第四章 我が愛しの精霊使い⑥
ミシェルと衛兵たちの間に、旅装のマントをひらめかせ、空から舞い降りる猛禽類のように野生的かつエレガントに、ひとりの人物が割って入った。
こちらの人物も、鞘から抜かないままの長剣を衛兵に突きつけていた。
きりりとした美しい眉目が怒りで吊り上がり、役者のような華やかな面相が、相手をきつくにらんだ。
「我が婚約者に狼藉を働くおまえたちはどの隊の所属だ?」
「フォ、フォシェリオン侯爵!」
衛兵たちは青ざめて、降参とばかりにふるえる両手をあげた。
「なにか勘違いがあったのだな? そうだな? そうでなければ、我がフォシェリオン家の次期奥方に、手荒な真似をする者はおるまい?」
「わ、我々はデスカリド侯爵の指示に従っただけでして……!」
「デスカリド侯爵! 侵入者とは、勘違いですね?」
グレンはまるで舞台役者のように、凛とした声を響かせた。
庭園の隅から隅まで届きそうな張りのある声だった。
もちろん、バルコニーの王様にもだ。
「そうですか、勘違いですか。ならば結構です。二度と我が婚約者ミシェル・デ・クレティス嬢に対して、兵を差し向けるなどなさいませんよう」
デスカリドがなにも答えていないうちから、グレンはそう返した。
「この件に関しては、のちほど我が婚約者ミシェル嬢へ謝罪していただくとします。――だいじょうぶですか、ミシェル。肝が冷えました。しかし、勇敢に戦うあなたの姿は、私の胸を打ちました。魔物と戦う勇気がふつふつと湧き立ち煮えたぎるほどに!」
グレンは剣を鞘から引き抜くと、主演役者の見せ場だとでも言うように、きらめく白刃を魔物のいる方向へビシッ!と突きつけた。
「……グレン様、芝居がかっていて恥ずかしいです」
グレンにしか聞こえない小声で、ミシェルは言った。恥ずかしいだけではない。婚約者だなんて、大嘘ではないか……。
「本心だが?」
グレンもぼそりと返す。
「グスク村に出向かれたのでは?」
「ちょっとした偶然があってな。途中で引き返してきた」
「偶然?」
「あとでゆっくり話す」
グレンは、体全体から湯気が立ちそうに怒りをこもらせたデスカリド侯爵に、再度向き直った。
「デスカリド侯爵! この魔物は私めが始末致しましょう。カザン区に現れた魔物のもとへ向かってください。カザン区の民は助けを求めております!」
ざわ……と場がざわめいた。
カザン区の魔物発生は、城内でまだ知る者は限られていたようだった。
グレンは続けた。
「なにより、奥様とお嬢様が、あなたの助けを今か今かと待ちわびていらっしゃるはず!」
「カザン区へはすでに別の者を向かわせた」
「ご家族への情愛よりご公務を優先されるそのお姿、宮廷人として感服いたします。しかし陛下もお許しくださるはず! かねてより陛下のご信頼厚いデスカリド侯爵です。今、カザン区の危機に立ち向かわれても、陛下と侯爵の絆がゆらぐはずがございません! 私からもお願いいたします陛下! どうか、どうかデスカリド侯爵を行かせて差しあげてください。彼を愛する奥様とお嬢様のためにも!」
庭園では、精霊庁以外の官士や使用人たちも、事のなりゆきを見つめていた。グレンの朗々とした声に興味をそそられたのか、窓からこちらを見ている者も大勢いた。
「お心遣い感謝する、フォシェリオン侯爵。しかし、公務は公務だ。途中で投げ出すなど――」
デスカリドの返答に、庭園のあちこちから悲鳴が上がった。
「行って差しあげてください、デスカリド様!」
「なんてことだ、デスカリド様のお屋敷近くに魔物が――」
「こうしている間にもご家族が!」
「ここの魔物は鎖で繋がれております! カザン区のほうが、緊急性が高い」
「陛下、どうかデスカリド様にお許しを」
グレンの扇情的な声に煽られて、庭園にいた人々も声を上げはじめる。
デスカリドは公務と家族への愛情の板挟みとなった悲劇の人になった。
人々の「善意」と「同情」が、彼をカザン区へと急きたてる。
場の空気を一辺させたグレンは、主役の座をデスカリドに譲り、悲劇の結末をおそれる脇役として、悲愴な表情を崩さない。
(このひと――!)
ミシェルはグレンの底力を見る思いだった。
父レナルドに欠けていてグレンにあるもの――。それは高い身分だとミシェルは思っていたけれど、そうではない。
衆目を引きつける、圧倒的な「華」だった。
グレンの明るい金髪が日光を反射し、きらきらと輝いている。
「国王陛下! 目前でのたうつこの魔物、デスカリド侯爵に代わり、我と我が親愛なる戦士精霊の手で屠ってよろしいでしょうか!」
グレンが立派な発声で、バルコニーの国王に問うた。
王が何か言う前に、デスカリドが割って入る。
「フォシェリオン侯爵、『親愛なる戦士精霊』とはどの精霊のことかな? 精霊庁が管理する戦士精霊で、君と波長の合う精霊が思い当たらないのだが。将来ある若い君が危険を冒すことはない。やはりここは私が……」
デスカリドは自分が引き連れた戦士精霊たちをふりかえり、困惑したような表情を作った。暗に「おまえが使える精霊などここにいない」と言っている。
しかしグレンは国王を見たまま、余裕の微笑みを崩さなかった。
バルコニーの陛下がグレンにうなずく。
陛下の許可に、デスカリドの顔にちらりと焦燥が浮かんだ。
「まさか、ランドゥ……」
デスカリドがつぶやく。




