第三章 戦士精霊と家事精霊④
咄嗟に手をとめ、ミシェルは精霊たちと顔を見合わせた。
続けて二度三度、ドォン、ドォンと音が続き、地震のように大地が揺れた。
以前、こんな音を聞いたことがある。
そう、あれは、四年前。
ミシェルがまだ村へ行く前。
魔物が下町地下に発生し、敷石をやぶって王都に現れたあの日――。
「まさか、魔物!?」
「可能性はあります。――王城の方向です!」
ミシェルは真っ青になった。
王都の精霊気は、四年前よりさらに薄まっている。
魔物を抑える役割を持つ精霊気が乏しいのだから、魔物はいつ発生してもおかしくなかった。宮廷でも、当然その認識はあるだろう。対策はとられているはず……とは思うが、四年前とは変わったことがもうひとつある。
四年前活躍した戦士精霊使い、レナルド・デ・クレティスは、今はもう王都にいない。クレティス伯爵と組んで魔物を仕留めた戦士精霊ランドゥも、戦える状態にない。
四年前の魔物発生で戦った戦士精霊は、その多くが仕組まれた反乱で同族の手により葬られた。魔物と戦える精霊使いと戦士精霊は、何人残っているのか――。
(グレン様――!)
グレンは戦士精霊使いだ。魔物が湧いたら身分に関係なく、戦いに赴くと言っていた。しかし、『同調』の戦士精霊使いが、『命令使役』に慣れた王宮の戦士精霊と協働できるのだろうか。
「ランドゥを呼ぼう!」
ペリが奥庭のほうへ飛んでいこうとした。
「ランドゥは、まだ戦いは無理よ!」
ミシェルはペリのあとを追おうとした。
エデがミシェルの袖をつんと引っ張る。
「ミシェル。行くかどうかはランドゥに決めさせなさい」
「エデ……」
「わたしがペリと一緒にランドゥのところへ行きます。ミシェルは、モモと一緒に別棟で待機し、侯爵の指示に従ってください」
「ランドゥが行くとは思えないわ」
「わかりませんよ? それに――」
もう一度ドォンと音が鳴り響き、エデの声はかき消された。
「ミシェル。あなたは傷ついた精霊を立ち直らせるのが非常に上手い。優秀な精霊使いだと思います。尊敬しています」
「……エデ?」
「じゅうぶん立ち直った精霊は、背中を押してみましょう?」
エデはそう言い残し、ペリと一緒に奥庭へ飛んで行ってしまった。
ミシェルは呆然とふたりの後ろ姿を見送っていたが、破壊音で現実に引き戻される。
「モモ、別棟へ――」
そのとき本館の方向から、誰かが走ってくるのが見えた。見憶えのない男だ。グレンの側仕えだろうか。グレンにはアンディのほかにも、側仕えの従者が何人かいる。
「ミシェル様、グレン様がお呼びです」
「わたしを?」
「馬車でお待ちになっております。お急ぎください」
「馬車で? 王城へ向かうのですか? この音は、やはり魔物が――?」
「そのようです。お出かけになる前に、ミシェル様にお話したいことがあると」
「わかりました」
ミシェルはモモを左肩に乗せ、男のあとについて歩き出した。
男は表門ではなく、裏門の方向へ向かっていた。敷地が広いため、ほかの人々の動向がわからない。ミシェルは本館へ視線を向けたが、男に「お早く」と急かされてしまった。
馬車は裏庭ではなく、裏庭から開いた門の外で待機していた。フォシェリオン家の黒塗り馬車ではなかった。外装の地味な小振りの箱馬車だ。緊急事態なので、目立つのを避けるためだろうか。
「グレン様は中でお待ちです」
男がそう言い、ぐいっと背中を押してきたとき、ミシェルはなにかおかしいと感じた。
グレンは、ミシェルには「グレンと呼べ」と何度も強要してきた。けれど、一番の側仕えであるアンディはいつも「侯爵様」と呼んでいた。アンディだけではない。先代からずっと仕えているらしい年配の御者だって――。
御者席を見ると、そこにいるのは時々グレンを「ぼっちゃま」と呼んでしまう、白髪頭の御者ではなかった。
ミシェルは立ち止った。
ミシェルはグレンから、屋敷の敷地内から出ることを止められていた。デスカリドの手の者が村にまで来たことをミシェルだって忘れていない。
「どうしました? グレン様は馬車の中でお待ちです」
「わたし、グレン様から屋敷の敷地内から出てはいけないと言われておりますので」
「あなたを呼んでいるのはグレン様ですよ?」
「ならば、窓からお顔を見せていただけないかしら」
「……グレン様はお急ぎなのです」
男は苛立ちを隠さない口調になった。
ミシェルはじりじりと後ずさり、男から距離をとった。そして肩をつかまれない位置まで後退すると、くるりと背を向け走り出した。
しかし、すぐにビクッと足を止める。
いつの間にか、もうひとり男がいたのだ。
ラウンド帽をかぶったその男のことをミシェルは確かに覚えている。男は今回も、手に短剣を握っていた。
「……鼻はもう治ったのかしら。手加減しなければよかったわ」
「大立ち回りも上手なら、憎まれ口もお上手ですね、クレティス伯爵のお嬢さん。しかし、きょうはシャベルをお持ちじゃないですね。忌々しい精霊も……一匹だ」
「『一匹』じゃないわ」
「お嬢さん、大立ち回りは上手でも、数を数えるのは苦手ですか?」
ラウンド帽の男が不敵に笑う。
「一匹」じゃないわ、「一人」よ。
心の中でミシェルは言った。




