ、勇者よ」


「げっ、結婚の女神!なんで此処に?」

 この場にいた神ではない神の声が、イースだけではなく、神々さえも驚かせた。

 それは、誓いの神の妻、結婚という誓いを司る女神、スクルド。感動にうち震え、突然現れたかと思えば、イースに固い包容を送った。


「なんと親想いの良い子なのかしら」


 結婚の女神は、結婚の誓いのその先、夫婦の間に産まれる子供の庇護神という役目も負っている。


「わたくしの子供達にも、本っ当っに見習わせたい程に良い子だわ」


「良い子って年でも無いし、」

 それでも、と自分を強く包容して、力強く自分の子供神達を引き合いに出して感動を示す結婚の女神に「ありがとうございます」と礼を言ったイース。


(こっちのルートも有りっちゃ有りだし、まともに勇者やってるより楽しそうっていうのもあるんだよな)


 選択を迫られたイースが魔王達と母の注目の中で選んだのは、母と共に魔王の庇護下に入る事だった。彼等に味方するのかという選択は後回しにして、まずは人間の為の勇者には成らないということを選択した。母と、そして花街の店に残っている家族も同然の娼館ロレンツの皆をあらゆる害意から護ることを、魔王から言質を取ることも出来たから、イースは安心してそれを選択する事が出来た。

 だが、だからといってイースが結婚の女神が感動しているような、純粋に親想いな子供と言えるかと聞かれたら、イース本人は否定する。それだけでは無いのだ。自分が面白そうだと言う考えがあるからこそだった。あちらの世界で見ていた転生ものでは王道ルートから、勇者が魔王について、というルートまで、幅広いそれがあった。王道ルートじゃなくてもいいかな、と、その方が面白いことが多いかも、という考えも大きかった。

 被害にあうことになる人々のことは、なんてイースの頭には無い。

 そういう意味では、神達は勇者にする人間を間違えたのだと思う。


 あぁ、だがイースがそう思ってしまう下地は、彼の十二年間のこの地での生活が大きく影響しているとイース自身も考察出来ているのだから、イースをマリリアーナの子供として、花街という環境に産まれるようにした神々がやっぱり、間違えたのだと思う。


 醜いものを多く見た。


 花街では人の本性というものが、普段の生活を離れた人々が何の枷もなく見せてしまうものだった。

 マリリアーナが魔王を前にした叫んだ主張を、イースは間違っていると否定しない。

 娼婦マリリアーナは、それを母として生まれた子供イースは、花街の外からやってくる人々にとって、金さえ払えば何をしても許される家畜、いやそれ以下の扱いを強いても許されると信じる存在でしかなかった。

 そんな状況の中で、堂々と胸を張って命を輝かせて生きている女達ははたちを、見た目は子供ながら大人の心を持ったイースは美しいと思って見惚れながら、今まで生きてきた。


 そんな彼女達を、イースの事を勇者だと告げ連れ去ろうとした、汚れ一つ無い美しい衣装を纏った一団は、当たり前のように穢らわしいと眉をしかめ罵り、イースにもそれを強いようとした。

-あんな母親などいなかったと思って忘れてしまってもいいのですよ。あなたは勇者なのですから。

-勇者様をこのような場所からお救い出来る役目を任された名誉を光栄と思っております。

 何度思い返しても不思議だった。

 子供に母親と家を悪く言って、何故子供が言う事を聞くなどと、奴らは思ったのだろうか、と。

 それこそ、こちらをマトモに見ようとしていないという事なのではないのか、と。


「まぁ、神様達には一応申し訳ないと思っているよ?だけど、母ちゃんの言ってることも一理あるじゃん。弱肉強食、人間だけが好きなものを好きなだけ食べていいなんて、ちょっとムシが良すぎるって」


「そりゃあ、そうだ。俺は勇者を支持する。文句があるなら、新しいの呼んで、今度はちゃんとした環境に、ちゃんとした親をつけて、ちゃんと勇者っぽい性格に育てた方がいいんじゃないか?」

