第四章 我が愛しの精霊使い⑦
「陛下がお許しくださった! 出でよ、我が親愛なる精霊諸君。君たちの伝説は、まだ序章に過ぎない!」
諸君? 君たち?
ミシェルは怪訝に思った。
グレンが『精霊気』を体に取り込み、『同調』の準備を整えたことは、おなじ『同調』使いとしてすぐに気付いた。
しかし、あたりには精霊庁の戦士精霊とモモ以外、精霊の気配はない。
ミシェルもデスカリドと同様に、ランドゥがどこかにひそんでいるのかと思い視線を巡らせるも、あの黒髪の精霊はどこにもいない。
「『同調』だ! 私のあとに続け!」
グレンは長剣を振りかざし、四肢を鎖で繋がれた魔物のほうへ突進して行った。
精霊庁のおえら方がどよめきはじめる。
金魚のフンのようにデスカリドのあとについてきた戦士精霊たちが、ひとり、またひとりと死んだ体に魂を入れこまれたように、うつむけた顔を正面へ向け、淀んだ目をピカーンと大きく見開いたのだ。
そして、一歩目はぎこちなく、しかし二歩目からは駆け足で、グレンに続いて魔物に突進して行った。戦士精霊たちの足取りは生き生きとしていて、デスカリドの後ろで整列していたときの存在感のなさが嘘のようだった。
「えっ!? 『諸君』って、『君たち』って、王宮に正式所属の戦士精霊たち? グレン様って王宮の精霊ともちゃんと『同調』できたのね……。って、モモ!?」
モモの顔を見たミシェルは、思わずのけぞった。
モモも「ピカーン」となってしまっていたからだ。あきらかにグレンの『同調』に巻き込まれている。
「グレン様、あたしも加勢いたします!」
(その声と体で『あたし』はやめて――!)
ミシェルは声にならない声で口をパクパクさせていた。
「なんだ? 見ない顔だな。新入りか? まあいい、来い! 我らと共に魔物を倒そうぞ!」
「はいっ!」
グレンを筆頭にわ――――っと戦士精霊たちが魔物に押し寄せる。
しかし、そのときだった。
「待て!」
威厳ある太い声が、庭園に響き渡る。
王だった。
国王陛下が、椅子から立ち上がってバルコニーの縁まで出てきていた。
まさか、ここで止めに入るのだろうか。
精霊庁の庁長デスカリドが推進しているのは『命令使役』だから、『同調』使いのグレンは、活躍する前に排除されてしまうのだろうか。
ミシェルは祈るように胸元で両手を組んだ。
どうか、どうか、『同調』で戦う精霊たちの働きをご覧になって――!
「精霊は三分の一でいい。残りはデスカリドとカザン区へ」
陛下はそう告げると、早く!と言うように腕で空を払った。
(そ、そうだったわ。魔物がいるのはここだけじゃないんだもの)
ミシェルは自分の身勝手な思いを恥じ、デスカリドを見た。彼の元に残っている戦士精霊はふたりだけで、ほかはグレンに『同調』して魔物に駆け寄っていったようだ。
デスカリドは怒りをこらえた顔をして、ぶるぶるふるえていた。
それがグレンと『同調』に対する反感ではなく、カザン区を守りたいがゆえの怒りだったらいいなと、ミシェルは心から願った。
「我々も一刻もはやくこの魔物を倒し、カザン区へ駆けつけます! デスカリド侯のご武運を祈ります!」
戦士精霊に先だって魔物を切りつけながら、これだけは芝居がからない真剣さで、グレンが叫んだ。




