第三章 戦士精霊と家事精霊⑤
ミシェルとモモを乗せた馬車は窓にカーテンがかけられていたため、どこへ向かって走っているのかわからなかった。
ドォン、ガラガラと不吉に鳴る音が、さっきより近づいた気がする。
馬車は王城へ向かっているのだろうか?
「デスカリド侯爵はのんびり誘拐なんかしてる場合? 非常事態でしょう?」
両手を後ろ手に縛られながらも、ミシェルは気丈に言った。
モモは猿ぐつわをかまされ、紐でぐるぐる巻きにされた状態で、足元に転がされている。
「非常事態こそチャンスでしょう? クレティス伯爵のお嬢さん。あなたのお父様も魔物発生のどさくさにまぎれて出世した。戦士精霊の調教師にすぎない成り上がり貴族が、王に意見できるほど持ちあげられたのは、非常事態を上手く利用して活躍したからです」
「利用だなんて! お父様は精霊使いとして職務を果たしただけだわ」
「ならば調子に乗って、陛下に『精霊石』製造の差し止めなど求めなければよかった」
「『精霊石』の危険性を陛下に訴えただけよ」
「それが調子に乗った行動だと言うのです」
「だからって、今さらわたしを人質にとってどうするの? お父様はもういないわ」
「――王都には、でしょう? どこかにはいる」
ラウンド帽の男――ゲインズはにたりと笑った。
「……デスカリド侯爵はわたしを使ってなにをしようというの?」
「クレティス伯爵のお嬢さん、誤解があるようなので申しあげましょう。あなたを攫えと私に命じたのは、デスカリド侯爵ではありませんよ」
「――え?」
「デスカリド侯爵には愚かなお嬢様がおりましてね。フォシェリオン侯爵を慕っているお嬢様は、嫉妬に狂って恋敵であるあなたを攫えと父親の部下に命じ、高価なブローチを握らせた」
ゲインズはそう言うと、上着の内ポケットから真珠のブローチを取り出し、ミシェルに見せた。
「ある子爵のおぼっちゃんから贈られたブローチだそうです。つまり、これがお嬢様の持ち物であることは、子爵家も証明できる」
「……なにが言いたいの?」
「デスカリド侯爵にとっては、愛娘のとんだ不祥事です。しかも愚かなお嬢様は、屋敷の家事精霊まで持ち出して、フォシェリオン侯爵の身辺をかぎまわろうとした。その精霊は現在、フォシェリオン家に捕えられているようですが」
「えっ、あの精霊……」
ミシェルはいつだったかグレンが捕まえた、表情のない家事精霊を思い出した。
「お嬢様の小間使いが、お嬢様が独断で精霊を持ち出したことを確認しています。私が言いたいのは、あなたの誘拐がお嬢様の差し金である証拠は揃っているということです。ははは。困ったお嬢様だ」
ゲインズは話の中の「お嬢様」を小馬鹿にして笑った。
「お嬢様の不祥事が公になったら、デスカリド侯爵は困惑されるでしょう。家族の恥です。お嬢様のお馬鹿な行動に、侯爵も多少は責任をとらされるでしょう。――しかし、あくまでも娘の恥です。侯爵の公務とは切り離される」
「……あなた、それって」
つまり、デスカリド侯爵は娘の不祥事を利用して、ミシェルを誘拐するという目的を遂げようとしているのだ。自分の名を汚さずに、娘のせいということにして。
「非常事態は、利用すべきものでしょう? 成り上がり伯爵のお嬢さん。フォシェリオン家へ直接乗り込むことができたのは、お馬鹿なお嬢様のおかげです」
「わたしを誘拐してどうしようっていうの? 今それどころじゃないでしょう?」
大地を揺るがすような大きな物音が、また聞こえる。
王城周辺の住民は、きっと恐怖におののいている。四年前の魔物発生の記憶は、王都の住民にとってまだ生々しいにちがいない。
「心配は御無用です。今回の魔物は、城壁内で処分します」
「なぜわかるの」
「いいから、ご安心を。デスカリド侯爵の愚かなお嬢様の身の上も、ご心配には及びません。レンジーナ様は王都から遠く離れた田舎の、お歳の離れた公爵様の元へ嫁ぎ、平和に暮らしていかれますよ。公爵様は王族ですから、身分も保証されますし。ははは、レンジーナ様はよいお父上をお持ちだ」
レンジーナのことはぺらぺらとよくしゃべるのに、ゲインズは肝心なことは口を滑らせなかった。
「デスカリド侯爵は、王城でなにをやっているの……?」
「精霊庁の長としての、ご公務です」
「わたしになにをするつもりなの……?」
「レンジーナ様の行いを、ご本人に代わって詫びてくださると思いますよ」
「そんなことを訊いているんじゃないわ!」
ミシェルはらしくない尖った声を出したが、ゲインズが短剣の先をモモに向けたため、黙るしかなかった。




