第二章 壊れた精霊①
馬車が王都に近づくにつれ、徐々に天候があやしくなってきた。
ミシェルは馬車の窓から不安な気持ちで外を見た。林の向こうに、石造りの大建築が密集している場所が見える。
王都だ。
一泊した宿場町でグレンの従者が追いついてきたため、今日はグレンとは別の馬車だ。
アンディと呼ばれた若い従者がミシェルの古屋敷に駆けつけてくれたらしく、父の遺産である金子と、精霊たちと一緒に縫い上げた着替えをすべて持ってきてくれた。
「残念ながら悪漢たちには逃げられてしまいました」と言っていたが、至れり尽くせりだとミシェルは思った。グレンに対して、いろいろ冷たく突っぱねてしまったことを後悔する。
(でも、いきなり結婚なんて言い出すんですもの。それに……)
モモは今、定位置の左肩ではなく、ミシェルの膝の上で丸まっている。手足を投げ出して寝転がっているいるペリともども、くうくうと寝息を立てて眠っている。
「モモを守らなくちゃね……」
誰に言うでもなく、ミシェルは言った。
「そうですね。それにしても王都に近づくと、『精霊気』が希薄になりますね。こんなに薄くて大丈夫でしょうか。『精霊気』には『瘴気』を抑える役割もあるのに」
険しい表情で外を見ていたエデが、ミシェルの言葉に反応する。
「大丈夫ではないと思うわ……。このままでは、王都にまた魔物が湧く」
「王宮には戦士精霊が大勢いるとは聞きますけどね。しかし『精霊気』がこんなに希薄では、戦士精霊の動力源は『精霊石』でしょう。精霊を潰して作った石を精霊が糧にするなんて……嫌な世の中です」
「本当にね……」
「ミシェル」
「なあに?」
あらためてこちらに向き直ったエデに、ミシェルは聞き返した。
「わたしは、王都行きに賛成です。村での暮らしは楽しかった。しかし、同族が『命令使役』で日々消耗しているというのに、自分だけが田舎でのうのうと暮らしていていいのかと、ずっと悩んでいました。モモの手前、言い出せませんでしたが……」
「エデ……」
「王宮では大勢の仲間が廃棄されました。今も廃棄され続け、潰されて『精霊石』にされている」
エデは昔、王宮の家事精霊として働いていたそうだ。精霊使いの『命令』が不合理だと従わなかったため、異分子として廃棄処分が検討されたらしい。しかしエデは、家事精霊としては異例の知能の高さを持っていた。精霊使いを欺いて逃げ出したところをミシェルの父と出会ったのだ。
「フォシェリオン侯爵が、今や主流となった『命令使役』に異を唱える貴族だと言うのなら、協力したい気持ちです」
ミシェルはそっと手を伸ばし、エデの頭をなでた。エデはモモのように自分からスキンシップを求めてはこないが、なでると嫌がりもせずに照れた顔になる。かわいいなといつも思う。
「わたしたちの生活の、変わり目なのかしら?」
「かもしれません。――侯爵とは幼馴染なのですか?」
「そうみたい。ほんの少しだけ、覚えてる」
父も母もいた、しあわせだった幼い日々。
庭で母にブランコを押してもらっていると、木の陰にかくれてずっとこちらを見ている少年がいた。こっちにおいでと手招きしようとしてミシェルは片手を放してしまい、ブランコから落ちて――。母があわてて、少年もあわてて出てきて――。
思わずくすっと笑ったら、エデが「楽しい思い出なのですね」と言った。
「ううん。全然」
痛かったことしか覚えていない。