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第三章 戦士精霊と家事精霊⑥

 止められた馬車から外に出る際、ミシェルは目隠しされてしまった。

 石畳の上を歩く感触と、なにか大きな生き物が暴れる物音。

 物音にはときおり、低くうなる猛獣のような声と、鎖がガチャガチャとこすれる音がかぶさる。

 明らかに魔物の気配だった。

 ゲインズが、城壁内で処分すると言った魔物の気配があるということは、ここはやはり王城の敷地なのだろうか。

(鎖の音がするってことは、どこかで生け捕りにされたのかしら?)

 しかし、捕えられた魔物が王城に連れ込まれた話など、グレンから聞いていない。そんなことがあったなら魔物を運ぶ際に街で話題にならないはずがないし、話題になったなら使用人仲間からミシェルの耳にも届いたはずだ。

 ガアアア!とひと際大きな咆哮が聞こえ、ミシェルは恐ろしさに身をすくめた。モモのことが心配だった。今モモは、いつもの左肩にいない。

「モモ……」

「黙れ」

「モモは?」

 答えの代わりにゲインズに背中を押される。前の見えないミシェルは石壁に頭をぶつけ、バランスを崩してその場に倒れた。

「ぐふっ……」

 背中に圧迫を感じる。おそらく踏まれているのだろう。

「なんだ、鼻をぶつければよかったのに」

「……」

 ゲインズは村での一件をたいぶ根に持っているようだ。反抗したら危険だとミシェルは判断した。言い返さず黙っていると、「ふぐぅ、ふぐぐ……」と猿ぐつわをかまされたモモがうめく声が聞こえた。

 モモが近くにいるなら、それでいい。

「ゲインズ。手荒に扱うな」

 馬車に同乗してきた仲間の男が言った。

「なに、怪我でもしたらお嬢様が嫉妬のあまりやったことにすりゃいいのさ。あのお嬢様なら、恋敵にこれくらいやるだろう?」

「確かに。レンジーナ様もいいざまだ。男遊びの後始末に、さんざ俺らをこき使ってくれやがって。田舎のエロ公爵に貰われるならせいせいする。あのじいさん、前からレンジーナ様に目をつけてたらしいぜ。金と地位に物を言わせて若い娘と結婚だ。お似合いだな」

 聞いていてミシェルは吐き気がしてきた。

 デスカリド家は、家族も従者も、お互いがお互いを道具としてしか見ていないのだろうか。人間どうしの関係がこれでは、精霊も道具扱いされるわけだ。

(……わたしもきっと道具として使われるんだわ)

 得体の知れない男たちに連行され、すぐそこでは魔物のうなり声まで聞こえる。

 なにが起こっているのかわからなくて、ミシェルは恐怖でいっぱいだった。叫び声をあげて逃げ出せたらどんなに楽だろう。

 しかし両親をなくしてからの厳しい日々が、ミシェルの心を鍛えてくれた。精霊たちと過ごした日々が、ミシェルの心を温めてくれた。

 平和な日常を取り戻すためにも、今は冷静にならなければ。

 ペリのように逆境に負けず、エデのように頭を使い、モモのように過去を引き受け、そして――グレンのように志を持って。

(グレン様)

 王城に魔物が出たなら、数少ない戦士精霊使いのグレンが駆けつけないはずはない。

 石畳に這いつくばっていたミシェルは、ようやく立ち上がった。


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