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第一章 いきなりの求婚③

「どちらさま……?」

「ミシェル・デ・クレティス?」

「いいえ。ミシェル・コーシーです」

 ミシェルはこの村に来て以来ずっと使っている偽名を名乗った。無意識に、立て掛けてあった柄の長い園芸シャベルを手にする。

 ――本当の名前を知っている者は、敵。

 シャベルを構える。ガシャンとガラスの割れる音がした。

 ここではない。居間からだ。

 ミシェルはシャベルを手にしたまま、居間のほうへ駆け出した。玄関扉は強い力でドンドン叩かれている。「ミシェル・デ・クレティス! 見つけたぞ、クレティス伯爵の娘!」と叫ぶ声が、扉の外から聞こえてくる。

「コーシーだって言ってるじゃないの!」

 居間へ駆け込むと、玄関にいたのとは別の男が、逃げ惑う精霊たちを捕まえようと奮闘していた。小さな精霊たちはするりするりと男の手を逃れ、二階へ飛んでいこうとしていた。

家事精霊(ブラウニー)に手を出すんじゃありません!」

 ミシェルは横薙ぎに払うように、シャベルを振りきった。見事な一撃が男の胴に喰い込む。ぐうっと声を上げ、男が倒れた。

「死んで……ないわよね?」

 ミシェルの心配は無用だった。男は腹を押さえてすぐに立ち上がり、「この小娘……!」と怒りに燃えた目でにらんでくる。居間の男はダメージが残っているようでフラフラしているが、玄関の中年男が外からこちらへ駆けつける気配がした。

「みんな上へ逃げて! 窓から逃げて!」

「だめだよ、ミシェルが。ミシェルがあ!」

「ミシェル、なんとか外へ逃げてください!」

 エデは洗濯物の籠を見ていた。

 モモは涙を溜めた目でミシェルを見ていた。

「ミシェル、『命令』して。あたし……あたしなら……」

 覚悟したようにモモが言う。

「いいから。モモ。みんなと一緒に行って」

「でも、あたしを『命令使役』すれば……」

「わたしは絶対に精霊を『命令使役』しないって決めてるの!」

 エデが洗濯籠を居間の男に投げつける。ペリもやけくそのように食卓の皿を投げた。額に皿が当たってひるんだ男の脛をミシェルがシャベルで打ち据えると、男はぐぅっと声をあげて再び倒れた。

 割れたガラスを踏まないよう、大窓に向かう。

 しかし、窓の外には玄関にいた中年男がすでにいた。

「大立ち回りの上手なお嬢さん。……素直に伯爵の居場所を吐いてください」

「伯爵なんて知らないわ」

「拷問してでも吐かせてあげます。三匹の精霊も、一緒に痛めつけてあげましょう」

 ラウンド帽の中年男は短剣を抜いた。うしろに下がろうとしたら、倒れた男がミシェルの足首をつかんだ。

「くっ……」

「さあお嬢さん、我々と一緒に王都へ……うぐっ!?」

 空から降ってきた木綿のカーテンが、中年男を短剣ごと包み込む。カーテンの隅をつかんでいるのは、二階へ逃げた精霊たちだ。

「ごめんなさいねっ!」

 ミシェルは手にしたシャベルを力いっぱい足首をつかむ男の腕に振り下ろし、次にカーテンの上から中年男に叩きつけた。殺したくないので縁ではなく面の部分を当てたが、カーテンの下からゴキッと嫌な音がした。

「鼻の骨が折れましたね」

 冷静な口調でエデが言った。

 男の手から落ちた短剣をモモが遠くへ放り投げる。

「いいからミシェル、はやくはやく!」

 ペリに急かされ窓から外へ出る。どう考えても逃げなくてはならない状況だ。

 しかし、どこへ?

(王都から逃げてここへ来たのに……どこに逃げろっていうの)

 ミシェルが途方に暮れかけたそのとき、ガラガラと音を立て、箱馬車が村道をやってきた。黒塗りの立派な箱馬車は、なぜかミシェルの屋敷の前でぴたりと止まった。

(……?)

 こんな山に囲まれた農村には、まるで似合わない重厚な箱馬車だ。農村どころか、王都だって走る場所を選ぶだろう。こんな堅苦しい馬車が似合うのは、王城に近いデュラ区かカザン区くらいのものだ。

(あ……)

 心当たりのある人物がいた。


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