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終章①

 日を追うごとに秋は深まり、フォシェリオン家の広大な庭園の木々が、鮮やかな赤や黄色に色づいていく。

 ミシェルは土を耕す手を止め、きらきらと午後の陽を透かす紅葉の枝を見上げた。

 フォシェリオン家の庭園は、馬車止まりから本館へ至る前庭だけきっちりと人工的に整えられているほかは、自然を残した手入れに留められている。ミシェルにとってとても好ましい庭だった。

 この雰囲気ならば、人目につかない隅っこに畑があっても違和感はないと思い、ミシェルはグレンに畑をつくることをお願いしてみた。

 滅多にないミシェルの頼みごとに、グレンは二つ返事で許可をした。畑をつくる場所は、奥庭の前に決まった。

 柵の向こうの雑木林には、以前ランドゥが住んでいた小屋がある。

「どしたの? ミシェル」

 モモが鍬を持つ手を止め、奥庭を眺めるミシェルを見た。今日はグレンがレナルドと共に会議へ出向いているため、訓練もなく暇らしい。だからこうして、一緒に畑を耕している。

 また畑仕事ができて、モモは楽しそうだった。

「ランドゥの小屋にしばらく行ってないと思って」

「逢い引きの時間だったのになくなっちゃったねえ。こいつが小屋を出て、大好きなレナルド様の部屋に居着いちゃったからさあ」

 植え付ける予定のたまねぎを仕分けながら、ペリがちょいちょいとランドゥを指した。

 ランドゥは黙々と鍬を振り上げ、土を耕している。

 きょうの精霊庁会議ではランドゥの処遇についても話し合われるため、ランドゥはレナルドに同行できなかったのだ。ランドゥはいつも無表情だが、レナルドと離れたせいでいつにも増して不機嫌に見える。

 実際、不機嫌なのだろうとミシェルは思った。

 それでも、こうしてミシェルに『同調』して畑を耕してくれるのだから、以前より気を許してくれているのは感じる。

「だから、逢い引きじゃないわよ……」

 ペリの言葉に反論するも、グレンとふたりでランドゥの世話をする時間が楽しかったので、ミシェルの声はつい弱々しくなる。

 ミシェルが本館に住まいを移したため、グレンと過ごす時間は以前より増えた。しかし豪華な室内で話すより、木々の茂る奥庭のほうが、のびのびした気持ちになれたことは確かだ。

「これからはグレン様も一緒に畑をやればいいじゃないですか。いい息抜きですよ」

 ビーツを植えながらエデが言う。

「あっそれ素敵! グレン様とミシェルと、あたしとペリとエデの畑! レナルド様はもうすぐ外国に行っちゃうみたいだけど、ここへ帰ってくるときはランドゥも一緒にやろうよ!」

「とれた野菜で料理もしようね。ね、ランドゥ」

 ペリが飛び、ランドゥの背をぱしぱしはたく。

「……家事精霊(ブラウニー)じゃない」

 ランドゥは迷惑そうにつぶやいた。

「戦士精霊と家事精霊の境目はあいまいですよ。モモがいい例です」

「そうそう。それに、レナルド様と一緒にお料理もできたら、暮らしに便利でしょ? 魔物と戦うしか能がない戦士精霊なんて古いわ。――やだあたし、新しいんじゃない? 存在が!」

「うん。モモはいろんな意味で超越しちゃったね……」

 ペリはなにか言いたげに、モモのフリルのついたピンクのシャツを眺めた。淡いピンクのシャツに包まれているのは、たくましい戦士精霊の肉体だ。

 あれこれしゃべりながら畑仕事をしていると、前庭に馬車が入ってくる音がした。

 車輪の音を聞きつけるやいなや、ランドゥが鍬をぽいっと放して走り出す。

「ランドゥってさあ……かわいいよね」

「うん。かわいい。犬っぽい……」

 レナルドの元へ駆けつけるランドゥを目で追いながら、ペリとモモがつぶやいた。

「ほら、ミシェルも駆けつけなよ。旦那様のお帰りだよ」

「だっ、旦那様じゃないわよ!」

「半年後には旦那様でしょ。遠慮しないでほらほら」

 ペリがミシェルの背中をぐいぐい押してくる。

「だって、こんな格好だし!」

「土がついてるくらいなによ。変態侯爵がミシェルを見染めたときは、びしょぬれでスケスケだったんだから。それくらいどうってことないでしょ」

「スケスケじゃなかったってば!」

「ピタピタか」

「なんの話をしてるんですか……。未来の旦那様のほうから、こちらへおでましですよ」

 エデの言葉に前庭を見ると、宮廷用の長上着をアンディにあずけたグレンが、シャツの袖をまくりながらこちらへやってくるところだった。


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