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第一章 いきなりの求婚⑤

「私はずっと君を探し求めていたんだ。渓流で君を見たとき、やっと出会えた、運命は確かに私を君に導いていたと確信した」

「……もの凄いロマンチックなお言葉で恐縮ですが、そのようにきらめいたお言葉をいただく所以がございません」

 ミシェルは結局、グレンの馬車に乗り込んでいる。グレンはグレンで怪しさ満杯であったが、暴漢のいる屋敷からはやく立ち去らなくてはいけなかった。それに企みごとのある危険人物が、こんな高級馬車で悪目立ちする理由はないだろうと思ったので、とりあえず世話になることにしたのだ。

 馬車の窓から外を見ると、畑に出ている村の人たちが皆手を止めてこちらを見ている。ミシェルはあわてて頭をひっこめた。

「私はロマンチックなことを言ったのか?」

「自覚がないなら結構です……」

 馬車の中は花の香りでむせかえらんばかりだ。求婚のための花束だそうだが、量的に少々度を越してはいないか。花に埋まってしまうではないか。

「自覚なしとかしんじらんない。やっぱバカでしょあんた」

「他者との意思疎通に問題があるのでは」

「おうちかえりたい……」

 精霊たちが口々に言う。

「君の家事精霊(ブラウニー)は本当によくしゃべるな。しかも、人間的でそれぞれ個性がある。王都のどんな有能な精霊使いでも、精霊をここまで人間に近く『調教』できない」

「『調教』なんてしません」

 ミシェルはきっぱりと言った。

「……だろうな。レナルド・デ・クレティス伯爵は『命令』も『調教』もしなかった。なのに素晴らしい戦士精霊を次々育てあげたからな。惜しい人を亡くした」

「……」

 グレンは反応をうかがうようにミシェルを見たが、ミシェルは沈黙を貫いた。

「しかし、王都では今こんな噂が出ている。『クレティス伯爵は生きている。牢で死んだというのは真っ赤な嘘で、墓は空っぽ。政敵だったデスカリド侯爵が、血眼になって伯爵の行方を追っている。伯爵と――伯爵のひとり娘の行方を』」

「……」

 ミシェルは花いっぱいの座席に沈みこんだまま、左肩の上でふるえるモモをなでていた。

「ミシェル・デ・クレティス嬢。私なら、君を守れる。我がフォシェリオン侯爵家の奥方を害そうとする貴族などいない。我が家は広いぞ? 君の大切な家事精霊(ブラウニー)たちが活躍できる場所が余るほどある。なんなら、王宮で廃棄処分される予定の精霊も連れてきてやってもいい」

 廃棄処分の言葉に、ミシェルは弾かれたように顔をあげた。

「『命令使役』に適応しない精霊の廃棄率は年々上昇している。廃棄された精霊は肉体を潰され、力だけ抜きとられて『精霊石』にされ、再利用だ。『精霊石』は知っているな? 精霊を無理矢理使役するための動力源。……胸クソの悪い発明だ」

「ええ……本当に」

「クレティス伯爵は『精霊石』を用いた精霊の『命令使役』に、最後まで反対していた。精霊とは協調すべきであると。結局、『命令使役』推進派のデスカリド侯爵に陥れられ、投獄されたわけだが。どのような陥れられ方をしたかと言うと……」

「存じております。おっしゃらないでください。この子たちがおびえるわ」

 ミシェルは怖がるモモを守るように、手のひらでそっと包み込んだ。

「うむ。口にするのはやめておこう。ミシェル、君に知ってもらいたいことは、すべての貴族がデスカリド侯爵の方針に賛成しているわけではないということだ。クレティス伯爵が存命しているのなら、私は彼に宮廷へ復帰してもらいたいと考えている」

「なぜですか?」

「精霊の『命令使役』を続けていたら、いつか我が国リエンタラは潰れるからだ。クレティス伯爵ほど有能な『命令使役』反対者はいない。だから……ミシェル・デ・クレティス嬢」

「ミシェル・コーシーです。馬車に乗せてくださってありがとう、フォシェリオン侯爵様。ここまでで結構ですわ。降ろしてください」

「グレンと呼べ」

「村長さんの家が見えます。今後のことは村長さんに相談しますから、ここで降ろしてくださいませ。フォシェリオン侯爵様」

「グレンだ」

「侯爵様」

「グレン!」

「あんた子どもなの? しつっこいなあ!」

 最後の台詞はペリである。

「二十二だ。ミシェル嬢は十七だろう。結婚なら年齢の釣り合いはとれている」

「何故結婚を前提に話が進むのか、さっぱり理解出来ないのですが」

 ひそめた眉間を人さし指で押さえながら、エデが言った。

「ミシェル嬢の能力が私に必要だからだ。複雑な立場のクレティス家令嬢を保護しつつ、できるだけ周囲に説得力のある形で味方に迎え入れたい。そのためには結婚という形をとるのが望ましいと思った」

