第四章 我が愛しの精霊使い①
奪った鍵でデスカリドと衛兵を部屋に閉じ込めて、ミシェルとモモは大理石の廊下を走った。戦士精霊と衛兵から奪った長剣をそれぞれ手にしている。
「重くないの、ミシェル?」
数分前まで小さな体の幼女姿だった戦士精霊が、心配そうに言った。
「ひと月前まで毎日、鍬や鋤をふりあげてたのよ? まだ衰えてないわ」
「シャベルもね」
「あれは武器に最適だったわ。刃物にも鈍器にもなる」
「ミシェル、戦士精霊使いに転向したらいいんじゃない? 才能ありそう」
「考えとくわ」
天井画や金の窓枠の高窓など、豪華な内装が続く。やはりここは王城だ。
とにかく一端、城から出ようと思った。
モモは戦士精霊だったころ、王城住まいだったのだ。ここにはモモの顔を見知っている者もいるかもしれない。バレたらモモが危険だ。
「モモ、あなた王城で暮らしていたんでしょう? どこから外へ行けるかわからないの?」
「わかんない。戦士精霊ごときが、こんな天井画があるような気取った区画に入れるわけないでしょ。むしろ家事精霊のほうが知ってる」
「デスカリドはあなたに気付かなかったみたいだけど、どうしてかしら。戦士精霊の顔なんておぼえていないものなの?」
「顔つきが変わったからじゃない? 『精霊気』と健康的な食事のおかげで、あたしつやつやぷりぷりになったもの」
「つやつやぷりぷり……」
ミシェルはモモの顔を見やった。さっき部屋にいた戦士精霊のような青白さやギスギスした様子はなく、血色も良く溌剌とした美青年ぶりだ。
「どのくらい変わったか鏡見たいな……。どこかにないかしら」
「モモ止まって。誰かいるわ」
ミシェルとモモは、廊下に飾られた彫像の影に隠れた。
廊下の奥から、若い女性の声が聞こえてきた。
「――二百六十三区画、レリーフ、ほこり。二百六十八区画、額縁、ほこり。二百七十四区画、窓枠、くもり。二百七十六区画、装飾画右上、ひび。修繕部へ報告。修繕部へ報告」
抑揚のない、機械のような冷たい声だった。
外から断続的に魔物の唸り声が聞こえる中で、異様にも聞こえる単調な声だ。
「……なにあれ?」
ミシェルは眉をひそめた。
「噂をすれば、ね。王宮の精霊使いと家事精霊たちよ。――やだな」
モモも苦い顔をしている。家事精霊の姿をしていたころの癖なのか、ミシェルの左腕を抱えるようにしてぴとっとくっついてくる。
「同、二百七十六区画、額縁、ほこり。二百七十七区画、大燭台クリスタル、欠け。二百七十八区画、レリーフ、ひび。修繕部へ報告。修繕部へ報告」
もたつく精霊を脅すように、精霊使いが杖で床をたたく音。
二十数人はいるだろう家事精霊たちは、全員同じ濃紺の制服を着せられていた。
精霊使いは汚れ仕事のできるようなメイド服ではなく、僧院の巫女のような重々しいベルベットのガウンをまとい、長い杖を手にしている。
ガウンの胸元には、『精霊石』のペンダントが垂れ下がっていた。
「城内の点検してるのかな……。魔物が暴れて内装も破損したとか」
「二百八十一区画、レリーフ、ひび。二百八十三区画、大燭台、倒壊。修繕部へ報告。修繕部へ報告」
「修繕部へ報告」の指示が入るたびに、列から精霊が一人ずつ抜け、ブゥンと翅音を立てて飛んでいく。戻ってくる精霊もいて、精霊使いが引き連れる精霊の数は同一に保たれている。
誰も無駄口はきかない。機械的な精霊使いの声と家事精霊の翅音に、ガアアアアと耳障りな魔物の声が、かぶさっては消える。
ミシェルはなんだか悪い夢を見ているような気がした。
庭園の非日常と城内の日常が、まるで関係ないもののように、同時に繰り広げられている。
――この城は、どういう状況にあるのだろう?
「とにかく、追手に見つからないようにお城から出なくちゃ。うん、モモ、あの精霊使いのローブ、奪っちゃいましょう」
「ミシェルってふだん癒し系のくせに、サクッと切り替えるよねえ。――そういうところ、好き」
「その声とその体で言わないで……。あと、あんまりぎゅっとくっつかないで」
「あ、ごめん。ミシェルは男に免疫がないってペリが言ってたっけ」
「ほっといてちょうだいっ。いくわよ」
ミシェルとモモは剣を構えて、王宮の家事精霊使いの前へ躍り出た。