「ロキ…」

「そうね。私の可愛いしんじゃたちを馬鹿にするような輩、それさえも護ろうと思ってくれるような性格の方を御呼びすればよいのでは?」

「ヘズ…」

 マリリアーナに力を貸した夢と争いの姉弟神が、招かれてもいないのに、神々と対峙する立ち位置のイースの両脇に降り立った。

「ヘズ、何時もならロキを諫めてくれる貴女が一体どうして…」

「姉さん、あんまり皆に責められてキレちゃったみたい。真面目にしてて押し付けられるくらいなら、自分の好き勝手にするってさ」

 悪さばかりの弟を諫めるようにと文句を言われ、厄介ごとの後始末まで押し付けられる姉。我慢強く神々の期待に沿うよう頑張っていた夢の女神にも、ついに限界が訪れた。そう神々に他人事のように教えるロキこそが、ヘズの苦労の全ての現況である弟であるというのに、ロキはただただ笑ってしょうがないよねと肩を竦めてさえ見せる。

「強い夢を抱く花街の女達は私の大切な信者むすめです。魔王がマリリアーナに、花街に害をなさないと宣言したというのなら、私は魔王につくことにします」

「なんていう事を!」

「少しくらい、人間達は痛い目をみればよろしいのでは?その方が、貪欲な夢を見るようになるでしょうからね」

「では、結婚を司り、子供達の庇護者たる私は、中立とさせて頂きますわ」

 ヘズの宣言に続いて、同じように乱入という立場でこの場に現れた結婚の女神スクルドが続いた。

「結婚は魔族の側にもあり、魔族の側にも子供は生まれる。ならば、私が人の側にばかり立つなどおかしなことですもの。勿論、誓いの神である夫も同じですわ」

 そして、最後にロキも続く。

「俺は争いの神だからね。争い事が大きく激しく、それが俺の喜び。というわけで、分かっていたとは思うけど、俺も魔王側。ということで、用件は終わっただろ?」

 ロキのその確認は、神々にではなくイースへと向けられたものだった。

「神様達。俺を転生させてくれた事には感謝している。だから、一応こっち側で出来る限りはしようとは思ってるよ。でも、俺は母ちゃんと共に行く。それに関しては本当に申し訳なく思っている」

 自分の考えはしっかりと伝えたと、イースはロキに終わったと返していた。

「さぁ、お帰りなさい。自分で帰るのと、ここはイースの夢だもの、夢を司る私に強制的に追い返されるの、どちらをお選びになる?」


 イースの夢に静寂が戻った。


「イース。私にとって貴方は勇者などではなく、可愛い娘の息子です。これからの貴方と、マリリアーナの行く道は苦難ばかりでしょう。ですが、その幸いを私は願います。つらくなったら私を呼びなさい。夢が貴方達を優しく包み込み、守りましょう」


「俺としては逃げ出さず、争い続けて欲しいものだけどな。その方が、面白い」


 それにしても、とロキが体を仰け反らせて笑い出す。


「これは神を二分する事態になりそうだ!すげぇな、お前、大変なことを仕出かしたぜ?」

 魔王は敵、人こそを護らねばならない、と神々は考えていた。

 それは今まで、何度となく起こった人と魔族の戦いの中で一切変わることの無かった認識だった。それを疑うことも、神々はしなかった。

 だが、今回は違う。

 勇者が魔王につくという選択をした事で、神もまた魔王につくという考えを思いついてしまったのだ。

 そうなれば、人だけではなく、魔族にも、自身が司ろう事象などが行われている神々は、中立の立場、魔王側につくという立場を選ぶ、その数は決して少なくはない。最悪、神々の半分が人だけを護ることを止めるだろう。

「俺じゃないよ、やったのは母ちゃん」

「あぁ、そうだったな。身勝手な女だ、本当に。身勝手過ぎて、世界にんげんを滅ぼす選択をためらいもせずにやらかしやがった。だが、争いの神としては、そういう女は大好きだぜ?」

 いやらしい、ニヤァという笑みを浮かべたロキに、背後からヘズの平手が良い音を生み出した。

「私のしんじゃに手を出そうなんて、ロキ、姉さんを本当の本当に怒らせたいの?」


 帰るわよ!


 夢の中で、夢の女神に敵う者はいない。

 体格ですでに負けている筈の女神が、弟の首ねをつかんで引きずる様子は奇妙で、恐ろしいものだったと、イースは朝目覚めた後に、母へと報告したのだった。



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