第四章 我が愛しの精霊使い⑪
おそれおおくも陛下の御前で婚約宣言されてしまって以来、ミシェルの近辺はあわただしく変わっていった。
さすがに別館に住み続けるわけにもいかなくなり、使用人仲間に退室を知らせにいくと、みんなとっくに事情を知っていた。
ミシェルが別館の玄関ドアを開けた途端、「婚約おめでとー!」という言葉と祝いの紙吹雪が降ってきたのだ。
「なぜ、みなさんご存じで……?」
「大奥さ……メイド頭さんが知らせてくれて。いやあ、ミシェルはわけありだとは思ってたけど、侯爵様の隠れ婚約者だったなんてねえ! これからも今までどおり仲良くしてほしいけど、無理かしら……」
「そんなことないです。わたし、あまり変わらないと思うんですよ。クレティス家にいたころから、普段はこんなでしたし」
ミシェルは相変わらずのエプロンドレスの、エプロンの裾を引っ張った。
「あ、でも……大奥様にお許しいただけたらですけど」
「それはだいじょうぶでしょ」
メイドのダリアがなぜか自信たっぷりに言い切った。
「なぜわかるのですか?」
「なぜかはすぐわかるって」
精霊を頭に乗せたシドも断言する。
「ところで、今日はペリとエデは? いつも頭と肩にいるのに」
「ペリとエデなら、メイド頭さんのお手伝いに呼ばれています」
「へえ~。メイド頭さんの」
「メイド頭さんのねえ」
使用人仲間たちは、なぜかにやにやしている。
なんだろう?と不思議に思いつつ、ミシェルは別館をあとにした。
きょうはついに、グレンの母親である大奥様の元へ赴くのだ。はじめての対面なのだ。緊張しないはずがない。
本館入り口で、アンディが待ち構えていた。今、グレンは王城へ行っている。
「ミシェル様、またちょっと面倒なことになってます」
アンディは落ちつかない顔でそわそわしていた。
「面倒なことってなんでしょう? まさか、デスカリド侯爵がまたなにか……」
「父親ではなくて、娘のほうですよ。レンジーナ様がいらしています」
本館入り口の幅広の階段に足をかけ、中へ入ろうとしていたミシェルは、そのままの姿勢で固まってしまった。
レンジーナと言えば、グレンを恋慕うあまり、嫉妬に狂って恋敵であるミシェルを攫えと、ゲインズに命じたという令嬢である。
そんな気性の激しい令嬢が訪れたとあっては、ただで済む気がしなかった。
「侯爵様が、大奥様のサロンならいいが自分のところへは来るなと遠まわしに告げられたのですが、だからって本当に大奥様のところへ来るとは思いませんでしたね。まあ、標的はミシェル様でしょうけど」
「ううう……」
胃が痛くなってきた。アンディも気の毒そうにこっちを見ている。
「戦士精霊でも配備しますか?」
「ご令嬢を魔物扱いですか……。だいじょうぶです。戦います。戦いますとも……」
「語尾がしぼんでますよ。今回のダブル魔物騒動で、デスカリド侯爵は陛下の信頼と宮廷の支持を減らしましたから、レンジーナ様の社交界での権勢も衰えると思います。ただ、そのせいでめちゃくちゃ気が立ってるかもしれませんねー。がんばってください!」
「ぜんぜん励ましになってないじゃないですか!」
「だいじょうぶです。大奥様もついてますから。俺も陰ながら応援してます」
「一緒に来てくださいいい~」
「大奥様のサロンルームは男子禁制なので」
「ほっとしたような顔で言わないでくださいいい~」
ミシェルは重い足取りで、メイドに案内され「大奥様のサロンルーム」と呼ばれる広間へ向かった。




