第二章 壊れた精霊③
ミシェルと精霊たちの部屋は、主人の住まう本館ではなく、屋敷に仕える使用人が暮らす別棟に準備された。飾り気のない煉瓦造りの建物だ。凝ったファサードや飾り窓で麗々しく飾り立てられた本館より、こちらのほうがはるかに落ちつく。
別棟からも、庭園の木々が見える。王都の真ん中にあるとは思えない、静かで気持ちのいい場所だった。
ミシェルは質素なベッドに腰を下ろし、窓から雨足の強くなった外の景色を見た。
王都へ戻ってきてしまった――。
(いつかこんな日が来るんじゃないかって思っていたけど)
ミシェルの父レナルド・デ・クレティス伯爵は、精霊の使役法について王の重鎮デスカリド侯爵と対立した。父は身に危険が迫るのを察知し、デスカリド侯爵に陥れられる前に、ミシェルを家事精霊たちとともに誰も知る者のない田舎へ逃がしたのだ。
父には命を賭してでもやることがあった。
精霊を愛する父は、デスカリド侯爵が国家政策として推進する精霊の『命令使役』と『精霊石』の製造を差し止めるために、すべてを投げ出す覚悟でいた。
父の言葉を思い出す。
ミシェル、『命令使役』というのはね、精霊を物のように扱うことさ――。
(お父様……)
雨はどんどん強くなる。ミシェルは精霊たちを頭や肩に乗せたまま、窓辺へ寄った。
風まで出てきたようで、庭木の枝がうねるようにしなっている。
(あら?)
荒れた天候の中、外套のフードをすっぽりかぶって、庭を横切る人物がいた。
突風が彼のフードをめくりあげる。雨が容赦なく、フードからこぼれ落ちる金髪を濡らした。
「フォシェリオン侯爵様だわ」
「えっ。こんな雨の中、屋敷の主人がどこ行くっての?」
「なにか持ってますよ。バスケット……に見えるのですが。ピクニックに料理を詰めて持っていく、籐製の」
エデに言われて、ミシェルとペリとモモも彼の持ち物に注目する。
「こんな雨の中、庭で午後のお茶?」
「行く手に柵があります。奥庭の柵でしょうか?」
別棟の屋根裏部屋からミシェルたちが見つめる中、グレンとおぼしき人物は柵を開け、木々が暗く生い茂る奥庭へ入って行き、やがて視界から消えた。
「あの奥庭に、なにがあるのかしら……?」