「愛のない結婚はんたーい! バーカバーカ、乙女の敵! ミシェル、降りよう」

「さようなら、フォシェリオン侯爵様。どうもありがとう、お花は要らないわ。――御者さん、馬車を止めてくださいな」

「止めるな! あっ、こら、なにを減速している!」

 グレンが御者台に向かって声を張り上げると、年配の御者から「誘拐の片棒を担ぐなど、先代の侯爵様に申し訳が立ちません」と返事が返ってきた。

「主人に逆らうとは、なかなか骨のある御者ですね」

 感心したようにエデが言った。

「なぜおまえまで誘拐などと言うのだ!」

「誘拐犯呼ばわりがお嫌なら、もう少し時間をかけ真心を込めてミシェル様を説得なさいませ、ぼっちゃま。……いえ失礼、侯爵様」

「どいつもこいつも、花を持ってけだの真心を込めてだの……。もし気分を害したなら申し訳ない。私は求婚のやり方を誰からも教わっていないのだ、ミシェル・デ・クレティス嬢」

「ミシェル・コーシーですから。やり方の問題ではなく、侯爵様のご求婚に応えるには、わたしは身分が足りないのです。伯爵令嬢ではないので」

「身分ではなく、君が欲しい」

「だからそういう、ロマンス小説のごとき言い回しはやめてくださいってば」

「私が君にどれだけの熱情を持っているか、君は知らないだろう?」

「だからあ! やめてください!」

 ミシェルはなんだか顔が赤らんできた。

 エデが「おもしろいから少し様子を見ましょう」などと呟いている。裏切り者、とミシェルは思った。

「だからですね、その……。わたしの一体なにが欲しいのです? わたしのどこに……その……侯爵様の熱情をかきたてる要素があったのです?」

「君の精霊使いの『能力』が欲しい。君はほんのわずかな『精霊気』しか用いない。そしてたった三人の家事精霊(ブラウニー)しか使わない。なのに、あの大きな古屋敷を隅から隅まで管理し、さらに村人の家事まで請け負っている。王宮勤務の家事精霊(ブラウニー)使いを知っていたら、君がどれだけ効率的に精霊を使っているか分かろうと言うものだ」

「精霊を『使っている』のではないわ。一緒に働いているのです」

「それだ」

 グレンは我が意を得たとばかりに、人さし指を立てた。

「『同調』。君が用いる方法は、『命令使役』とは真逆の方法だ。クレティス伯爵が得意としていた精霊術『同調』の使い手に、私は熱情をかきたてられる。リエンタラが精霊と共に栄える未来は、『同調』にかかっていると言って過言ではないと思うのだ」

「わたしは、クレティス伯爵とは無関係です」

「嘘だな」

 グレンはまっすぐにミシェルを見た。

 乱闘があったせいで、ミシェルの髪は乱れている。グレンはミシェルの頬にかかった髪に触れ、指で梳くように後部へ流した。

 優美な顔立ちとは印象のちがう、骨ばった硬い指がわずかに頬に触れる。

 一瞬だけ不覚にも胸が高鳴ってしまい、ミシェルは唇を引き結んだ。

(無駄に容貌が整い過ぎているのよ、このひと)

「母君によく似ている」

 グレンは言った。細めた目で、ミシェルの紺碧の瞳をじっと見つめながら。

「君の母君はクレティス家に嫁ぐ前、我がフォシェリオン家に行儀見習いに来ていてな。私は子供のころから、クレティス伯爵の奥方を知っているのだ。私がクレティス伯爵に教えを請うに至ったのも、彼女の仲介があったからであるし」

「教えを請う?」

「王宮で持て余していた戦わない戦士精霊を、クレティス伯爵は最強の戦士に仕立て上げた。廃棄処分される予定の戦士精霊だった。伯爵が育てた戦士精霊の剣捌きには、鳥肌が立ったぞ。美しかった。私も強い戦士精霊と一緒に戦いたかったから、クレティス伯爵に教えを請うた。『同調』の教えを」

「……」

「クレティス伯爵にも奥方にも、ずっとそばにいて欲しいと願っていた。まあしかし、世の中上手くいかないものだ。権力争いやら流行り病やら」

「侯爵様……」

「グレンだ。君の父レナルドも君の母メリエも、私をそう呼んだぞ。忘れているようだが、幼い君もそう呼んでいたのだぞ」

「……」

「再会は運命に違いない。そう思わないか、ミシェル・デ・クレティス嬢?」

「思いません。侯爵様ともあろうお方が、偶然こんな片田舎を訪れるわけないでしょう。探しに来たのでしょう? ミシェル・デ・クレティスを」

「そう。君を追い求め、君を探しに」

「……わかりました。認めます。降参だわ」

「ミシェル・コーシーではないと?」

「はい」

「ミシェル・デ・クレティスであると?」

「はい」

「私と結婚すると?」

「それはないです」


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