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終章②

「やあミシェル。精が出るな。もしよければ私も手伝……」

 グレンが顔を出した途端、ペリとモモはいそいそと片付けをはじめた。

「ん? 今日はもう終いか?」

 グレンの問いにミシェルが答える前に、ペリとモモがぶんぶんうなずく。

「あたしはー、えっとー、これからランドゥと一緒にレナルド様に剣の稽古をつけてもらうんですー」

「あたしは、えっと、えっと……」

「わたしとペリは、後学のために戦士精霊の稽古を見学します」

 本気な調子でエデが言う。

「そうそう、それそれ!」

「あなたたち、そんな予定あるって言ってた?」

「んっ? 言い忘れてたかも。じゃ、道具片付けておいたから! たまにはふたりで奥庭の散歩でもしたらいいんじゃない? またねミシェル!」

 三人の精霊たちは、つむじ風のようにぴゅうっと去ってしまった。

「なんなんだ……?」

 呆然とグレンがつぶやく。

「なんなのでしょう……」

「もしかして、気をきかせたのか……?」

「あ……」

 ランドゥの小屋通いがなくなってミシェルがさみしがっていることに、精霊たちは気付いていたのかもしれない。

「……そうか。せっかくだから、散歩しよう。今日の会議の話もあるし」

 グレンは奥庭の柵を開け、いつものように手で押さえて、ミシェルに通るよう促した。

 そしていつものように、ぎこちなく手をつなぐ。

 グレンがミシェルに触れたのは、王様の前で横抱きにして以来だ。

 あのときはミシェルが気後れするほど堂々としていたのに、奥庭でのグレンは別人のように遠慮がちで、とまどっているようにすら見える。

(こっちのグレン様のほうが、わたし、好きかも……)

 手のひらに伝わる彼の体温がじんわりとあたたかくて、ミシェルは握る手にすこし、力を込めた。

 それに答えるように、グレンの手にも力が入る。

「い、いくか」

 恥ずかしそうにミシェルから目をそらすのも、奥庭ではいつものことだ。

 午後の陽はだいぶ傾き、西の空が茜色に輝いている。

 紅葉の庭に、茜の空。王都であることを忘れるような、鮮やかな秋の景色だった。

「会議で、レナルドがランドゥを連れていく許可が出た」

 唐突に、グレンが話し始めた。

「モモの処遇は裏でデスカリドと話し合った。今までのデスカリドだったら『精霊石』にすることを強要しただろうが、その話は出なかった」

「そう。よかった……」

 操られていたとはいえ、モモは戦士精霊殺しの実行者だ。デスカリドが己の罪を隠蔽するためにモモを処分するのではないかと、ミシェルは心配していた。

「デスカリドの立場も今やあやういからな。想定外の魔物を発生させてしまったのは大きな失態だ。勇敢に魔物と戦った戦士精霊を殺せと命じたら、理由を詮索される。モモが魔物退治で活躍したのは、王城の者たちが大勢見ているし」

「モモはどうなるのですか……?」

 処分されることはなさそうだが、捕えられたりするのだろうか。

「危険がないと確定するまで、私の監視下に置くことになった。モモはここで暮らす。この屋敷で」

「それって……」

「君は今までどおり、モモと一緒にいられるよ」

 グレンが振り返って、ミシェルを見て言った。その目は優しく細められていた。

 ミシェルは足を止め、グレンの顔をじっと見た。

 うれしかった。

 モモと離れなくていいことが、本当にうれしかった。

「グレン様……。ありがとうございます。うれしい……」

 うれし涙がこみ上げてきて、視界の中のグレンの顔がじんわりにじむ。

「いやなに」

 グレンは照れて、後ろあたまを掻いた。

「グレン様と出会ってから、不安や心配ごとがひとつずつなくなっていくの」

「それはなによりだ」

 グレンはミシェルの手を握りなおし、若干うろたえた様子で歩き出した。子どものように手を引かれて、ミシェルも歩き出す。

「今日は『ひゃっほう』って鳴く鳥、いませんね」

 すん、と鼻をすすって、ミシェルは明るく言った。

「かっこうは夏の鳥だからな」

「すこしさみしいですね」

「来年また来るさ。来年も、再来年も、その次も……」

「そうですね」

「来年も再来年もその次も、こうして、この庭を一緒に歩こう。ミシェル」

「……はい。グレン様」

「その次の年もその次も……老いて死ぬまで、ずっと」

「はい」

 握った手のあたたかさをかんじながら、ミシェルはしあわせを噛みしめた。

 来年も、再来年も、その次も。

 死が二人を分かつまで、ずっと――。

 一緒に、ゆっくり、歩いていこう――。

 今は住む者のないランドゥの小屋が、もうすぐそこだった。

「入ってみるか?」

「はい」

 粗末な木のドアを開ける。

 西日が窓から入り、小さなテーブルと一人掛けの椅子を照らしている。この小屋で、ランドゥは陽の光を避けるように、隅の暗がりで膝を抱えてうずくまっていたのだった。

「今はレナルドの部屋の長椅子で、体を伸ばして堂々と寝ているらしい」

「ふふふ」

「ものすごくよく食べるし」

「そうですね」

「レナルドでなければ駄目だったんだな……。なんだかくやしい」

 グレンは剣を振る真似をした。

 ミシェルはしばらく小屋の中を見回していたが、ふと思いついたように、見えない剣を振るうグレンを見た。

「グレン様」

「なんだ?」

「わたしに剣術を教えてくださいませんか?」

 ミシェルの申し出に、グレンは手を止めてミシェルの視線を受け止めた。

「なぜ?と訊くのは、愚問な気がする……」

「どうしてそう思われるんです?」

「いつかミシェルはそう言う気がしていたんだ。王城の庭園で、衛兵相手にモモと戦っているのを見たときから。さすがレナルドの娘だと思った――。いい動きだった」

「照れます。実は、モモにも才能あるって言われたわ」

「ミシェルは私が守りたいんだがな……」

 グレンはミシェルに向き直り、手を伸ばした。

 大切なものを包むようにやさしく、グレンの大きな右手がミシェルの頬をなでる。

 指先がミシェルの唇の端をかすめたとき、グレンの睫毛が小刻みにふるえた。左手も頬に触れ、ミシェルの顔はグレンの両手で挟むように包み込まれた。

「守ってください。わたしも、グレン様を守ります。グレン様の大切なものを全部――」

 ミシェルは最後まで言葉を紡げなかった。

 グレンの唇がミシェルの唇をそっとふさぐ。

 やわらかな体温が唇越しに伝わり、ミシェルはそっと瞼を閉じた。

 瞼を閉じる直前に、小屋の窓から見えた茜色の空には、甘い色合いの雲がふんわりゆるやかにたなびいていた。




  【END】


本編これにて終了です。おつきあいいただき、どうもありがとうございました!

PVやブクマが自分比で好調だったので、軽いおまけをいくつかご用意しております。引き続きお楽しみいただけたら幸いです。

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